わたしの心は、穴の奥に落ちてしまったみたい。
気づけば、あなたという国に迷いこんでいたの。
おかしなことばかり起きるのよ。
あなたが笑えば、時計は逆さに進んで、
あなたが触れれば、言葉が砂糖みたいに溶けてしまう。
ねえ、どうしてかしら。
昨日より今日のほうが、今日より明日のほうが、
わたしは少しずつ、あなたに染まっていくの。
カップに注いだ紅茶は冷めないままで、
ページの終わらない物語の中、
わたしは何度も同じ問いを繰り返すの。
「これは夢?」
それとも…
あなたが「おいで」と言うたびに、
重力はやさしく裏返って、
わたしはまた、あなたのほうへ落ちていく。
もしもこの国に出口があるのだとしても、
きっとわたしは探さないわ。
だってここには、あなたがいるもの。
それだけで、すべてが少し可笑しくて、
どうしようもなく、愛おしいの。
前略
さて、本日は少しばかり、情けない胸の内をお聞きいただきたく、筆を取っております。
近頃の私は、「ないものねだり」というものを、しみじみと思い知らされております。
なんとも他愛のないことでございます。
人に甘える、ということです。
世の中には、ためらうことなく誰かに寄り添い、「寂しい」と素直に口にできる方がいらっしゃるのでしょう。そのような御方を拝見するたび、私はどこか羨ましく思ってしまうのです。
本当は、私も。ほんの少しでよろしいのです、貴方に甘えてみたいとそう願うことが、ございますのに。
いざとなりますと、言葉は喉の奥でほどけず、結局は何事もない顔を装ってしまうのでございます。まことに、不器用な性分でございますね。
とは申しましても、貴方は、不器用な私でよいのだと仰ってくださいましたね。そのお言葉に、どれほど救われているのでしょうか。
ですから、この拙いままの私で、もう少しだけ貴方のそばへ寄ってみたいと思います。
こうして貴方へお手紙を差し上げる折には、いつも頬を林檎のように赤らめながら、そっと筆を取っておりますの。幾分かは慣れてまいりましたものの、それでもなお、胸の奥がそわそわと落ち着かぬのでございます。
このようなことを書き連ねておりますと、貴方を少しばかり困らせてしまうのではと案じてもおりますけれど、もしそうでございましたなら、どうかお優しくお許しくださいませ。
もしも素直に、「会いたい」と申し上げられたなら。
もしも遠慮なく、「そばにいてほしい」と願えたなら
そのように思うたび、私はやはり、ないものねだりをしているのだと気付かされるのです。
ですが、このように拙い私ではございますが、ただ一人、貴方の前でだけは、いつかほんの少しでも、その叶わぬことを叶えたいと思っております。
上手に甘えられる方々のようには参りませぬでしょうけれど、その折には、どうか笑わずに、静かに受け止めていただけましたなら、これほど嬉しいことはございません。
今宵も、貴方を思いながら休みたいと思います。
……などと申しながら、やはり少々、気恥ずかしゅうございますね。
草々
前略
春の気配に心ほどける折、貴方のお手紙を拝読いたしました。今宵は、貴方のお手紙を傍らに置きながら、筆を執らせていただこうと思います。
仮面のお話、ひとつひとつ噛みしめるように読ませていただきました。
その奥にある迷いも、恐れも、確かに感じられるようで、胸の内が静かに揺れたのでございます。
貴方が仰る「仮面」は、きっと貴方を守ってきた大切なものなのでしょうね。
それを外すことが恐ろしいと思うのも、無理のないことのように思えます。
けれど私は、ふとある考えを思い出しました。
人は誰しも幾つもの顔を持ち、そのどれもが決して偽りではないのだと。
たとえ仮面を被っている貴方であっても、
それもまた紛れもなく、貴方そのものであると、私は思うのです。
どうか、そのどの仮面も、嫌わないであげてくださいませ。
