名無し

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1/13/2025, 4:44:54 AM




   あの夢のつづきを


中学1年生の一学期に、ふと学校に行きたくないな、と思った。
何故かなんて分からない。
なんとなく人と話したくなくて、教壇近くの一番前の席に座るのが嫌になった、ただそれだけだった。

初めて休んだ日、次の日学校に行く、と言う夢を見た。みんな私を少しは心配してくれていて、少し嬉しかったのを覚えている。
その日は朝読の本を隣の子に貸してもらったり、日に焼けたくなくて体育を仮病で休んだり、それを友達と笑い合ったりする、そんなリアリティのある夢だった。

しかし、現実はその夢の通りには行かず、次の日も、その次の日も私は学校を休んだ。
多分、その日から私の日常が歪み始めたんだと思う。

みんなが学校に行ってる間は見ては行けない、と制限をかけられたスマホ。
机の上に積み上がっていくプリントの山。
度々聞こえるチャイムの音。
ぴかぴかのままの教科書とノート。
テストがあるから、運動会だから、と言ってどうにか私に学校に行かせようとする教師の声。

歪んだそれが気持ち悪くて、でも学校に行くのよりはマシだな、そう思いながら、このままでいいのか、そんな将来への不安を無視しながら日常を過ごす。

8時になるまで布団にこもって、8時をすぎると「8時を過ぎたから学校行けない、仕方ない」と自分に聞かせるための独り言を呟いて、布団から出る。
すっかり冷えた朝食を胃に押し込んで、チャイムに怯えながら家の中に閉じ籠る。
帰ってきた生徒たちの話し声が聞こえないようにイヤホンでうるさい曲を流し続けながら、布団の中で丸くなる。

夜は嫌なことを考えてしまうので、そんな興味のない番組を見ながら自然に眠くなるのを待って、寝落ちする。
リモコンを握った手、目からこぼれ落ちた涙で湿った唇、夕食が入らなかった空っぽの胃、びしょびしょのままの髪の毛。

そんな状態で、もうあんな幸せな夢は見れなかった。



11/4/2024, 11:37:14 PM

  

    哀愁を誘う



古い、ぼろぼろになったドイツ語の参考書、単語帳や電子辞書、元は明るい緑だったであろう色褪せてしまった化学の参考書。

そんな祖父の趣味に染まった、勉強机のすぐ横にある狭い本棚にあるその二冊の本は異彩を放っていた。


『最新! よく分かる遺産相続と手続きの仕方』

『葬式の最低資金から作法まで分かる!はじめての葬式ガイドブック』


集中できるように、祖父がと部屋を貸してくれたのにも関わらず、勉強に飽きて祖父の部屋をぼーっと眺めていた時にそれを見つけてしまった。

周りの本たちとは明らかに新しい色をしたそれは酷く哀愁を誘って、周りの本よりもパステルな色をしているのに重苦しい雰囲気を纏っていた。

まだ全然元気でしょうに、と隣の棚に飾ってある四年前に出かけた沖縄の海で泳ぐ祖父と祖母に目を映す。

その本たちに手を伸ばそうとした時、祖父が「ご飯だって」とドアをノックした。

私は「片付けてから行く」と返事をして、本に伸ばしていた手を引っ込めた。


10/4/2024, 3:24:56 PM



「大丈夫?」


放課後、誰も居なくなった黄昏時の教室で今にも居なくなってしまそうな、そんな表情の彼女に声をかける。
夕焼けで赤く染まった教室にいる彼女の目が赤くなっているのはきっと、夕焼けのせいではないんだろう。

何でそんな顔をしているのかも分からないし、何でそんなになるまで親友である私に何も言わなかったのかも分からない。
少し怒りを感じていると、彼女は消えてしまいそうな弱々しい笑顔で「大丈夫。」と彼女の綺麗な声で返事した。

でもその声は前聞いた時よりもずっと、小さかった気がする。

大丈夫って言う割には全然大丈夫では無さそうで明日学校で会えるのかも分からなくて、彼女の白い肌が透けて見えて、不安だった。

サラサラのロングヘアーの、黒曜石みたいな瞳の、肌の白い、綺麗な子。
今はそれが幽霊みたいに見えて、心の底を冷たい不快感が襲う。

本能的にこの子は放っておけば死んでしまうって事を悟り、つっかえる喉を必死に動かして、言葉を紡ぐ。


「…あのね、ホントに大丈夫な人は「大丈夫?」って聞かれても「大丈夫」なんて答えないんだよ。大丈夫な人はね、「何が?」って答えるんだ。だって、何が「大丈夫?」なのかが分からないから」

「それで、本当に大丈夫じゃない人は「大丈夫」って答えるんだ。だって、自分が大丈夫じゃないって事を分かってるから。」


彼女の顔は彼女の綺麗な黒髪に妨げられてよく見えない。
でも何となく、どんな表情をしているかわかる気がした。

「…ねぇ、もう一回聞くよ?」


「大丈夫?」


「…大丈夫だよ」

「……分かった。ハンカチ貸してあげるから、まずはいっぱい泣きな」

不器用な彼女が出したSOSを理解しないほど、私は彼女の友達を長くやってない。
声を押し殺して、唸るように泣きじゃくる彼女を黄昏時の中、夕焼けに照らされたカーテンに見守られながらずっと、抱きしめていた。




