第二十三話 その妃、深淵を覗く
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現代からかけ離れた建築物に服装、武器に言葉遣い。平安時代を彷彿とさせる世界観に、思わずタイムスリップでもしてしまったのかと、頭がどうにかなりそうになる。
変わることをしなかったか、それともどこかのやんごとなき男が変わることをやめさせたのか、はたまた古き良きを求めてここまで遡ったのか、それはどうだって構わない。
ただ一つ言えるのは、昭和の日本にこのような場所が今でも残されているということ。
推測の域を出ないが、“この国”は誰にも認知されていない……謂わば、俗世からは切り離された場所だ。そうとしか、考えられなかった。
だから、余計に理解できない。
唇の動きだけだったとは言え、この男が何故そう言ったのか。
『……ねえ、あんた――』
『そなたには同情するぞ。予言の巫女よ』
一体誰なわけ――?
そう言いかけた言葉は、枯葉色の言葉に被されて消えた。
(……同情、ねえ……)
それから、幾度となく枯葉色の世界を渡り歩いた。
ある時は己の記憶を、ある時は誰かの記憶を、またある時は、誰かの夢の中を。
自我が芽生えた頃には、勝手に見えるようになっていた。制御も何も効かないまま、ただひたすらに、夢と誰かが繋がってくる。
辛うじてわかったことと言えば、対象が眼を合わせた相手だというくらいだ。人間や動物、勿論昆虫もそれの例外ではない。
『……ねえ、聞きまして? “ホトトギス”のお話』
慣れというのは恐ろしいものだ。
初めこそ、他人の記憶や感情を覗き見るみたいで罪悪感を抱き、眠るのでさえ恐ろしかった。けれどそのうち、悪用さえしなければいいだろう、好きでこんな力を手に入れたわけではないしと、夢を見ることに何も感じなくなっていた。
『聞きましたわよ。まさか、あの噂は本当に……?』
(……いい加減飽きたわね……)
だから、人生で初と言っていいほどの人数と対峙した所で、その程度にしか思わないわけだが。
『噂はさておき、大変厚かましい方だとか』
『冥土から蘇るような方ですもの。恐ろしいものなどないのでしょう』
(冥土に、ホトトギス……ね)
ただ一つ、これだけは確かだと、現時点だけで断言できることがある。
(悪いけど、やられっぱなしは性に合わないのよ)
あのやんごとなき男は、“私”という人物を徹底的に調べ上げているということだ。
それこそ、一握りも知らないはずの極秘情報まで。
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第二十二話 その妃、夢を見る
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明確な、境目があるわけじゃない。
それでも『本物』と『虚構』の区別がはっきりと付くのは、目に見えているもの全てが枯葉色だからだろう――……
『――ようこそ花洛《ファルオ》へ。麗しい姫君』
まるで白洲裁判のような場所に連れて来られた挙句、槍の切先で四方を取り囲んでおいて、何が『ようこそ』か。
誰がどう見ても歓迎しているようには見えない。寧ろ犯罪者として吊し上げられている気分だ。
『実はそなたに頼みがあってな。こうしてここまで案内したのだ』
壇上から人を見下ろしておいて、何が『頼みがある』だ。
これだけの貴人がいながら、誰もこの馬鹿に教えなかったのか。人に頼みをするような態度ではないことを。
しかも……何が『案内した』だあ?
