前略
春の気配に心ほどける折、貴方のお手紙を拝読いたしました。今宵は、貴方のお手紙を傍らに置きながら、筆を執らせていただこうと思います。
仮面のお話、ひとつひとつ噛みしめるように読ませていただきました。
その奥にある迷いも、恐れも、確かに感じられるようで、胸の内が静かに揺れたのでございます。
貴方が仰る「仮面」は、きっと貴方を守ってきた大切なものなのでしょうね。
それを外すことが恐ろしいと思うのも、無理のないことのように思えます。
けれど私は、ふとある考えを思い出しました。
人は誰しも幾つもの顔を持ち、そのどれもが決して偽りではないのだと。
たとえ仮面を被っている貴方であっても、
それもまた紛れもなく、貴方そのものであると、私は思うのです。
どうか、そのどの仮面も、嫌わないであげてくださいませ。
ですから、無理に外そうとなさらなくてもよろしいのですよ。
仮面を被る日も、外す日も、
そのすべてを私は見ていたい。
貴方が仰るように、時にその笑顔が見えにくくなることがあったとしても、
それこそが、貴方の「好きじゃない」ものなのでしょうね。
けれど、どうかご心配なさらないでください。
貴方と共にいる時の私は、いつでも自然と笑みがこぼれてしまうのです。
たとえ仮面越しであったとしても、その奥にいる貴方に触れている限り、私の笑顔が失われることはございません。
それでももし、再び景色が曇ることがございましたら、
その折はどうか、また私の名を呼んでくださいませ。
仮面の貴方も、仮面のない貴方も、どちらも私にとって
は大切でございます。
どうかそのことだけは、お忘れなきよう。
草々
拝啓
桜が咲きほころび全国各地で優しい春の到来を感じさせられるようになりました。本日も楽しく過ごせましたでしょうか。
桜の花は、人を見送り、また出迎えるものにございますね。まるで私たちの歩む道を、そっと見守り、応援してくださっているかのように感じられます。
けれど、桜時雨という言葉があるように、雨に打たれた花びらは、やがて静かに散ってゆくのでしょう。
人もまた同じく、いつかはこの世を去るもの。散りゆくものだからこそ美しい。そのように申す方も多くいらっしゃいますけれど、私は時折、それだけではないのではと考えてしまうのです。
この世に果てぬものはないと、誰もが知っております。けれど、たとえ終わりがあるとしても、その中に宿る想いまでもが、同じように消えてしまうものなのでしょうか。
想いもまた、『ところにより雨』のように移ろい、揺らぐことがあるとしても、その奥に在るものまでが消えてしまうとは、どうしても思えないのです。
もしも人が、その最期の瞬間まで、誰かを想い続けていたとしたなら…その想いは、果たして「終わり」を迎えたと言えるのでしょうか。
たとえば、最後にその瞳に映るものが、大切な人であったなら。胸に抱いた愛しさを、そのままにして時を終えたのなら。その心の内にあった想いは、決して途切れることなく、在り続けたと言えるのではないかと、そんなことを考えてしまうのでございます。
うまく言葉にすることが叶わず、独り言のようになってしまいましたこと、お許しくださいませ。
ただひとつ、確かに申すことができるとするならば、
私はこの想いを、決して手放すつもりはない。
ということでございます。
たとえ時が流れ、季節が巡り、やがてすべてが移ろいゆくとしても、あなたを想うこの心だけは、静かに在り続けるものと信じております。
全く、こうしてお話し相手もなく筆を取っておりますと、つい思いの丈を綴りすぎてしまいますね。
願わくば、桜の雨がそっと降る日、あなたと並び立ち、他愛のない言葉を交わしながら、ただ穏やかに笑い合えるひとときを迎えられますように。
本日はこのあたりで筆を置かせていただきます。
敬具
前略
あなたにこうして筆を執るのは、いったい幾久しぶりのことでございましょう。幾つの月が満ちては欠け、静かに過ぎ去っていったのか、もはや思い返すこともございません。
さて、昨晩のお手紙、確かに拝読いたしました。
けれども、誠に勝手ながら、あなたにお目にかかるつもりはございませんの。たとえお会いしたところで、それはきっと、何ひとつ実を結ばぬものと存じますゆえ。
どうか、これ以上私に関わることはお控えください。
あれからの私は、ささやかながらも、今、心より「特別」と思える方とともに、歩みを進めております。
ですから、どうか私のことは、遠い日のこととしてお忘れくださいませ。
