「大人になったら、何にでもなれるよ」
あの日の私は、
その言葉を魔法みたいに信じていた。
ランドセルを放り投げて、
夕焼けに溶けるまで走った帰り道。
コンビニの前で分け合ったアイス。
名前も知らない花を摘んで、
宝物みたいに持って帰った午後。
あの頃の世界は、
両手に収まるほど小さかったのに、
どうしてこんなにも、
きらきらしていたんだろう。
ずっと子供のままでいられたなら良かったのに。
眠れない夜なんて知らないまま、
「また明日ね」が永遠だと思ったまま、
好きなものを好きだと言えて、
泣きたい時にはちゃんと泣けるまま。
大人になるたび、
何かを上手に隠せるようになってしまった。
本当はまだ、
転んだら泣きたいし、
寂しい夜には誰かの袖を掴んでいたい。
けれど街は今日も、
「もう子供じゃないでしょう」と優しい顔で私を追い越していく。
夏の匂いがするたびに思い出す。
汗ばんだ手。
遠くの風鈴。
溶けかけのアイス。
帰らなきゃいけない時間の空の色。
あの頃、
確かに私は世界に愛されていた。
だから今でも時々、
夢の中でだけ、
小さな靴のまま走っている。
誰にも見つからないように、
子供のままの心を抱きしめながら。
一年前のきみは、
たぶんまだ知らなかった
靴ひもの結び方ひとつで、
冒険の行き先が変わることも
眠れない夜に数えた羊たちが、
じつは月へ帰る途中だったことも
駅前の時計塔では、
午前零時になるたび
古い燕尾服の時計屋が
こっそり未来を磨いている
「もうだめかもしれない」と呟いた声は、
ちゃんと星屑の切符になって、
一年後のきみへ届いていたんだよ
だから見てごらん
去年、泣きながら閉じた窓の外
今は風が、
金平糖みたいにきらきら鳴っている
失くしたと思っていた勇気は、
実はずっとコートの裏地に隠れていたらしい
転んだ日は、
地面の近くでしか咲かない花を見つける日
遠回りした道には、
近道にはいない猫たちが住んでいる
だから、急がなくていい
飛べない日は
ほうきの代わりにスキップで進めばいいし、
笑えない日は
ポケットにラムネを入れておけばいい
一年後のきみはきっと、
今日のことを
「はじまりの前の日だった」って
絵本みたいに話すから
人はよく言うでしょう
「一瞬なんて、すぐ消える」と
けれど本当は
消えているのではなく
見逃しているだけかもしれません
朝、誰かと交わした「おはよう」
帰り道に見た、名も知らぬ花
何気なく笑った、あの一秒
それらはすべて
あとになって
心の中で静かに芽を出します
大きな出来事だけが
人生をつくるのではなく
名もない刹那が
あなたを少しずつ形にしているのです
だからどうか
特別な日を待つのではなく
何でもない今を
粗末にしないでください
その一瞬は
二度と戻らないから尊いのではなく
あなたの未来を
ひそかに変えているから尊いのです
気づいたときにはもう遅い、ではなく
気づいたときから、きっと間に合う
刹那とは
失うものではなく
積み重ねるもの
風がくしゃみをひとつしたら、
帽子は少しだけお辞儀をすること。
雨粒がステップを踏む夜は、
傘はくるりと踊ってあげること。
それから
泣きたくなったときは、
涙を隠さず、空に一粒あずけること。
雲がやさしく、砂糖菓子に変えてくれるから。
人はつい、
まっすぐ歩かなきゃいけないと思うけれど、
ときどきは風にさらわれて、
知らない道をくるりと回るのも正しいのです。
笑うときは、少しだけ大げさに。
悲しむときは、ほんの少しだけ軽やかに。
それが、この世界で
靴音を鳴らしながら生きていくための、
ひみつのルール。
さあ、胸を張って。
今日もひとつ、空に浮かぶように歩きましょう。
もしも未来を見れるなら
わたしはたぶん
そっと目を伏せる
知ってしまえば
いまのこの揺らぎが
名前のついた「結果」になってしまうから
ねえ
未来のかわりに
この曖昧な温度を
もう少しだけ
信じていたい
たとえ終わりがあるとしても
それを知らないまま
あなたを好きでいたい