学校へ続く見晴らしのいい一本道の通学路。
歩いていると、青い風が横切った。
「里美!忘れ物!」
私の目の前に現れたのは、青いエプロンを着たママ。
ママが私に差し出したのは、ランチトート。
どうやら、家を出る時に忘れてきてしまったらしい。
「ありがとうママ」
ママからランチトートを受け取る。
ママは元陸上選手で、オリンピックに出たことがあるらしい。
青いユニフォームを着ていて、すごく足が速かったから青い風と呼ばれていたそうだ。
ママは走るのが速いのに、娘の私は逆に遅い。
どうして私はママの遺伝子を継がなかったのだろう?
神様は意地悪だ。
「それじゃ里美、気をつけてね」
ママは家へ戻らず、そのまま真っ直ぐ進んでいく。
「ママ!どこ行くのー!」
「このままランニングしてくるー!久しぶりに走ったら燃えてきちゃった!」
前を向いて走りながら、私に手を振るママ。
あっという間に姿が見えなくなる。
青い風は、まだまだ現役だった。
夕陽を浴びて色んな影が出来ている通勤路。
遠くでは、電車が走っている。
俺も電車に乗って、遠くへ行きたい。
知らない町、知らない場所へ。
休みの日に行こうと思うのだが、当日になると身体が重くて、結局家でだらだらして休みが終わる。
これを何度繰り返したことか。
こんなことでは駄目だということは分かっている。
だけど、身体が言うことを聞かなくてな……。
残業という呪縛を解かない限り、身体が軽くなることはないだろう。
今日は定時日だったから、少しだけ身体が軽い。
……遠回りして商店街へ行ってみるか。
すごく遠い所へ行くより、少し遠い所ぐらいがちょうどいいかもしれない。
俺は足取りを軽くして、商店街へ向かった。
透き通っていて、思わず見入ってしまうほど美しいクリスタル。
このクリスタルがあれば、色んな願いが叶い、病気をせず健康になり、金運や恋愛運など全ての運が上がるらしい。
「今ならなんと!五十万円のところを一万円で売っちゃうよ!さぁ!買った買った!」
レジャーシートの上で、大量のクリスタルを販売しているハチマキを巻いたおじさん。
今の時代では珍しい売り方だ。
買おうか悩んでいる間にクリスタルは次々と売れていき、残り一個になった。
「お嬢さん、買わないのかい?」
クリスタルとにらめっこしていると、おじさんに声をかけられる。
こういう時は思い切りが大事だよね。
「か、買います!」
「まいどあり!」
おじさんに一万円を渡し、最後のクリスタルを受け取った。
帰宅途中、本当に買ってよかったのか……少し後悔する。
五十万円のクリスタルが一万円で売られてたし、安物に色んな効果を持っているとは思えない。
でも、買ってしまったものは仕方がないから、棚の上に飾ってオブジェにしよう。
気を取り直して家へ帰っていると、前から車がすごいスピードでこっちへ走ってきた。
車は止まらず、だんだん迫ってくる。
住宅街で逃げ場がなく、目の前まで迫ってきた。
クリスタルを買わずに帰っていれば、多分こんな目にはあわなかったと思う。
車は、止まらない。
もう駄目だ……と思った瞬間、持っていたクリスタルが激しく輝き、目の前が光で見えなくなる。
しばらくすると光が収まっていき、車は私にじゃなく、壁に激突していた。
どうやら、私は助かったらしい。
地面には、私が持っていたクリスタルが粉々になって落ちていた。
「は……ははは……」
突然の出来事に腰を抜かして、地面に座り込む。
半信半疑だったけど、安物のクリスタルには……ちゃんと効果があった。
ムワァっとして蒸し暑い自分の部屋。
まさかエアコンが故障するとはな……。
修理を頼んだが予約がいっぱいらしく、一週間後になると言われた。
直るまで頑張って暑い日々を乗り越えなければ……。
とりあえず、窓を全て全開にした。
扇風機を回すが、生温い風しか飛んでこない。
「げほっ!げほっ!」
蚊除けに火を点けていた蚊取り線香の煙も一緒に飛んできて、むせてしまう。
首に巻いているタオルは汗が染み込み、汗臭い。
麦茶を沢山飲んでるから、口の中は麦畑だ。
生温い風の匂い、蚊取り線香の匂い、汗の匂い、麦の匂い。
まさに、ザ・夏の匂いって感じだな。
なんとか三日は耐えた。
残り四日もこの調子で頑張るぞ……。
扇風機に当たっていると、インターホンが鳴る。
「……はーい!」
立ち上がった瞬間、目の前が歪み、そのまま真っ暗になった。
目を覚ますと、知らない天井と目が合う。
「目が覚めたかい?」
白衣を着た男性が、俺を見下ろしながら言った。
「あの……ここは……」
「君は熱中症で倒れたんだ。君が住んでるマンションの大家さんから連絡を受けて、病院に運ばれたのさ」
「な、なるほど……」
エアコンなしで蒸し暑い部屋に居たから、熱中症になってしまったのだろう。
皆も、俺みたいにならないように気をつけような……。
窓から射し込む太陽の光。
時間帯によっては、光が多く射し込むことがある。
休日はこの部屋で昼寝するので、少し厄介な光だ。
「じゃーん!カーテン買ってきたよ!」
買い物から帰ってきた妻が、嬉しそうに白いカーテンを見せてきた。
「ちょうど欲しいと思ってたんだよ。さっすが頼れる妻!」
「えっへん!」
妻は小さい胸を張って自慢気な顔をする。
「じゃあ早速付けちゃうねっ」
そう言って、くるりと回り、カーテン片手に窓の上に手を伸ばす妻。
ロングスカートが、カーテンのようにゆらゆらと揺れている。
「ねぇ」
「ん?どうした?」
「私の背じゃ届かないから……付けてくれる?」
「よしっ、任せろ」
俺は妻に代わって、窓にカーテンを付けていく。
付け終わり窓を開けると、外から涼しい風が入ってくる。
付けたばかりの白いカーテンと、妻のロングスカートが同時にゆらゆらと揺れた。