どうぞあなたも、過ぎ去ったものに縋ることなく、ご自身の道をお進みくださいませ。
この文があなたのもとへ届くかは分かりませぬが、これをもって最後のお手紙といたします。
どうぞ、お健やかに。
草々
前略
さて、本日は何故このように貴方へ宛てて筆を執りましたのか、その訳をここにしたためてみようと思います。
私は昔より、自らの想いを言の葉に乗せることを不得手としておりました。
殊に、好意などというものは、どうにも上手く伝えられぬものでございます。語彙の乏しさもさることながら、何より、この想いを受け取った貴方が、どのように感じられるのか。それが恐ろしくてならなかったのです。
けれども、貴方と時を重ねるうち、拙いながらも、この胸の内を言葉にしたいと願うようになりました。
貴方はいつも、丁寧に想いを綴ってくださいますね。
その一つ一つに、私は心を弾ませ、まるで子供のように舞い上がってしまうのです。
それに引き換え、私はと言えば、言葉を紡ぎながらもなかなか差し出すことが出来ず、幾度も貴方をお待たせしてしまいました。申し訳なさと、不甲斐なさとで、胸がいっぱいになることもしばしばでございます。
しかしながら、貴方と一生を共にしたいと決めた身でありながら、想いを伝えられぬなど、何とも馬鹿げた話でございましょう。そう思い至り、せめて少しでも言葉に慣れようと、こうして筆を取った次第にございます。
このように書き連ねるうち、以前よりは幾分か、素直な気持ちをお届け出来ておりますでしょうか。
ほんの僅かでも前へ進めているのなら、これほど嬉しいことはございません。
けれども、近頃ふと気付いてしまったのです。私はどうやら、想いを伝えること以上に、人を励ますことの方が苦手なのではないかと。
これまで私は、人に励まされることこそ多くあれど、誰かを励ます側に立つことは、あまりございませんでした。いざ貴方を元気づけたいと願っても、どのような言葉を選べばよいのか分からず、ただ立ち尽くしてしまうばかり。
情けないことに、そのような自分に落ち込んでしまう始末です。まこと、馬鹿みたいでございますね。貴方を励ましたいはずの私が、先にしょげていては本末転倒だというのに。
無理に言葉を探すのも違うような気がして、けれど何も出来ぬのももどかしくて。結局のところ、貴方の傍らで、同じ時を過ごしながら、少しずつ学んでいくより他に術はないのでしょう。
斯様に長々と書き連ねておりますと、また話が逸れてしまいましたね。これもまた、私の悪い癖にございます。
近頃の貴方は、どこか心沈めておられるようにお見受けいたしました。ささやかでも、お力になれればと願っておりますが、今はただ、静かに寄り添わせていただきたく存じます。
それでは、またお逢い出来る日を心待ちにしております。
草々
拝啓
春の気配もいよいよ濃くなり、心浮き立つ折柄、貴方はいかがお過ごしでしょうか。
さて、近頃の私と申しますと、小説を読み漁る日々を送っております。
本日手に取りました一冊の中に、創世記の一節が引かれておりましたの。記されていたのは別の物語にございましたけれど、創世記と申せば、やはりアダムとイヴのことが思い浮かびますよね。
楽園にただ二人きり。
それは、いかなる心持ちでございましょうか。
二人ぼっちが当たり前の世界にあっては、恋慕の情もまた、互いにのみ向けられるほかございません。悋気に胸を焦がすこともなければ、他の誰かへ心移ろうことも叶わぬのでしょう。
それはそれで、どこか味気なく思えてしまうのは、私が浅はかゆえでございましょうか。
何でも恋の話へと結びつけてしまう私を、どうぞおかしな者だとお笑いくださいませ。
けれどもし、貴方と二人ぼっちになってしまったならば…それもまた、ささやかな楽しみを見出せるのかもしれません。
とは言っても、やはり私は、貴方と共に他愛もない語らいに興じ、折々の美しい景色を眺めながら歩むひとときが、何よりも愛おしく感じるのでございます。
人の往き交う中で、離れぬようにと手を引いてくださるあの温もりも、駅の雑踏の中より貴方のお姿を見つける刹那も、その一つ一つが、かけがえのない宝なのでございます。
ゆえに、やはり二人ぼっちというのは、少しばかり寂しく感じますね。
けれども、貴方と共に生きてゆくこと、それ自体は、何よりの望みでございます。
本日はつい取り留めもなく筆を進めてしまいました。
日々のささやかな時を大切に。
その思いを胸に、この便りを結ばせていただきます。
敬具