誘拐しておいて、犯罪者はどちらだ。
『どうだろう。一つ、頼まれてはくれないか』
縛り上げられた上に猿轡までするのは、頼みではなく命令。拒否などしようものなら、あっという間に全方位から串刺しにされるのが落ちだ。
『内容と報酬によっては、考えてあげなくもないわね』
どんな人間だろうと、立場ははっきりさせておく。優勢であるのは、此方だ。
猿轡を外した直後の第一声に、容赦ない謗りや罵りが降り注いでくる。
それを存分に浴びてから、したたかに微笑み返す。すると、壇上の貴人たちは怯んだ様子で口を噤んだ。
たった一人、この中で最もやんごとない人を除いては。
『そう簡単には頷かぬか。思った通りだ』
『褒め言葉だと受け取ればいいかしら』
『そうだな。流石は“予言の巫女”とでも申しておこう』
『予言の巫女? 何それ』
『“そなた”を表すには相応しい名だろう?』
やんごとなき男は、愉しそうな顔で見下した。
『頼みたいのは人捜しだ』
『……あんたのような人間様に御無理であれば、誰がやっても結果は同じでは?』
『これでも手は尽くした。この国でやれることは全てやったんだが、それでも見つからぬのだ』
『じゃあ死んだんでしょ』
残念だったわね、とは言えなかった。
殺気に満ちた眼が、此方を見下ろしたから。
だから代わりにこう囁いた。
ただの客観的な感想を言っただけで、この国の人間は殺されるのかしらと、鼻で笑いながら。
その返答に満足したのか、静かに殺気を治めた男は、頬杖を突きながら笑顔を見せる。
『報酬の希望はあるか』
『勿論私が欲しいものよね』
『そうか。ならば、こういうのはどうだ』
そうしてやんごとなき男は、まるで何もかもをわかっているかのような――……神のような顔で微笑んだ。
『――――……』
そなたの“命”というのは。
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第二十一話 その妃、噂の子規
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怪奇、怪異、超常現象、奇術、呪術、魔術に妖術、霊にあやかし、魑魅魍魎。
此の世は常に、不可思議で溢れ返っている。
我が一族は代々その不可思議と関わりがあり、この国を陰から守り続けてきた。
受け継がれてきた本能故か、元より霊感や第六感に優れていた一族の人間の中には、ごく稀に特殊な力を顕現させる者がいる。
“他人に見えないモノが見える”“聞こえないモノが聞こえる”など、その能力や発現条件は個々によって様々。中には制御できないまま、自分の力に飲み込まれてしまう者もいたという。
非常に繊細。だからこそ、自分のものとして扱うには、高い実力が求められる。
生まれた瞬間に強大な力を顕現し、それを自由に操れるなどという、心友のような人間は一握りだっていないのだ。
しかし、一族の中には何の力も……それこそ、一族特有の力さえ受け継がない者もいる。どれだけ努力しても、微力が備わったかどうか定かでないような人間が。
だからと言って、一族から見放されるわけではない。ましてや、生まれる前から『一族の未来を担う者』と言われ続けている人間には、たとえ力がなくとも、“平凡”とは違うものを常に求められる。
それと、付き合っていかなければならないのだと。
それは、一生付き纏うのだと。……言われ続けた。
「……ねえ、聞きまして? “ホトトギス”のお話」
「聞きましたわよ。まさか、あの噂は本当に……?」
古代の職名“掃部《かもん》”とは、朝廷の諸行事の管理や設営、清掃などを担当し、舗設・洒掃などを司っていた。
通常の掃除も勿論、“目に見えないモノ”の掃除を担うことこそ最上の誉としていたためか、一族には代々“清掃”に秀でている者が多く、知識や歴史は頭に叩き込まれてきた。
「噂はさておき、大変厚かましい方だとか」
「冥土から蘇るような方ですもの。恐ろしいものなどないのでしょう」
けれど知識や歴史を覚えたところで、何の役にも立ちはしない。あやかしや霊ばかりが害するわけではないし、巡り巡ってどういうわけか妃の側仕えになることだってあるのだ。
「……隠形までして湯浴みを覗きに来たということは、この手で殺して欲しいからと、そう受け取って宜しいのですよね」
「ゆ、湯浴み中なのは本当に知らなかったんだ。言い訳にしかならないけど、決して見てはいないよ!」
無実を示すために両手を挙げて、矢継ぎ早に尋ねた。
消えた妃について、何か知らないかと。
「この状況で尋ねることがそのようなこととは……」
「失礼は承知の上だよ。でももし教えてくれるなら、どんな罰でも受けるし、君の望みを何でも叶えるって約束する」
もう頼れるのは君しかいないんだ。
木陰の中、隠形で姿を隠しつつ後ろを向いたまま、頭を下げる。直後、背後からは呆れたような溜息が落ちた。
「……幻滅した?」
「呆れて何も言えないだけです。よもや、私以外の者にも、そのように言ったわけではありませんわよね」
「言ってはいないよ。まだね」
もう一度、深い溜息が落ちる。
続け様に、「知りませんわ」という小さな独り言も。
ならば、虱潰しに他を当たるしかないと、思って腰を上げようとすると「お待ちくださいな」と声がかかった。
「罰は、韜晦《とうかい》からの決別を。望みは、努力が報われることを」
「……どうして……」
「まさか、貴方の自由を奪うとでも?」
ゆっくりと、露天の風呂から立ち上がる音がする。
