太陽の光を浴びて、熱々になった砂浜。
今日の空は雲一つなく、絶好な快晴だ。
私は、波が届くか届かないかの所にしゃがみ、指で砂浜に文字を書いていく。
これは、先月交通事故で帰らぬ人となり、先に天国へ行ってしまった彼氏への手紙。
想いを込めながら、指を動かす。
砂浜が熱くて、まるで鉄板の上を指でなぞっているみたいだ。
物を使って書くのではなく、指で書いたほうが、より想いが込もると思う。
結局、書いたのは"大好きだよ"の五文字。
シンプルで短すぎる手紙。
本当は色々書きたかったけど、書くとキリがないので、ぎゅっと想いを凝縮させた。
立ち上がり、少し離れて、空にいる彼氏に手紙を見せる。
空のどこかで、この手紙を見てくれてるといいな……。
ざぶ~ん、ざぶ~んと、波の音がする。
足に波が当たり、靴がびしょ濡れになった。
下を見ると、まるで手紙を受け取ったかのように、書いた手紙が綺麗になくなっている。
再び空を見上げ、彼氏に想いが届いていることを願いながら、雲一つない青空をしばらくの間見続けた。
セミが鳴き始めた七月中旬。
外営業の途中、少し休憩するために近くの公園に寄る。
木の影がちょうどベンチにかかっていたので、座って涼む。
柔らかくて緩やかな風が、身体を撫でて気持ちいい。
「……連絡してみるか」
鞄からスマホを取り出し、彼女にメッセージを送ろうと文字を入力していく。
"8月、君に会いたい"
送信ボタンを、ゆっくり押した。
彼女と最後に会ったのは、去年のクリスマス。
「それじゃあね」
予約していたレストランでの食事を終え、どこにも寄らず真っ直ぐ帰っていく彼女。
まるでその姿は、義務を終えた感じだった。
それから、半年以上彼女と会っていないし、連絡もない。
こっちから連絡しても「今忙しいから」という愛想がない返事だけ。
彼女も仕事をしているから、忙しいのだろうと思っていたが、だんだんと疑問へと変わる。
多分、彼女は……。
メッセージを送ってから数分後、返信が届く。
"私、新しい彼と生活してるから無理。もう連絡してこないで"
……こんなことだろうと、思っていた。
少しでも信じていた俺は……馬鹿だ。
画面を消し、スマホを鞄へ押し込む。
近くの木でセミが鳴き始め、鳴き声が俺の心にジンジンと響いた。
俺に向けられた、明るすぎるライト。
眩しすぎて、薄目でしか目を開けられない。
もっとあなたの顔を見たいのに。
もっとあなたの顔を目に焼きつけたいのに。
ライトが、邪魔をする。
「あのぉ……目つぶって下さいね?」
歯科衛生士のお姉さんが、俺を見下ろしながら言った。
嫌だ……。俺はお姉さんの顔をもっと見たいんだ!
俺はライトの光に負けじと、カッ!と目を開ける。
「目隠して」
「はい」
反対側に座っていた歯科衛生士の助手が、布みたいな物を俺の目の上に乗せる。
眩しいライトも、お姉さんの顔も見えなくなり、目の前が暗くなった。
くっ……負けるものか!
