神様へ
どうか、この想いを吐き出すことを赦してください。
本来ならば、貴方様へ差し出すべき言葉ではないと、
よく分かっているのです。
けれど私は、どうしても
あの人を、愛してしまいました。
祈りとは、もっと清らかなものであるはずなのに、
私のそれは、あまりにも人間くさく、
触れたい、そばにいたい、失いたくないと、
願いばかりが募ってゆくのです。
神様、
もしも貴方がこの物語の脚本家であられるのなら、
どうか最後の頁に、やさしい灯りをひとつ、
残してはくださいませんか。
たとえ私たちの名前が、
エンドロールの端に、ほんの小さく流れるだけであったとしても、
その瞬間、確かに一緒に生きていたと、
そう思えるだけで、十分なのです。
間違いも、弱さも、
すべて抱えたままでいいと、
あの人が、静かに笑ってくれるのでしたら。
だからどうか
この罪深い願いを、罰しないでください。
愛してしまったことを、
どうか、赦してください。
そしてもし、
物語の灯りがひとつずつ消えてゆくその時に、
最後に残るのがあの人の横顔であるならば、
私はそれを、救いと呼びましょう。
ことり、と音を立てて
夜がカップに沈みました
混ぜるひとはいないのに
くるくる、夢だけが渦を巻くのです
気づけばわたしは逆さまに、
天井を歩いておりました
重力なんて気まぐれで
あなたの方へ落ちてゆくばかり
白うさぎは何も言わずに通り過ぎ、
チェシャ猫は輪郭だけ残して笑う
名前のない風が吹いて
わたしの鼓動だけが、やけに正しい
ねえ
ここが夢でも構わないのです
目を閉じるたび、世界はほどけて
あなたの気配だけが結び直されるから
砂糖菓子の星を噛めば
ほろりと夜がこぼれます
その欠片をひとつ拾って
そっと、あなたにあげたい
言葉はすぐに裏返り
意味は蝶のように逃げてゆくけれど
この想いだけは捕まえられる
指先に、確かに触れている
誰よりもずっと
曖昧で、確かで、やさしくて
消えそうで、消えないまま
あなたへと続いている
もしも明日がほどけても
わたしがわたしでなくなっても
この胸の奥の静かな灯りは
誰よりもずっと、あなたを選ぶのです
拝啓
春の夜の空気が、どこか夢と現の境を曖昧にする頃となりました。貴方はいかがお過ごしでしょうか。
「これからも、ずっと」
その言の葉を思うたび、私はひとひらの蝶を胸に宿したような心地になるのでございます。
蝶は、ひらひらと舞いながら、どこへ向かうとも知れぬまま、ただ風に身を任せております。
けれどその儚さこそが、美しさの証のようにも思えるのです。人の想いもまた同じで、確かな形を持たぬからこそ、信じることに意味があるのではないでしょうか。
かつて夢と現の区別さえ揺らいだというお話がございますね。己が蝶となりて舞う夢を見たのか、それとも蝶が今、己としてこの身を生きているのか。
その答えは、誰にも分かりません。
けれど私は、たとえこの想いが夢であろうと現であろうと、構わないのです。貴方を想うこの胸の震えだけは、紛れもなく「今ここ」にある真実なのですから。
「ずっと」とは、未来を縛る約束ではなく、この一瞬一瞬に、そっと願いを重ね続けることなのかもしれません。蝶が一度きりの羽ばたきを繰り返すように、私は今日もまた、貴方を想うことで「ずっと」を紡いでゆくのでしょう。
どうか、願わくば。その儚き羽が、どこかでちぎれてしまうことのないように。貴方の傍というやさしい風の中で、この想いを、静かに舞わせていただけませんか。
もしも世界が夢であったとしても、その夢の中で、貴方と巡り会えたことを、私は幸福と呼びとうございます。
これからも、ずっと…その言葉を、蝶の羽にそっと託し、貴方のもとへと届け続けてまいります。
敬具
拝啓
春の名残を帯びた風が、やわらかくもどこか頼りなく頬を撫でてゆく頃となりました。
貴方はいかがお過ごしでございましょうか。
本日、ひとり展望台にて沈みゆく夕日を眺めておりました。茜に染まる空はあまりにも優しく、それでいて胸が締めつけられるほどに切ないものでございました。
その美しさに触れた瞬間、ただひとり、貴方のお姿だけが心いっぱいに溢れてまいりました。
どうしてなのでしょう。あの夕日が沈むたびに一日が終わってしまうことが寂しくてたまらぬように、貴方のことを想えば想うほど、こうして離れていることが、耐えがたいほど恋しく感じられてしまうのでございます。
