第四十話 その妃、守るべきもの
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守るべき存在がある。
だから、決して守られる側の人間ではない。
『ポンコツばかりにいいところを持って行かせるわけにはいきませんからね』
『それはしょうがないわよ』
『どういう意味で?』
『ん? そうねえ……』
だから、触れた相手の心がわかる彼に、この手を取らせた。
(強いて言うなら、“お気に入り”だから)
『ブハッ!』
(非常に不本意だけど、私の最優先は必ず、このポンコツなのよ)
『そういうことなら、諦めざるを得ませんね』
『そう言ってくれてありがとう』
『それは此方の台詞ですよ』
(……? どういう意味?)
その問いに、彼は微笑みを返すだけ。
問い糺すように睨んでも、跪いて逃げられた。
『あなたが誰なのか、ようやくわかりました』
そして、去り際に掛けられた、耳が痛くなる程のやさしい囁き声。
『と言うよりは、合点がいったと言った方がいいかもしれません』
『どういうこと?』
『やはり、ご存じないんですね』
――それは、とある男系名家の話。
その一族は、末の令嬢をそれはそれは大切に守護しているという。
男系の一族に娘?
そのような話、聞いたことがない。
中には、こんな声も上がったと言う。
しかし、それを否定したのは他でもない、その一族の当主と、その一族が生涯支える御上であった。
『……理解、できないわ』
『詳細は知りません。そもそも僕は、発端を存じ上げているわけではないので』
『ただ、それでもある程度の予想くらいはできますよ』と、夜空に浮かぶ月を見上げながら、その男は小さく呟いた。
『誰もが、過ぎ去った日々を忘れてはいなかった。そして、その日々を悔やんだ人々がいた。……間違いを犯してしまうのが、人間ですから』
『……私は、守ってもらう側ではないわ』
『それは、人それぞれ違うもの。そしてあなたは、相手の思いを決して無下にはしない方です』
『……言ってくれるじゃない』
『そういうことなんで、あの馬鹿のこと宜しくお願いしますね』
『そもそも、あんたに言われるまでもないのよ』
もし……もしも、過ぎ去った日々を、やり直すことができるなら。
震えた体を、この手で抱き締め返してもいいなら。
「……ありがとう」
「――!」
「心配させたわね」
「……っ。ほんとです。僕に。もっと感謝してください!」
全てが終わったその時には、伝えてもいいのかもしれない。
「そうね。泣かせて悪かったわ」
「……っ! なっ、ないて。ませんっ!」
この、下らなくも幸せな日々を。
あんたのことを守り続けてきた、優秀な女の話を。
#過ぎ去った日々/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/9/2024, 3:43:53 PM