第四十一話 その妃、予言者也
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誰にも気付かれぬよう視線を走らせる。目立つ空席に一人、堪え切れぬ笑みをこぼしながら。
何かを言いたげな奴等の視線を無視し、席に着く。そして、会議を仕切る男を遮って声を上げた。
「自業自得かな」
その場の全員が言葉を噤んだ。図星に他ならなかったから。
誰もまともに調べ上げなかったのか。
誰も止めようと思わなかったのか。
誰も、“子規”に賛同する者はいなかったのか。
(それも致し方のない事よ)
まともに調べなかったのではなく、調べられなかったのだ。
全国を牛耳る御上と呼ばれる奴にか、それとも過保護な親鳥にか。あの小鳥の情報が、厳重に管理されていたために。
止めることもなかっただろう。我々こそが絶対的に正しいのだと、疑うことすらこの国の人間どもはしないから。
小鳥への賛同がなかったのも同様。それが正しいものであればある程、この国の奴等は反発していく。
己と違えば、それは悪。疑う事や考える事を辞めさせ、そして恐怖心を奪う。
それが“己”なのだと植え付けたのは、他でもないこの国の帝である。
しかし……今は、正直言って気分がいい。
同じ顔にも見飽きていた所だ。
(……それに、そろそろ良い頃合いであろう)
どれだけ美人であろうと、どれだけ賢かろうと、どれだけ人脈があろうと、誰も娶ろうとしない帝。
それを見兼ねた高官たちが誘拐してきたのは、未来がわかる予言の巫女だと言うではないか。
「愚かな」
誘拐したことにではない。
妃として迎えるつもりがないということにでもない。
あの小鳥を選んだ時点で、奴等はこの国での平穏な日常を放棄したのだ。
「その点につきましては、私も同意致しますわ」
扉の開く音はしなかった。争うような声も。
けれど、女はそこにいた。側に控える男と、まるで初めからこの場に居たかのような顔をして。
急に訪れた異質に、その場の全員が臨戦態勢を取る。
一触即発の張り詰めた空気感。
それは、自分の中に植え付けられた歪んだ正義感か。それとも本物の正義に対する悪意か。はたまた暴かれることへの恐怖や焦りか。
しかし、そんなものに、一切の興味はなし。
「して、そなたは何故この場に来たと申すか」
「勿論、その必要があったからですわ」
「呼んではいないが?」
「あら。呼ばれていなければ来てはならないとは、聞いておりませんでしたわ」
そもそもこの女の矛先は、端から下には向いていない。
「何より先日、帝より賜りました素敵な贈り物の御礼に、再度予言に参ったのです。何事も早い方が宜しいでしょう?」
「申してみよ」
「……以前、以て言っておきましたでしょう。帝の御命を狙う不届者が居ると」
その視線の先にあるのは、ただ一つ。
「予言通り、その首頂戴しに参りました」
愚国を治める天辺。
他でもないこの――帝である。
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幕 間 そして、妃は火蓋を切った
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「凡その見当はついていましたが、ジュファ様の命を狙ったのは帝で間違いないようです」
「取り敢えず、お命頂戴してきます」
「落ち着きなさいお馬鹿」
今にも笑顔で人一人葬ってきそうな殺気を放つお馬鹿の頭を撫でる。これが忠犬なら、存分に尻尾を振っていると思うくらいには、それだけで機嫌はよくなった。
「ジュファ様も見当が付いていたみたいですが、一体何をやらかしたんですか」
「あら。私のせいにするの?」
「それで間違いはないと思うので」
「失礼しちゃうわね」
ただ、あんたの命を狙っている輩がいるから精々気を付けておくことねと。わざわざ予言の巫女が、有り難いお言葉を言ってあげただけなのに。
「帝が消えるにしろそうでないにしろ、内情や弱みを知りすぎているジュファ様は、真っ先に狙われるでしょうね」
「そう仕向けたんだから問題ないわ」
「どうしてわざわざ危険を犯すようなことをするんですか!」
「奇襲って、言葉は嫌いじゃないけど、ちょっと面倒じゃない」
相手の間抜けな面は拝めるかもしれないが、その間に乗じて蜥蜴の尻尾切りをされてしまっては元も子もない。
「どうせなら、芋蔓式で一気に全員ヤりたいじゃない?」
「なんか、ちょっと“ヤ”が怖いんですけど」
「つくづく、味方でよかったなと思いますよ」
「奇遇ね。私もよ」
前以て、言っておいたでしょう。
「さあ。愛と平和を守るため、悪い奴らをやっつけるわよ」
「……僕だけかな。この上ないほど正しい台詞なはずなのに、全然似合ってない気がするのは」
「完全に悪者顔だからじゃない? おかげで今にもこの世の終わりになりそう」
「あら。お望みとあらばさせてもらうけど」
「「遠慮しておきます」」
これは、やられたら気の済むまでやり返す、破天荒女の話なのだとねえ。
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第四十話 その妃、守るべきもの
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守るべき存在がある。
だから、決して守られる側の人間ではない。
『ポンコツばかりにいいところを持って行かせるわけにはいきませんからね』
『それはしょうがないわよ』
『どういう意味で?』
『ん? そうねえ……』
だから、触れた相手の心がわかる彼に、この手を取らせた。
(強いて言うなら、“お気に入り”だから)
『ブハッ!』
(非常に不本意だけど、私の最優先は必ず、このポンコツなのよ)
『そういうことなら、諦めざるを得ませんね』
『そう言ってくれてありがとう』
『それは此方の台詞ですよ』
(……? どういう意味?)
