月下の胡蝶

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8/29/2022, 11:46:01 AM

お題《言葉はいらない、ただ…》



青い月の夜には不思議なことが起きる。



夜風が心地いい。


少女は大きなあくびをし、それから本を閉じる。とある先輩にあたる青年から「読んでおけ。明日、本当に覚えてるか確認する」の一言だけを言い残して、どこかへ消えてしまったが。



「今日暑いな―。せっかくだからあそこへ行っちゃおう」



部屋を抜け出し、夜の森へ繰り出す。ランプなどなくても、瞳に魔法をかけているから問題はない。


森の奥深くへたどり着く――その前に羽織っていた外套をすでに脱ぎ捨てて、泉で水浴びしようと飛び出したのはいい、しかしそこにいたのは例の青年だった。



「――お前」


青年は肌を露出した、薄手の衣一枚の少女を見、ため息をつく。



「なんでため息!?」

「いや、男として見られてないんだなって思って」


黒銀の髪が月灯りで輝くその様は、幻想的で綺麗だ。まだ濡れている髪からしたたる雫に、心が大きく音をたてる。


いつもと変わらない口調。それにむっとして、思わず言い返す。


「ヨルなんてぜーんぜん、男に見えないよ!」


「……」



その瞳が燃えていように、見えたのは気のせい――?



でもそれは気のせいじゃなかった。青い泉に引きずり込まれ、二人一緒にずぶ濡れになってしまう。少女が何かを言おうとするより先に、そのまま唇をふさがれてしまった。




青年から香る月華晶の花に酔ってしまいそうになる。ふわふわして、心地よい浮遊に。





青い月の夜の出来事だった。




8/28/2022, 11:48:44 AM

お題《突然の君の訪問。》



再生をくりかえす、君。


その度俺は君に挨拶をする。




「はじめまして。私はクオリア――あなたの、騎士です」



君に公式の場で、そう挨拶をする。



――もし君が。



「犠牲になりたくない」と言ってくれたのなら、また違った未来があっただろうか。


でもそれは――“君”を否定すること。



だから、君の想いを俺は。


俺だけは、絶対否定したりしない。





夜の帳がおり、星屑が夜空を飾る。文机で書き物をしていたら控えめに扉を叩く音がした。不思議に思いながらも開けてみる。


そこに立っていたのは、紛れもなく君だった。淡い白雪色の長い髪に、寝間着のワンピース。胸には月色の魚のぬいぐるみを抱いている。



「――どうかなされましたか」


「あの、ね。クーアと一緒にねたい」


「……今、なんて?」


思わず素に戻ってしまった瞬間である。――まあ公式の場じゃないからいいか。そう自分に言い聞かせる。こんな発言、“君”からされたら……。



そんな想いなど露知らず、君はもう一度強く、言った。



「クーアとねるの!!」


「――本当に、困る」





君の訪問は俺をかきみだす。



8/27/2022, 11:24:47 AM

お題《雨に佇む》


雨隠し。



雨に埋もれた町。


雨に包まれた町。



視界が游ぐ。だって、目覚めたら雨の中に佇んでいたのだから。


煌々と落ちてくる雨粒は美しく宝石のよう。空を游ぐ魚たちは、一体どこから来たのだろうか。好奇心で溢れ出してしまいそうな心を押し込めて歩いていると、すうっと誰かが近づいてきて、顔を覗き込まれる。




「――ねぇお兄さん、もしかしてニホンから来たの?」




――足が魚のヒレ……? この子、もしかしなくても人魚姫――。



少女はオレの視線に気づき、楽しそうに言った。


「正真正銘、私はこの雨の町に住む人魚、ゆめかだよ! あのね今日はじめて外に出てきたの――神楽がやっと許してくれたんだ」


「……神楽?」



神楽、と聞いた瞬間――水の音がよみがえる。



深海にさしこむ月灯り。



揺れる。


揺れる。





この記憶は、一体誰の、もの――――?




8/26/2022, 11:39:51 AM

お題《私の日記帳》


朝カーテンを開けて。


ベランダの植物に水をやって。


それからキッチンに降りて、紅茶を淹れて、パイを焼く。


グラスと皿を磨いてから、愛猫のサーラにごはん。


焼けるまでの間――文庫本を読みながら、熱々の紅茶で、頭を目覚めさせる。


今焼いているのはシュガーバターのアップルパイ。



オーブンから香る匂いに胸をときめかせながら、私は彼を待つ。



もうすぐ帰ってくるのだ、王立天文台から。



今日はゆっくり、朝を過ごそう。



彼の好きなものをいっぱい作って、今日は朝からりんご祭りだ。カゴいっぱいのりんごを見つめながら、夢想する。




――パイが焼けたことを知らせる音。読みかけの文庫本を片手に、私は慌てて席を立つ。




開かれたハーブ色の手帳には、彼の好きな料理レシピをたくさんしたためて。




8/25/2022, 12:36:20 PM

お題《向かい合わせ》


もう二度と逢うこともない。




呼び出された中央の広場。


花売り、レモネード屋さん、飴屋さん、アイスクリーム屋さん、本屋さん。たくさん並んでいる露店から男は――レモネード、飴、アイスクリームを買って戻ってきた。


「……誰がそんなに食べるの」

「オレとお前に決まってるだろ?」


男の反応に思わず吹き出してしまう。それから広場のベンチに座り無言のまま二人で、アイスクリームを食べる。蒼天のサイダー味と月蜜のバニラ味。食べ慣れた味に、思い出す夢。



――お兄ちゃんのお目々、このアイスみたいだねぇ。



――ほんとだな。じゃあお前はこれだな、月蜜のバニラ。やわらかい感じがそっくりだ。




その日食べたアイスクリームは、今までで一番美味しかった。




淡々とレモネードを飲む。



――このレモネード、青いよ?!


――そういうハーブを使ってんだよ。母さんが確か育てたから、見にくるか?



ハーブ畑を見せてくれた。ハーブで作ったという料理をたくさん、食べたなあ。



それから立ち上がって――お互い向かい合う。



すっと手渡されたのは、色とりどりの飴。


「これやる。――じゃあな、祈ってるよお前の幸せを」



…………ぜんぶ。ぜんぶ、おれの好きな味なんだね。





本当は追いかけたい。


――でも。それはもう、おれの役目じゃないんだ。




口の中、深く溶けていくレモネード味。



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