第二十一話 その妃、噂の子規
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怪奇、怪異、超常現象、奇術、呪術、魔術に妖術、霊にあやかし、魑魅魍魎。
此の世は常に、不可思議で溢れ返っている。
我が一族は代々その不可思議と関わりがあり、この国を陰から守り続けてきた。
受け継がれてきた本能故か、元より霊感や第六感に優れていた一族の人間の中には、ごく稀に特殊な力を顕現させる者がいる。
“他人に見えないモノが見える”“聞こえないモノが聞こえる”など、その能力や発現条件は個々によって様々。中には制御できないまま、自分の力に飲み込まれてしまう者もいたという。
非常に繊細。だからこそ、自分のものとして扱うには、高い実力が求められる。
生まれた瞬間に強大な力を顕現し、それを自由に操れるなどという、心友のような人間は一握りだっていないのだ。
しかし、一族の中には何の力も……それこそ、一族特有の力さえ受け継がない者もいる。どれだけ努力しても、微力が備わったかどうか定かでないような人間が。
だからと言って、一族から見放されるわけではない。ましてや、生まれる前から『一族の未来を担う者』と言われ続けている人間には、たとえ力がなくとも、“平凡”とは違うものを常に求められる。
それと、付き合っていかなければならないのだと。
それは、一生付き纏うのだと。……言われ続けた。
「……ねえ、聞きまして? “ホトトギス”のお話」
「聞きましたわよ。まさか、あの噂は本当に……?」
古代の職名“掃部《かもん》”とは、朝廷の諸行事の管理や設営、清掃などを担当し、舗設・洒掃などを司っていた。
通常の掃除も勿論、“目に見えないモノ”の掃除を担うことこそ最上の誉としていたためか、一族には代々“清掃”に秀でている者が多く、知識や歴史は頭に叩き込まれてきた。
「噂はさておき、大変厚かましい方だとか」
「冥土から蘇るような方ですもの。恐ろしいものなどないのでしょう」
けれど知識や歴史を覚えたところで、何の役にも立ちはしない。あやかしや霊ばかりが害するわけではないし、巡り巡ってどういうわけか妃の側仕えになることだってあるのだ。
「……隠形までして湯浴みを覗きに来たということは、この手で殺して欲しいからと、そう受け取って宜しいのですよね」
「ゆ、湯浴み中なのは本当に知らなかったんだ。言い訳にしかならないけど、決して見てはいないよ!」
無実を示すために両手を挙げて、矢継ぎ早に尋ねた。
消えた妃について、何か知らないかと。
「この状況で尋ねることがそのようなこととは……」
「失礼は承知の上だよ。でももし教えてくれるなら、どんな罰でも受けるし、君の望みを何でも叶えるって約束する」
もう頼れるのは君しかいないんだ。
木陰の中、隠形で姿を隠しつつ後ろを向いたまま、頭を下げる。直後、背後からは呆れたような溜息が落ちた。
「……幻滅した?」
「呆れて何も言えないだけです。よもや、私以外の者にも、そのように言ったわけではありませんわよね」
「言ってはいないよ。まだね」
もう一度、深い溜息が落ちる。
続け様に、「知りませんわ」という小さな独り言も。
ならば、虱潰しに他を当たるしかないと、思って腰を上げようとすると「お待ちくださいな」と声がかかった。
「罰は、韜晦《とうかい》からの決別を。望みは、努力が報われることを」
「……どうして……」
「まさか、貴方の自由を奪うとでも?」
ゆっくりと、露天の風呂から立ち上がる音がする。
「言っておいたでしょう。一生振り回されてしまえばいいのだと」
浴衣姿になった雨華は、期待と不安に苛まれた男の側に立った。そして失望しただろう。否、すでにしていたかもしれない。
一族の未来を背負うかもしれない男が、あまりにも軟弱だから。
「どうなっても知りませんわよ」
「……やっぱり知ってるんだね」
「嫉妬が醜い」
「非道い!」
「知りたくないんですのね」
「し、知りたいです」
「では、きちんと約束は果たしてもらわないと」
「……ねえ雨華ちゃん。僕の知ってるお妃様に、ちょっと似てきてない?」
「あら。それは、とても光栄ですわ」
けれど、彼女は笑っていた。
何も考えず、ただ楽しんでいた幼馴染みの、あの頃のように。
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2/19/2024, 9:04:14 AM