その問いに、彼は微笑みを返すだけ。
問い糺すように睨んでも、跪いて逃げられた。
『あなたが誰なのか、ようやくわかりました』
そして、去り際に掛けられた、耳が痛くなる程のやさしい囁き声。
『と言うよりは、合点がいったと言った方がいいかもしれません』
『どういうこと?』
『やはり、ご存じないんですね』
――それは、とある男系名家の話。
その一族は、末の令嬢をそれはそれは大切に守護しているという。
男系の一族に娘?
そのような話、聞いたことがない。
中には、こんな声も上がったと言う。
しかし、それを否定したのは他でもない、その一族の当主と、その一族が生涯支える御上であった。
『……理解、できないわ』
『詳細は知りません。そもそも僕は、発端を存じ上げているわけではないので』
『ただ、それでもある程度の予想くらいはできますよ』と、夜空に浮かぶ月を見上げながら、その男は小さく呟いた。
『誰もが、過ぎ去った日々を忘れてはいなかった。そして、その日々を悔やんだ人々がいた。……間違いを犯してしまうのが、人間ですから』
『……私は、守ってもらう側ではないわ』
『それは、人それぞれ違うもの。そしてあなたは、相手の思いを決して無下にはしない方です』
『……言ってくれるじゃない』
『そういうことなんで、あの馬鹿のこと宜しくお願いしますね』
『そもそも、あんたに言われるまでもないのよ』
もし……もしも、過ぎ去った日々を、やり直すことができるなら。
震えた体を、この手で抱き締め返してもいいなら。
「……ありがとう」
「――!」
「心配させたわね」
「……っ。ほんとです。僕に。もっと感謝してください!」
全てが終わったその時には、伝えてもいいのかもしれない。
「そうね。泣かせて悪かったわ」
「……っ! なっ、ないて。ませんっ!」
この、下らなくも幸せな日々を。
あんたのことを守り続けてきた、優秀な女の話を。
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第三十九話 その妃、震える腕に抱かれ
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「一つ、伺っても宜しいですか」
「……何?」
上から降ってくるやさしい声に、そっと返す。
「あいつには、何を頼んだんでしょうか」
「帝について、簡単に調べてもらうことにしたの。彼の裏で仕事をしている人物がいるみたいだから」
「それがわかれば、計画は復活するんでしょうか」
「気が変わったから計画はちゃんと実行するわよ? 帝についてはただの興味本位。最後の悪足掻きしている様を知るのは、楽しそうだしね」
嘘か誠か。冗談か本気か。
束の間考えるだけの沈黙が流れた後、夜風が吹いたように髪が梳かれた。
「……気が変わったのは、あいつが好きだと言ったからですか」
「そうよと言いたいところだけど、きっかけはその告白じゃないわ」
「秘密があるからですか」
「あるからではなく、それを私に預けてくれたからよ。だからせっかくだし、ちょっと調べてもらうことにしただけ。力の優劣くらいは、知っておいて損はないでしょう?」
あくまでも、目的は国家転覆。
その力の差がどうあれ、やりようはいくらでもある。
手段が増えたことに関して言えば、告白がきっかけかもしれないが、それを言ってしまったら、面倒なことになりかねない。
「戻ってきてからあまり目が合わなくなったのは、僕の気のせいですか」
「それは気のせいね」
「なら今、こっちを見てください」
「……何? 金取るわよ」
「いいですよ。僕にとっては、お金よりも大事なことですから」
「残念ながら気が向かないわ」
「見たくないんですか。それとも見られないんですか」
「あんたの気のせいよ。……疲れたから、そろそろ寝るわね」
この回答で、少しでも何かが変わればいい。
全てを変えることはできなくても、シコリみたいに何かが残れば、それで十分だから――
「目を見てくれないなら、抱き締めますよ」
「……事後報告だけど?」
けれど、彼はそれ以上何も言わなかった。
ただ、「よかった」と。
ちゃんと生きていることを確かめるように、震えた腕で暫くの間抱き締め続けただけで。
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第三十八話 その妃、愛すべき馬鹿と
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愛する妻と娘の元へと帰っていく幸せそうな背中を見送っていると、不意に胸が痛みに襲われる。
立派な夫であり父でもある彼も、本来はまだ、子供として世間に守られる側であるからだ。
……この国は、歪んでいる。
でも誰も、それを正そうとはしない。
それが正しいことだと、これこそが本来の姿であるべきだと、思い込んでいるからだ。
(思い込みをすぐに変えることって、本当に難しいのよね……)
途中から口を挟まなくなったポンコツは、此方を背にしながら大きく穴の空いた壁からぼうっと月夜を見上げていた。
「拗ねてるの? 仲間外れにしたから」
「違います。ただ空気を読んだだけです。子供扱いしないでください」
隣に並ぶと案の定、その口先はとんがっていたが。
そんな様子がかわいく見えて、月夜に視線を向けたままそっともたれ掛かる。
「……じ、じゅふぁ、さま?」
「少し悔しいだけよ。だって、生まれて初めて会った私よりも“力の強い人間”が、一気に二人は現れたのよ? すぐに受け入れろって方が無理な話でしょ」
まだ憶測の域を出ていないが、恐らくはそういうことだ。
幾度目が合っても、ロンの夢を見ることはできなかった。知り得た情報は全て、隣の心友を名乗る男が知っているもののみ。
だから、彼が知らないものは知る術がないのだ。
……そして、もう一人。
この首を刈る命令をした輩。
その人物については、大方の予想は付いている。
だからこそ余計に腹立たしいのだ。
「ま、仕方がないわよ。上には上がいるもの。出る杭は打たれるんだから」
「……誰かのように、触れた相手の心がわかればよかった」
「あんたの場合、人間不信まっしぐらじゃない?」
「そうすれば今、本当はあなたが何を考えているのかわかるのに」
じっと、此方を見ている気配がする。
それに気付かない振りをして、ただそっと俯いた。
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