ですから、無理に外そうとなさらなくてもよろしいのですよ。
仮面を被る日も、外す日も、
そのすべてを私は見ていたい。
貴方が仰るように、時にその笑顔が見えにくくなることがあったとしても、
それこそが、貴方の「好きじゃない」ものなのでしょうね。
けれど、どうかご心配なさらないでください。
貴方と共にいる時の私は、いつでも自然と笑みがこぼれてしまうのです。
たとえ仮面越しであったとしても、その奥にいる貴方に触れている限り、私の笑顔が失われることはございません。
それでももし、再び景色が曇ることがございましたら、
その折はどうか、また私の名を呼んでくださいませ。
仮面の貴方も、仮面のない貴方も、どちらも私にとって
は大切でございます。
どうかそのことだけは、お忘れなきよう。
草々
拝啓
桜が咲きほころび全国各地で優しい春の到来を感じさせられるようになりました。本日も楽しく過ごせましたでしょうか。
桜の花は、人を見送り、また出迎えるものにございますね。まるで私たちの歩む道を、そっと見守り、応援してくださっているかのように感じられます。
けれど、桜時雨という言葉があるように、雨に打たれた花びらは、やがて静かに散ってゆくのでしょう。
人もまた同じく、いつかはこの世を去るもの。散りゆくものだからこそ美しい。そのように申す方も多くいらっしゃいますけれど、私は時折、それだけではないのではと考えてしまうのです。
この世に果てぬものはないと、誰もが知っております。けれど、たとえ終わりがあるとしても、その中に宿る想いまでもが、同じように消えてしまうものなのでしょうか。
想いもまた、『ところにより雨』のように移ろい、揺らぐことがあるとしても、その奥に在るものまでが消えてしまうとは、どうしても思えないのです。
もしも人が、その最期の瞬間まで、誰かを想い続けていたとしたなら…その想いは、果たして「終わり」を迎えたと言えるのでしょうか。
たとえば、最後にその瞳に映るものが、大切な人であったなら。胸に抱いた愛しさを、そのままにして時を終えたのなら。その心の内にあった想いは、決して途切れることなく、在り続けたと言えるのではないかと、そんなことを考えてしまうのでございます。
うまく言葉にすることが叶わず、独り言のようになってしまいましたこと、お許しくださいませ。
ただひとつ、確かに申すことができるとするならば、
私はこの想いを、決して手放すつもりはない。
ということでございます。
たとえ時が流れ、季節が巡り、やがてすべてが移ろいゆくとしても、あなたを想うこの心だけは、静かに在り続けるものと信じております。
全く、こうしてお話し相手もなく筆を取っておりますと、つい思いの丈を綴りすぎてしまいますね。
願わくば、桜の雨がそっと降る日、あなたと並び立ち、他愛のない言葉を交わしながら、ただ穏やかに笑い合えるひとときを迎えられますように。
本日はこのあたりで筆を置かせていただきます。
敬具
前略
あなたにこうして筆を執るのは、いったい幾久しぶりのことでございましょう。幾つの月が満ちては欠け、静かに過ぎ去っていったのか、もはや思い返すこともございません。
さて、昨晩のお手紙、確かに拝読いたしました。
けれども、誠に勝手ながら、あなたにお目にかかるつもりはございませんの。たとえお会いしたところで、それはきっと、何ひとつ実を結ばぬものと存じますゆえ。
どうか、これ以上私に関わることはお控えください。
あれからの私は、ささやかながらも、今、心より「特別」と思える方とともに、歩みを進めております。
ですから、どうか私のことは、遠い日のこととしてお忘れくださいませ。
どうぞあなたも、過ぎ去ったものに縋ることなく、ご自身の道をお進みくださいませ。
この文があなたのもとへ届くかは分かりませぬが、これをもって最後のお手紙といたします。
どうぞ、お健やかに。
草々