俺は目の上に乗せられた布を取ろうと手を動かす。
「お・と・な・し・く・し・て・く・だ・さ・い・ね?」
お姉さんはゆっくりとした怒った口調で、俺に言った。
「は、はい……」
もはやここまでか……。
大人しく、お姉さんの指示に従おう。
今日の歯石取りは、いつもより少し痛く感じた。
人でぎゅうぎゅう詰めの朝の満員電車。
私は出入口の扉近くの壁にもたれて、スマホをいじっていた。
車内放送が流れ、もうすぐ駅に到着する。
「車内揺れますので、ご注意下さい」
車掌さんのアナウンスからしばらくして、電車は左右に揺れる。
何人か足に力を入れて揺れを耐えてる人や、バランスを崩す人がいた。
「おっとっとっ!」
前から、男の人が私に向かって倒れてきた。
「きゃっ!」
当たると思い、目をつぶったが何の衝撃もない。
恐る恐る目を開けると、目の前に男の人がいて、両手を壁に付きながら私を見下ろしている。
「大丈夫?」
ドックン……。
心臓が、大きく跳ねる。
同時に心臓の鼓動が早くなり、熱くなっていく。
男の人はすごくかっこよくて……優しい目をしていた。
「えっと……大丈夫?」
男の人にもう一度問われ、我に返る。
「は、はい。大丈夫です」
「よかった。ごめんよ、バランス崩しちゃってさ」
男の人が喋るたびに、心臓の鼓動が加速していく。
これは……多分、私は目の前にいる男の人に恋をしている。
もっと、お近づきになりたい。
「──駅ぃ、──駅ぃ」
駅の到着を知らせる車掌アナウンス。
電車は止まり、扉が開く。
「おっと、降りなきゃ」
男の人は壁から両手を離し、電車を降りていった。
「あっ……」
私はこの駅では降りない。
扉が閉まり、再び電車は走り出す。
扉の窓から外を見ると、さっきの男の人が駅のホームを歩いていた。
また、会えるだろうか?
この時間帯の電車に乗れば、再び会えるかもしれない。
今度見掛けたら、次は私から声を掛けてみよう。
まだ止まらない心臓の鼓動を感じながら、離れていく駅をずっと見ていた。
秒針と黒板に書くチョークの音が響く教室。
俺は今、最高に腹の調子が悪く、トイレにすごく行きたい。
だが、授業中に行くと目立ってしまうので行けずにいた。
授業終了まで、あと二十五分。
我慢出来るのか……俺……。
黒板に書くチョークの音が腹に響いて、その振動で腹の中は大波で荒れている。
「山下君、顔がグニャってるけど大丈夫?先生に言おうか?」
隣の席に座っている真面目な田中が、俺を心配して声を掛けてくれた。
有難いが……先生に言われるのはまずい。
「だ、大丈夫だ……この顔は生まれつきだ……」
「そ、そっか」
田中は納得していないようだが、なんとか先生に言われずに済んだ。
授業終了まで、あと二十分……二十分!?
まだ五分しか経ってないのかよ!
なんでこんな時に限って時間が進むのが遅いんだ!
神様のバカ!早く時間を進めろ!
神様をバカにした罰が当たったのか、腹の中が更に大波で荒れる。
くっ!もはやここまでか……。
もう我慢の限界だ。
先生に言って、トイレに行こう。
息を大きく吸い込み、先生を呼ぶ。
「せ──」
「先生!」
俺が先生を呼ぶ前に、誰かが先に先生を呼んだ。
「なんだ?鈴木」
「トイレ行ってきていいですか?我慢出来なくて……」
「分かった。行きなさい」
鈴木は席を立ち、尻を押さえながら教室を出てトイレに行った。
「尻押さえながら行ったから、大きいほうだな」
「まさか漏らしてないよね?」
「お~臭い臭い」
周りから小声で話しているのが聞こえてきた。
くそ……鈴木め……なんてタイミングでトイレに行ったんだ……。
おかげで俺は行くタイミングを逃してしまったじゃないか!
俺まで行ったら、連れウンって噂されてしまう。
授業終了まで、あと十五分。
分かったよ。こうなったら我慢してやるよ。
命をかけて、我慢してみせるさ……へっへっへっ……。
「山下君、顔をグニャりながら笑ってて怖いよ?」
再び田中が俺に声を掛けてきた。
「あん?」
「な、なんでもないです……」
俺の威嚇に、田中はすぐに退散した。
しばらくして、鈴木がスッキリした顔で戻ってきた姿を見たら、怒りで更に腹の中は荒れる。
授業終了まで、あと八分……。
時計とにらめっこしながら、チャイムが鳴るのを待ち続けた。
五分……二分……一分……!
キーン、コーン、カーン、コーン。
教室内に、念願のチャイムが鳴り響く。
「もう我慢出来ねぇよ!ボケェ!」
俺はチャイムが鳴ると同時に、教室を出てトイレへ向かって走る。
こんなことなら、もっと早く先生に言えばよかった。
タイミングは逃してからじゃ遅い、もっと早めに行動することが大事だ。