拝啓
桜が咲きほころび全国各地で優しい春の到来を感じさせられるようになりました。本日も楽しく過ごせましたでしょうか。
桜の花は、人を見送り、また出迎えるものにございますね。まるで私たちの歩む道を、そっと見守り、応援してくださっているかのように感じられます。
けれど、桜時雨という言葉があるように、雨に打たれた花びらは、やがて静かに散ってゆくのでしょう。
人もまた同じく、いつかはこの世を去るもの。散りゆくものだからこそ美しい。そのように申す方も多くいらっしゃいますけれど、私は時折、それだけではないのではと考えてしまうのです。
この世に果てぬものはないと、誰もが知っております。けれど、たとえ終わりがあるとしても、その中に宿る想いまでもが、同じように消えてしまうものなのでしょうか。
想いもまた、『ところにより雨』のように移ろい、揺らぐことがあるとしても、その奥に在るものまでが消えてしまうとは、どうしても思えないのです。
もしも人が、その最期の瞬間まで、誰かを想い続けていたとしたなら…その想いは、果たして「終わり」を迎えたと言えるのでしょうか。
たとえば、最後にその瞳に映るものが、大切な人であったなら。胸に抱いた愛しさを、そのままにして時を終えたのなら。その心の内にあった想いは、決して途切れることなく、在り続けたと言えるのではないかと、そんなことを考えてしまうのでございます。
うまく言葉にすることが叶わず、独り言のようになってしまいましたこと、お許しくださいませ。
ただひとつ、確かに申すことができるとするならば、
私はこの想いを、決して手放すつもりはない。
ということでございます。
たとえ時が流れ、季節が巡り、やがてすべてが移ろいゆくとしても、あなたを想うこの心だけは、静かに在り続けるものと信じております。
全く、こうしてお話し相手もなく筆を取っておりますと、つい思いの丈を綴りすぎてしまいますね。
願わくば、桜の雨がそっと降る日、あなたと並び立ち、他愛のない言葉を交わしながら、ただ穏やかに笑い合えるひとときを迎えられますように。
本日はこのあたりで筆を置かせていただきます。
敬具
3/24/2026, 1:29:46 PM