水蔦まり

Open App

第二十話 その妃、重なる
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 茫然と庭に佇んでいると、何故か不意に思い出す。


“いつまで泣いてるの? 泣き虫さんね”


 落ちた視線の先に広がる白い絨毯。
 そこは、褒美として貰ってすぐ、自棄になって植えた場所だった。



『こんな植え方、庭師が見たら泣くわよ』


 廃れた離宮に、明確な庭というものはない。強いて言うならば、敷地内で剥き出しになっている地面全てが、庭と呼べるだろうか。

 その、すでに生えている草木を除いた地面を、着実に白へと変えていく。それ以外など、思い浮かびもしなかった。


『もう僕の庭なんですから、僕の勝手でしょう』

『それはそうだけど……あんた、どれだけこの花が好きなのよ』

『思う存分植えてみましょうか』

『足の踏み場が無くなりそうね。でも……』


 主人はそっと手を伸ばす。そして、間抜けな男の頬に付いた土を拭いながら、やさしく微笑んだ。


『そうなったら、きっと凄く素敵だと思うわ』


 絶望を味わうのは、これで何度目だろう――。





「……あのさー、いつまでそうしてるつもり?」 


 半ば、意地になっているのかもしれない。
 しかしそうでもしなければ、今にも胸が張り裂けそうになる。


「ジメジメジメジメしてさ〜? せっかく綺麗に咲いた花が、茸になったらどーすんのさ」

「焼いて食べるもん」

「まず生やさないようにするべきでしょ」


 呆れた様子で頭をボリボリとかく友人も、彼女が何処へ行ってしまったのかは知らないらしい。


 ……彼女に、一体何があったのだろう。

 他に知っていそうな人と言えば、瑠璃宮の妃しか思い当たらない。しかし、内密な話をわざわざ彼女にだけする必要があるだろうか。
 そもそも、それだけの話ができるだけの信頼関係を、いつの間に築いていたのか。


「気になるなら行けばいいじゃん。行こうと思えば行けるでしょ?」

「……それは……」


 瑠璃の妃との関係を、気まずいとは思っていない。友人も、勿論それは理解している。
 だから今のは、そのこととは一切関係ない発言だ。


「できないのと、やらないのは違うよ」


 友人に得意なことがあるように、誰にでも得意なことがある。
 ただ、それだけを伝えてくれただけ。思い出させてくれただけ。


「ずっと土いじりしながら待つのもいいけど、茸になるのはそれからでも遅くないんじゃない?」

「……ありがとう。流石は、心の友」

「それさ、言ってて恥ずかしくないわけ?」

「僕はしっくり来るけど?」

「ハイハイ。わかったから、さっさと行って回収してきなよ」


 一刻くらいなら、茸が生えないように見といてあげるからさ。


 素直じゃない心友に今一度感謝を伝え、小さく呪文をとなえた。


「ジュファに思い知らせるといいよ。ただ待つ子だけが、良い子とは限らないってさ」

「それはいいけど、まだ呼び捨ては許してないよ」

「いや、なんでお前の許可が。……いつならいいわけ?」

「僕が呼んだら」

「一生無理そうだから却下」



 誰よりも大切な貴女が、どうか無事でありますように――……と。






#誰よりも/和風ファンタジー/気まぐれ更新

2/17/2024, 9:48:52 AM