青波零也

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2/28/2025, 12:11:47 PM

 
 僕の左目は契約の証。
 一握りの魔法の引き替えに、僕の片方の視界を大切なあなたに。
 そうして交換した左目は、その人が僕の前からいなくなってから光を映すこともなければ、魔法の気配もすっかりなくなってしまった。
 それでも僕にとっては命より大事なもので、いなくなってしまったその人の存在証明で、ただ、今はもうそれだけだと思っていた、けれど。
 そうではないのだ、と彼は言う。
「あんたのその目が、今もなお色づいているってことは――」
 まだ、僕の大切なひとは、本当の意味でいなくなったわけではない。魔法はまだここにある。魔法の使い手もまた然り。
 ここからどれだけ手を延ばしても届かない、遥か遠くのことであったとしても、それは「無い」ということを意味しない。
 その人はどこかにいるのだ。今も、この無数の世界のどこかに。
 彼はきっと正しくて、だから、僕は前を向くことに決めた。
 いくつもの世界を渡り、今の僕に与えられた「役割」を果たしながら、
 
 あの日の温もりを、追いかけている。


20250228 「あの日の温もり」

2/27/2025, 11:32:39 AM

 かわいい服だな、よく似合ってる、自分で選んだのか?
 とりあえず片っ端から言葉を並べてみるが、そいつは不満げな顔を隠しもしない。
 俺は何も脳内当てゲームがしたいわけじゃないんだ、思わず出かけた舌打ちを飲み込んで、「ふくれっ面だな」と言うと、そいつが言葉通りに頬を膨らませて言う。
「お父さんはわかってません」
「何が?」
「あたしを褒めてほしいんです」
 ……なるほど?
 そりゃあ「女心がわかってない」と、こいつの母親――つまり俺の元嫁に散々こき下ろしてくるだけはある。
 だが、きちんと自分の言葉で聞きたい言葉を言ってくれるだけ、こいつの方がまだマシか。
「君は服よりもかわいいよ」
「とってつけたお世辞はいらないです」
「君がかわいいのは当然のことすぎて、思い至らなかっただけだ」
 と、言えば、そいつは顔を真っ赤にして俺を見上げてくる。
 けど、まあ、これはほんとに世辞じゃなくて、本心だ。あまりにも当たり前のことは、まず、言葉にしようなんて思わないだろ?


20250227 「cute!」

2/26/2025, 12:18:50 PM

 すり切れたノートの表紙を指でなぞる。
 彼がここを去ってからも、彼の記録は残り続ける。異界潜航サンプルとして、数多の異界を渡り歩き、その目と耳で捉えた『異界』の記録は我々のデータベースにあますとこなく収められている。
 ただ、「彼自身を表す記録」は驚くほど少ない。
 それこそ『潜航』の中で漏らした彼自身の声だとか、彼が起こした行動の結果だとか、そういう形で残されるものはあっても、それは全体の記録の中でもごくわずか、何なら『異界』の情報としてはノイズともいえる。
 それでも――。
 ノートの表紙をめくる。少しだけ傾いた、角のはっきりとした文字。それは我々が「X」と呼んでいた彼の手による、彼自身の記録。
 異界研究の記録としては別段必要とはいえない、しかし、日々私の中では薄れゆく、けれどそこに確かに存在していた彼の気配を確かめるように。
 私は、ひとつひとつ、彼の文字を追う。


20250226 「記録」

2/25/2025, 11:15:04 AM

「さぁ、」
 と、差し出された手を握ったことは覚えている。
 夕焼けがきれいな丘だった。思い返してみれば、曇り空の記憶がない。休みの日にそこを訪れた記憶もない。
 学校が終わって、でも家には帰りたくなくて、チャイムが鳴るまでのほんの少しだけの時間を過ごす、秘密基地じみた夕焼けの丘。
 最初は俺一人で、ただただぼんやりと夕焼け空を見上げていたけれど、いつしかそこに、知らない顔を見るようになった。
 最初は遠巻きにしていた。気づかれたくないと思った。俺だけの場所に、邪魔者が現れたのだと思った。だけど、そいつが、手を差し伸べてきたのだ。
 ――一緒に遊ぼう、と。
 多分、本当は、そう言ってもらいたかったのだと思う。俺がその言葉を想像もできなかっただけで。
 そうして、一人が二人になって、それでもいつかは必ず帰らなければいけなくて。
 いつか、どうしても帰りたくない日、そいつはもう一度、俺に手を差し伸べた。
「冒険に出かけない? どこか、もっと遠い場所に」
 まあ、手を取ったところで、結局は子供二人の逃避行だ。別に遠い場所にも行けないまま、夜の帳が降りる頃には家に帰らされて。
 ……けれど、その小さな「冒険」が俺の命運を分けたのだと知るのは、それからずっと先のこと。
 あの日から三十年を過ごした俺が、今になって「子供の俺の死体」を見せられてからの話になる。


20250225 「さぁ冒険だ」

2/24/2025, 11:43:50 AM

 こいつを、花のようだ、と言うやつがいる。一人じゃなく複数の評価な辺り、まあまあ共通認識足りうるらしい。
 わからなくはない。誰もが振り向くような、とは言わないまでも、それなりに目を引く美貌。それも、派手というより素朴で清楚な印象の美人なものだから、冬の終わり、春の始まりにそっと顔を出す一輪の白い花のようだ、という評価も理解はできる。
 だが、そういう評価を下すやつは、大概重要なことを見落としている。
 冬の終わりに真っ先に顔を出す花なんて、やたら生命力に満ち、力強く根を張っているに決まっているんだ。
「ごめんなさい、少し遅れてしまったわね」
 かくして、こいつは今日もいけしゃあしゃあと言い放つ。俺が散々かけてモーニングコールの回数も、なんならこいつの妹さんにまで連絡を入れて、言葉通りに叩き起こしてもらったということも、おくびにも出そうとはしない。
 だが、その図太さがあるからこそ、俺たちの「リーダー」足りうるともいえよう。
 大地にぶっとい根を張り、仮に手折られかけてもただでは終わらせないだろう我らがリーダーは、俺たちの顔を見渡して、花のような笑みを浮かべる。
「さあ、今日の潜航を始めましょう」


20250224 「一輪の花」

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