8/17/2024, 1:23:22 AM



  誇らしさ



その男の子と出会ったのは真夏の熱帯夜で、もう崩れるんじゃないかってぐらいボロいアパートのベランダだった。
煙草を吸おうとベランダに出ると、20代前半、もしくは10代後半、それぐらいの男の子がベランダの柵に背中を預けて、ビールを飲むみたいに缶ジュースを煽っていた。
お隣さんと鉢合わせるってだけではなんの気も使わないので、私はお気に入りだった14タールの大人にしか許されない高タールな煙草の煙を心置きなく月に向かって吐き出す。
雲一つない空に私が吐き出した煙が雲のように空に散らばっていくこの瞬間は1日の中で一番好きな時間だ。
そんなふうに私が悦に浸っているとそれまで缶ジュースを煽っていた男の子が「未成年なんで」って呟くように吐き出した。
少しムッとしながらも煙草を灰皿に押し付けて火を消す。
「大人の大切な休憩時間奪ってんだからさ、あんたが家の中入ればいいでしょ。しかも未成年なんだったらこんな時間まで起きんな」
「家ん中ではゴリラが暴れてるもんでね。避難してんだわ」
「………そ」
ゴリラが暴れてる、それだけで瞬間的にDVか、と分かってしまう私は結構こっちの世界に染まってしまったんだろう。まぁ私自身、学生時代から身売って立派なトー横キッズやってたんだから当たり前か。


「……………大人のキスでも教えてやろうか」
「うわキモ……なに、急に」
私がそう言うと男の子は飲んでいた缶ジュースを吹き出しそうになりながらも顔をわかりやすく顰める。
「誰かに爪痕残したくなっただけ…」
「現代社会の闇の塊みたいなこと言ってんな」
「うるせぇよ…お前顔結構いいだろ、そんな奴に大人のキス教えたのは私だって誇らしくなりたいんだよ……」
「そんなクソみたいな誇らしさ持っても意味ないだろ」
お前にはわかんねぇだろうな、水商売ってほどやりがいも誇らしさも持てない仕事ないんだよ。
おっさんの相手してもなんも楽しくないし、気持ち悪いし、だからお前の相手させろって言ってんだよ。
「あのさ………、誇らしさってさ俺らみたいな人種じゃ絶対手に入らないものだと思うよ」
「知ってるっての」
「でもさ、おねーさんさ、誇らしさが欲しいわけじゃなくて、誰かの特別になりたいんだと思うわけ」
「…………」
「だから俺から一つだけ……、俺が家で親が暴れてるって言ってなにも言わなかったの、これまででおねーさんだけだよ。みんな上っ面だけの心配したり、怖がったり、珍しがったりで、めっちゃ色々口出してくんの」
「………あっそ」
それから男の子はまた缶ジュースを煽って、なにも喋らなかった。ボロアパートの熱帯夜で汗ばむ肌と、柵にもたれかかる男女の無言の空間。


普通だったらめっちゃ気まずい空間、その時はそれが何だか心地良かった。



6/25/2024, 2:18:27 PM



   
    繊細な花



彼は花みたいな人だった。

花と言っても、明るい色の活力があって、日向に咲くたんぽぽみたいな花じゃない。

日陰にひっそりと咲く、どちらかというと暗い色の、でも綺麗で夜月が似合いそうな、繊細で少し触れただけでも壊れてしまいそうな花だった。

そんな彼は、転校生だった。冬の雪の空によく似合う、濡れ羽色、とでも言おうか、そんな色のサラサラな髪が特徴的で、顔も整ってる方だったと思う。

それより印象的だったのは自己紹介だ。

「それとおれ、一年後には死ぬので。」

情を入れすぎないようにね、と彼はなんの変哲もない自己紹介の最後にぽつり、と呟くように爆弾を落としていった。

私の後ろの空いていた席にすわる彼。

正直、やばいやつだと思った。
だって自己紹介で死ぬことをサラッと言う奴、もしくは厨二病。

でもその最悪な第一印象かき消されることになったのだ。

ちょっとおかしいとこもあるけど、普通にいいやつだったし、私と同じ美術部で、よく私の作品を褒めてくれて、移動教室でも一緒にいてくれるし、なんなら休日も遊ぶほど仲良くなってた。

本当に、少し天然っぽいだけの普通な奴だったんだ。

だからかな、彼が最初に、自己紹介の時に落とした爆弾も彼なりのおふざけだったのかなって思っちゃったんだ。

だから、信じられなかった。

彼がいなくなるなんて。

初めに彼がいなくなるって本気で思いだしたのは彼の綺麗な濡れ羽色の髪が抜け始めた頃だった。

彼は抗がん剤でね、って笑ってたけど、内心は恐ろしかっただろうし、私だって怖かった。

それからはどんどんどんどん彼が私の知ってる彼じゃなくなっていった。



そして、今日は彼の葬式。

涙は出なかった。

涙は出なかったけど、隣にいた心地いい温もりがなくなってしまったのが、信じれなくて、また、「この作品は色使いが見たことないくらい斬新でいいね」とか、けなし半分、褒めるの半分ぐらいの部活で描いた絵の評価が聞けると思って。

本当に現実味がなくて、彼の死を受け入れられなかった。

綺麗な、薄い青色の絵の具で百合の花みたいなのを描いてた彼を思い出す。

「これ、おれみたいだろ?儚げ美少年って感じで!」

その時はたしかにね、と苦笑したけど、今ではあの花は本当に君みたいだったと思うよ。

繊細で、儚くて、綺麗で………

あぁ、無邪気に笑う君の姿が、まだ瞼の裏にいてくれる。





泣けなくて、ごめんね。





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