お題《海へ》
私の故郷の海。
美しい翡翠の海へ還ろう。
泡となって消えれば。
泡沫となって、天に昇ってしまえば。
――それでも足を止めてしまうのは。
まだ、あなたを想っているから。
まだ――あなたを……。
この先の行く末が明るくなくても。
知っていたとしても、私の愛したあなたは今でも照らしてくれるの。
月灯りの海に祈る。
あなたとの希望を――――。
お題《裏返し》
神様に遊ばれるくらいなら、こっちが遊んであげる。
表舞台見事華やかに演じてみせましょう。
砂の楽園。
淡く染められた布が水面に散る。
月灯りを織り込んだような長い髪の少女は、氷青の瞳の少年に口づけをする。心身が溶けてゆくように、堕ちていく――美しい少女の鈴とした声とは遠いほど、その声は星屑糖(こんぺいとう)のようにあまい。
少年は思った。
この少女が神とするならば――《禁忌》かもしれない、と。
少女は神となり、少年と遊ぶ。
お題《鳥のように》
鳥は不変なのだよ。
風の国は別名《鳥の王国》。
ここへ訪れるには、風にのってこなければならない。
対の鳥がいる者ならば風に乗るのはたやすく造作もない事なのだが、風と縁のない者はまずたどり着く事さえできないのだから。
なんとか聖なる風吹く崖にやっとの思いで立つ事はできても、つまり風の国へは行けない。――無謀だよなあ、なんとかなる思考。己の馬鹿さ加減に呆れつつ、昏い昏い底から吹いてくる風にゴクリと喉を鳴らす。
これ、落ちたら助からないよな……?
俺は気づかなかった、この時すでに鳥がいたことに。
「もっと近くで、覗きませんか? いい風ですよ」
「は? そんなの死ぬじゃん――って、え!?」
頭上にいる男が、楽しそうに観察している。――鴉みたいに真っ黒だ全身。年齢に関しては青年くらいに見えるが、実際どうなのかは知らない。
「ああ失礼。人間は鳥じゃないですもんねぇ」
「悪かったな」
「いや? 悪くはないんじゃないですか。――鳥は不変ですが、人間はそうじゃないのですから」
「もーどっちなんだよお前」
「お前、ではなく――クロウです。あなたは、鳥の王国に行きたいんでしょう? もし私の手伝いをしてくれるのなら《対の鳥》になってもいいですよ、さあどうしますか」
これは夢が叶う唯一の方法かもしれない、俺はリスクなどまったく考えず即答した。
「ああ!!」
お題《空模様》
黄昏のワンピースを纏う。
鮮やかな朝焼けのあなたは、気に入ってくれるかな。
月の彼は「君によく似合う。ちょっと妬けるな」と、面白がってるようだったけど。
星々の少女たちは。
「きれいねぇ」
「いいないいな、黄昏姉さん。私たちも綺麗なお洋服着たいわ」
「朝焼けの彼とはうまくいってるの?」
「こらだめでしょ! 黄昏姉様が困ってるよ」
にぎやかな少女たちの声に、黄昏は苦笑いをするしかなかった。
月の彼はやれやれといった様子で、瞳から涙を落とす――瞬く間にそれは、三日月モチーフの青いピアスとペンダントに様変わりする。
まるでそれは魔法のように。
「青は幸せの色。応援してるよ、いつでも僕の心は君の心(そば)に」
「ありがとうみんな」
黄昏の彼女は、一番いい笑顔でお礼を言った。
朝焼けの彼への想いを胸に抱きながら。
お題《鏡》
桔梗の花があしらわれた、白銀色に輝くアンティークの鏡。
その鏡に宿された想い。
その鏡にひそむ悪夢。
古より、現在に受け継がれる――。
今日も閑古鳥が鳴いている。
瓶詰めにされて置いてあるのは森から採取した月光を浴びた石、一夜だけ花開く夜想花、朝露纏う布、希少な本の紙切れ。透明な泉の水に浸されたそれは、現代の魔法使いにより依頼されたもの。
まれに、過去の魔法使いの依頼もある。
使い古されたポットには朝露と妖精の果実で淹れたお茶が、ゆるあまい香りを漂わせている。
硝子の器には青い花の砂糖漬けが入っている。透き通ったあまい香り――これもまたここの主(あいつ)の好きなものだ。依頼の報酬はお茶と菓子。珍しいものから王道なものまで――つまり、なんでもありなのである。
「相変わらず本本本――依頼の報酬は茶と菓子。主は歪だねぇ」
これは最高の褒め言葉だ。
扉がギィ……と開く音がした。鏡の中から出ることなく少年は、爽やかに毒を吐く。
「やあ主。今日はどんなガラクタを買ったの?」