窓から涼しい風が入ってくる我が家。
今日は俺の十五歳の誕生日だ。
親父は真剣な表情で、俺に語り始めた。
「実はな。お前は俺達の子供じゃない。魔王の子なんだ。偶然、魔王の城でお前を拾ってな……。お前が十五歳になった時に言おうと、母さんと決めていたんだ」
「だからか……俺の顔は紫色だし、角が生えてるし、魔法が使えるから、なんか皆とは違うなって思ってたんだよ。全く気づかなかったぜ」
「いや、そこまで気づいてるなら分かるでしょ!?母さんは、ずーーーっと言いたくて仕方なかったんだからね!?」
俺と親父の会話を傍で聞いていた母さんが、会話の間に入ってきた。
「何はともあれ、お前は魔王の子だろうと俺達の子供だ。これからもそれは変わらない。改めてよろしくな」
「そうよ。周りから何を言われても、私達はあなたの味方だから」
「親父……母さん……ありがとう」
だが、俺は心の奥で、世界を滅ぼしたくてウズウズしていた。
空から入ってくる緩やかな風。
同時に、りーん、りーんと鳴らす風鈴の音。
だが、セミの合唱に風鈴の音が負けている。
ならばと思い、こちらも数で勝負しようと風鈴の数を増やす。
りーん、りーん。
りーん、りーん。
りーん、りーん。
増やした結果、セミの合唱に勝利することが出来たが、今度は風鈴の音がうるさくなってしまった。
結局、風鈴を一つだけ残し、全て外す。
りーん、りーん。
風鈴は多いより、一つの音で堪能するほうがいい。
扉を開けた先に広がる、美しい花畑。
私の心の中にある場所だ。
心だけ逃避行したい時は、ここへ来ている。
今日は仕事でミスをして、課長に呼ばれ、注意されて怒られている最中に花畑へ逃げ込んだ。
今は夏だからか、花畑にはひまわりが沢山咲いている。
私は麦わら帽子を被り、ひまわり畑に向かって走っていると、空から声が聞こえてきた。
「鈴木、聞いてるのか?黙ってないで何か言ったらどうだ?」
鬱陶しい課長の声だ。
私は現在逃避行中だから、無視無視。
ひまわりは私の背より高くて、私の弱い心に負けないぐらい力強く咲いていて……。
「そういう態度をとるなら、こちらも色々と考えないといけないな」
外の世界では、なにか大変なことが起きようとしている。
麦わら帽子を投げ捨て、急いで外の世界へ戻った。
「すいません課長!次から気をつけます!」
戻ると同時に頭を下げて、課長に謝る。
「君はたまにふわふわしている時がある。人前でそういう態度をしないよう、気をつけなさい」
「はい、分かりました」
「分かればいいんだ」
なんとか、大事にならずに済んだ。
さて、席に戻ったら逃避行の続きをしよう。
課長の席から離れ、自分の席へ向かった。
「鈴木!別件でもミスしたのか!戻ってきなさい!」
一度あることは二度ある。
いや、これで何度目だろうか。
「はい……」
私は回れ右をし、再び課長の席へ向かう。
課長の顔と声を見るのも聞くのも嫌だから、逃避行してきまーす。
昼休みになると同時に、腹ペコ生徒が集まる学校の食堂。
今日はいつもの日替わり定食にしようと思ったが、たまには冒険するのもいいだろう。
パン売り場へ行き、“今日のパン“は何を覗く。
今日のパンとは、余った食材とパンを組み合わせて作られた、食堂のおばちゃん手作りのパンだ。
だが、噂ではめちゃくちゃ不味いらしい。
まぁ、冒険するにはもってこいのパンだろう。
今日のパンは、見た目は揚げパンで少し大きい。
俺は一つ購入し、空いてる席に座り、早速袋を開けて一口食べる。
「う“っ“!」
思わず変な声が出てしまう。
噛んだ瞬間、じゅわっと何かが溢れ、一瞬で口の中が洪水になる。
なんだ……これは……。
「聞いたか?今日のパン。揚げナスパンだってよ」
「聞いた聞いた。パンに揚げナスを包んで、更に揚げたパンだってな。油まみれで食べれたもんじゃないよな」
「揚げただけに、上げ上げ~なんてな」
背後で男子生徒達が笑いながら通過した。
……どうりで、口の中が洪水な訳だ。
吐き出したいところだが、食堂のおばちゃんに失礼なので吐き出せない。
「くっ……うっ!」
気合いで、なんとか飲み込む。
手には、まだ揚げナスパンが残っている。
……いけるのか、俺。
深呼吸をしてから、一気に揚げナスパンを食べていく。
なんとか完食し、俺の冒険は終わった。
この後、授業中に胃もたれしたのは、言うまでもない。
人で溢れている放課後の下駄箱。
皆が帰る中、私は隠れて、一人の男子が来るのを待っていた。
「あっ……」
来た。隣のクラスの山下君。
山下君は自分の下駄箱に近づき、蓋を開けた。
中に入ってる物に気づいたのか、驚いた表情をしている。
入っていた物を取り出す山下君。
私は、山下君の下駄箱にラブレターを入れたのだ。
だからこうして、隠れて山下君の反応を見ている。
……あれ?山下君が持っているラブレターの封筒の色が違う。
私はピンクの封筒に入れたはず。
山下君が手に持ってるのは、緑。
もしかして、私の他に誰かラブレターを入れたのだろうか?
山下君は緑の封筒を開けて、中に入っていた手紙を広げて読んでいる。
しばらくして、読み終えたのか、溜め息をつく山下君。
手紙を封筒に入れ、鞄に入れた。
今更だけど、隠れてじーっと山下君を観察している私は不審者だと思う。
でも、やっぱり気になるじゃん?女の子だもん。
山下君は、私が入れたピンクの封筒を取り出し、中に入っていた手紙を広げて読み始めた。
どんな反応をするのか、すごくドキドキする。
私の想い……届いて……。
だけど、山下君はさっきと同じように、ふう……と溜め息をついて、手紙を鞄に入れた。
そして下駄箱から靴を取り出し、履き替えて何事もなかったかのように帰っていく。
……多分、あの反応だと、駄目だったかもしれない。
力が抜けて、その場に座り込む。
フラれたよね……私。
立ち上がるのに時間が掛かったけど、なんとか自分の足で家に帰った。
次の日の朝、下駄箱を開けると、中に小さい封筒が入っていた。
中には手紙が入っていて、内容は……。
“手紙ありがとう。こんな俺でよかったら、付き合ってほしい。山下より“
「う、うそ……」
力が抜けて、思わずその場に座り込んでしまう。
私の想いが……山下君に届いていた。