第三十八話 その妃、愛すべき馬鹿と
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愛する妻と娘の元へと帰っていく幸せそうな背中を見送っていると、不意に胸が痛みに襲われる。
立派な夫であり父でもある彼も、本来はまだ、子供として世間に守られる側であるからだ。
……この国は、歪んでいる。
でも誰も、それを正そうとはしない。
それが正しいことだと、これこそが本来の姿であるべきだと、思い込んでいるからだ。
(思い込みをすぐに変えることって、本当に難しいのよね……)
途中から口を挟まなくなったポンコツは、此方を背にしながら大きく穴の空いた壁からぼうっと月夜を見上げていた。
「拗ねてるの? 仲間外れにしたから」
「違います。ただ空気を読んだだけです。子供扱いしないでください」
隣に並ぶと案の定、その口先はとんがっていたが。
そんな様子がかわいく見えて、月夜に視線を向けたままそっともたれ掛かる。
「……じ、じゅふぁ、さま?」
「少し悔しいだけよ。だって、生まれて初めて会った私よりも“力の強い人間”が、一気に二人は現れたのよ? すぐに受け入れろって方が無理な話でしょ」
まだ憶測の域を出ていないが、恐らくはそういうことだ。
幾度目が合っても、ロンの夢を見ることはできなかった。知り得た情報は全て、隣の心友を名乗る男が知っているもののみ。
だから、彼が知らないものは知る術がないのだ。
……そして、もう一人。
この首を刈る命令をした輩。
その人物については、大方の予想は付いている。
だからこそ余計に腹立たしいのだ。
「ま、仕方がないわよ。上には上がいるもの。出る杭は打たれるんだから」
「……誰かのように、触れた相手の心がわかればよかった」
「あんたの場合、人間不信まっしぐらじゃない?」
「そうすれば今、本当はあなたが何を考えているのかわかるのに」
じっと、此方を見ている気配がする。
それに気付かない振りをして、ただそっと俯いた。
#月夜/和風ファンタジー/気まぐれ更新
3/7/2024, 3:25:31 PM