水蔦まり

Open App

第三十九話 その妃、震える腕に抱かれ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「一つ、伺っても宜しいですか」

「……何?」


 上から降ってくるやさしい声に、そっと返す。



「あいつには、何を頼んだんでしょうか」

「帝について、簡単に調べてもらうことにしたの。彼の裏で仕事をしている人物がいるみたいだから」

「それがわかれば、計画は復活するんでしょうか」

「気が変わったから計画はちゃんと実行するわよ? 帝についてはただの興味本位。最後の悪足掻きしている様を知るのは、楽しそうだしね」


 嘘か誠か。冗談か本気か。
 束の間考えるだけの沈黙が流れた後、夜風が吹いたように髪が梳かれた。



「……気が変わったのは、あいつが好きだと言ったからですか」

「そうよと言いたいところだけど、きっかけはその告白じゃないわ」

「秘密があるからですか」

「あるからではなく、それを私に預けてくれたからよ。だからせっかくだし、ちょっと調べてもらうことにしただけ。力の優劣くらいは、知っておいて損はないでしょう?」


 あくまでも、目的は国家転覆。
 その力の差がどうあれ、やりようはいくらでもある。

 手段が増えたことに関して言えば、告白がきっかけかもしれないが、それを言ってしまったら、面倒なことになりかねない。



「戻ってきてからあまり目が合わなくなったのは、僕の気のせいですか」

「それは気のせいね」

「なら今、こっちを見てください」

「……何? 金取るわよ」

「いいですよ。僕にとっては、お金よりも大事なことですから」

「残念ながら気が向かないわ」

「見たくないんですか。それとも見られないんですか」

「あんたの気のせいよ。……疲れたから、そろそろ寝るわね」



 この回答で、少しでも何かが変わればいい。

 全てを変えることはできなくても、シコリみたいに何かが残れば、それで十分だから――



「目を見てくれないなら、抱き締めますよ」

「……事後報告だけど?」


 けれど、彼はそれ以上何も言わなかった。



 ただ、「よかった」と。
 ちゃんと生きていることを確かめるように、震えた腕で暫くの間抱き締め続けただけで。






#お金より大事なもの/和風ファンタジー/気まぐれ更新

3/8/2024, 3:13:05 PM