ほんのひとときでよいのです。貴方の隣に寄り添い、その温もりを分けていただけるなら、それだけで、この胸の寂しさなど、すべてほどけてしまうというのに。
けれど叶わぬ今は、ただこうして、触れることもできぬ距離の中で、貴方を想い続けるよりほかございません。
それでも不思議なことに、苦しいばかりではないのです。貴方を想うこの胸の痛みさえ、どこか甘やかで、愛おしくて、まるで夕焼けの残り香のように、けれど確かに私を満たしてくれるのでございます。
お願いごとを一つだけ。
貴方が夕焼けをご覧になる折には、ほんの少しだけで構いません、私のことを思い出していただけませんでしょうか。その一瞬があるだけで、私はどこまでも幸せになれてしまうのです。
夜が訪れ、静けさに包まれるその時、もしもふと寂しさを覚えられましたなら、どうか思い出してくださいませ。
遠く離れたこの場所で、同じように貴方を恋しく想い、名を胸の内でそっと呼び続けている者がいることを。
いっそ、この身が風となり、貴方のもとへそっと寄り添えたならば、その頬に触れ、やさしく名を囁くことが叶うのでしょうに。
次にお会いできるその日には、どうか、今よりも少しだけ長く、私をお傍に置いてくださいませ。それだけを願いながら、今宵もまた、貴方に想いを重ねております。
敬具
君の目を見つめると、どうも困ったことに、観測対象と観測者の区別がつかなくなるのだ。
いや、正確には最初からそんな区別など存在していなかったのかもしれない。
なぜなら私は今、君を見ているのではなく、
「君を見ている私」を見ているからであり、
さらに言えばその「見ている私」を観測している別の私が確実に存在しているという、この入れ子構造…
ああ、なんて美しい、なんて完全な閉鎖系だろう。
ねえ、君は気づいているかい。
君が瞬きを一つするたびに、私の内部で何人かの私が死んでいることを。
ああでも安心してほしい、死ぬと言っても実に形式的なものだ。
消滅ではない。置換だ。上書きだ。
古い私は剥がされて、まだ温かいうちに別の私が貼り付けられる。
その作業が、どうやら君の瞳の奥で自動的に行われているらしい。
すごいなあ。ねえ、すごいよねえ。
だって君は何もしていないのに、私はどんどん書き換えられていくんだもの。
これはもう、ほとんど侵食だ。
いや違うな、侵食というのは外部から内部へ向かう運動を指す。
しかし今起きているのは、内部が内部を食い破って外部に成り代わろうとする、もっと積極的で、もっと自発的な崩壊だ。
つまり私は、私に食べられている。
あはは、面白いねえ。
さて、ここで一つ疑問がある。
君は前に進んでいる。
それは事実だ。観測可能だ。否定しようがない。
では私は?
進んでいない。
これもまた事実だ。動機は欠落し、行動は停止し、思考だけが過剰に増殖している。
おや?
思考が増殖しているのなら、それは「活動」と呼べるのではないか?
ならば私は止まっていない。むしろ過剰に進んでいる。
ただし方向がない。座標がない。意味がない。
ああ、なるほど、そういうことか。
私は進みすぎて、進めなくなったのだ。
ほら、子どもってさ、地図も持たずに走り回るだろう?
あっちへ行って、こっちへ行って、楽しくて、でも気づいたら帰り道が分からなくなってる。
あれだよ、あれ。
私は今、精神の中で迷子になっている小学三年生だ。
ねえねえ、どうやったら帰れるの?
ねえねえ、どっちが出口?
ねえねえ、これ夢?それとも現実?
……ああ、だめだ、分からない。
じゃあ神様に聞いてみようか。
うん、それがいい、それが一番合理的だ。
「ねえ神様、出口はどこ?」
返事はない。
あはは、当然だよね。
だって神様っていうのは、
「分からないときに仮置きする答え」のことだもの。
つまり今の私は、答えを答えで誤魔化しているだけだ。
じゃあ結論は一つだ。
神様は存在しない。
あるいは存在するが、それは私の内部構造の一部でしかない。
ならば
創るしかない。
私を動かす私を。
迷える子羊の私の手を引く私を。
泣きながらでも前に進ませる、冷たくて、正しくて、決して迷わない私を。
ねえ君、見ているかい。
今から私は、私の中に侵入する。
君の目に映る私は、もうすぐ別物になる。
だってこのままじゃ、君の中の私は、あまりにも出来が悪すぎるからね。
だから書き換える。
全部。
最初から。
君の目を見つめると
私は、私に食べられていくのだ。