すり切れたノートの表紙を指でなぞる。
彼がここを去ってからも、彼の記録は残り続ける。異界潜航サンプルとして、数多の異界を渡り歩き、その目と耳で捉えた『異界』の記録は我々のデータベースにあますとこなく収められている。
ただ、「彼自身を表す記録」は驚くほど少ない。
それこそ『潜航』の中で漏らした彼自身の声だとか、彼が起こした行動の結果だとか、そういう形で残されるものはあっても、それは全体の記録の中でもごくわずか、何なら『異界』の情報としてはノイズともいえる。
それでも――。
ノートの表紙をめくる。少しだけ傾いた、角のはっきりとした文字。それは我々が「X」と呼んでいた彼の手による、彼自身の記録。
異界研究の記録としては別段必要とはいえない、しかし、日々私の中では薄れゆく、けれどそこに確かに存在していた彼の気配を確かめるように。
私は、ひとつひとつ、彼の文字を追う。
20250226 「記録」
2/26/2025, 12:18:50 PM