「言っておいたでしょう。一生振り回されてしまえばいいのだと」
浴衣姿になった雨華は、期待と不安に苛まれた男の側に立った。そして失望しただろう。否、すでにしていたかもしれない。
一族の未来を背負うかもしれない男が、あまりにも軟弱だから。
「どうなっても知りませんわよ」
「……やっぱり知ってるんだね」
「嫉妬が醜い」
「非道い!」
「知りたくないんですのね」
「し、知りたいです」
「では、きちんと約束は果たしてもらわないと」
「……ねえ雨華ちゃん。僕の知ってるお妃様に、ちょっと似てきてない?」
「あら。それは、とても光栄ですわ」
けれど、彼女は笑っていた。
何も考えず、ただ楽しんでいた幼馴染みの、あの頃のように。
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幕 間 そして、娘は姿を消した
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京の都には、歴史の深い由緒ある祭りがある。
伝統により、今代も京の都にゆかりのある未婚女性から、祭りの主役である巫女が選ばれた。
そして着々と祭りの準備が進む中、奇妙な事件が勃発する。
主役である、巫女の誘拐だ。
直前、十二単を着た美しき巫女と従者たちは、小川で心身の穢れを祓っていた。儀式には、巫女と五十程の従者による女人列が、境内の川にて臨んだという。
そしてその場にいた全員が、こう口を揃えた。
怪しい人物は、一切見当たらなかった――と。
祭りには新たな巫女を迎えて行われたが、誘拐された娘が京の都との関わりが深く、由緒ある家柄の金持ちの令嬢だったためか、日本は疎か世界中でこの事件が報じられた。
未だ懸命な捜索が続けられているが、目撃証言や証拠が一切残されておらず、世間では「自作自演?」「駆け落ち?」「神隠し?」などと、令嬢の名誉を穢す声も上がっているという。
残された家族は、お気に入りだったという花壇に水をやりながら、娘の帰りを待ち続けている。
二十歳になった娘は、まだ見つかっていない。
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第二十話 その妃、重なる
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茫然と庭に佇んでいると、何故か不意に思い出す。
“いつまで泣いてるの? 泣き虫さんね”
落ちた視線の先に広がる白い絨毯。
そこは、褒美として貰ってすぐ、自棄になって植えた場所だった。
『こんな植え方、庭師が見たら泣くわよ』
廃れた離宮に、明確な庭というものはない。強いて言うならば、敷地内で剥き出しになっている地面全てが、庭と呼べるだろうか。
その、すでに生えている草木を除いた地面を、着実に白へと変えていく。それ以外など、思い浮かびもしなかった。
『もう僕の庭なんですから、僕の勝手でしょう』
『それはそうだけど……あんた、どれだけこの花が好きなのよ』
『思う存分植えてみましょうか』
『足の踏み場が無くなりそうね。でも……』
主人はそっと手を伸ばす。そして、間抜けな男の頬に付いた土を拭いながら、やさしく微笑んだ。
『そうなったら、きっと凄く素敵だと思うわ』
絶望を味わうのは、これで何度目だろう――。
「……あのさー、いつまでそうしてるつもり?」
半ば、意地になっているのかもしれない。
しかしそうでもしなければ、今にも胸が張り裂けそうになる。
「ジメジメジメジメしてさ〜? せっかく綺麗に咲いた花が、茸になったらどーすんのさ」
「焼いて食べるもん」
「まず生やさないようにするべきでしょ」
呆れた様子で頭をボリボリとかく友人も、彼女が何処へ行ってしまったのかは知らないらしい。
……彼女に、一体何があったのだろう。
他に知っていそうな人と言えば、瑠璃宮の妃しか思い当たらない。しかし、内密な話をわざわざ彼女にだけする必要があるだろうか。
そもそも、それだけの話ができるだけの信頼関係を、いつの間に築いていたのか。
「気になるなら行けばいいじゃん。行こうと思えば行けるでしょ?」
「……それは……」
瑠璃の妃との関係を、気まずいとは思っていない。友人も、勿論それは理解している。
だから今のは、そのこととは一切関係ない発言だ。
「できないのと、やらないのは違うよ」
友人に得意なことがあるように、誰にでも得意なことがある。
ただ、それだけを伝えてくれただけ。思い出させてくれただけ。
「ずっと土いじりしながら待つのもいいけど、茸になるのはそれからでも遅くないんじゃない?」
「……ありがとう。流石は、心の友」
「それさ、言ってて恥ずかしくないわけ?」
「僕はしっくり来るけど?」
「ハイハイ。わかったから、さっさと行って回収してきなよ」
一刻くらいなら、茸が生えないように見といてあげるからさ。
素直じゃない心友に今一度感謝を伝え、小さく呪文をとなえた。
「ジュファに思い知らせるといいよ。ただ待つ子だけが、良い子とは限らないってさ」
「それはいいけど、まだ呼び捨ては許してないよ」
「いや、なんでお前の許可が。……いつならいいわけ?」
「僕が呼んだら」
「一生無理そうだから却下」
誰よりも大切な貴女が、どうか無事でありますように――……と。
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