お題《いつまでも捨てられないもの》
すっかり色褪せてしまった文字。
何度も何度も見返した。
たとえ遠く離れていても僕らは、ずっとずっと一緒だ。
季節の花々を栞にして同封したり。
そこそこの名産品を。薔薇と蜂蜜のお酒、シロップ漬けにした果実、香草焼き、月魚の燻製――月の魔力が一番強い夜にだけ、それらを食しながら手紙を読む。
何千何万と交わした言の葉。
今日も弟子が手紙と紙包みを持って、愚痴るのを笑顔で聞く。
「紙なんか貯めて、一体どうするんです? 読んだら不要でしょうに」
「ただの紙切れが、僕にとっては一番の宝物なんだよ」
お題《誇らしさ》
雪華(せっか)強くおなりなさい。守る者は誰より強くあらねばなりません、誰より美しく、綺麗な生き方をなさい。
――天に立つ者ならば。
食うに困らずの生活とはどんなものだろう。
空腹とは空白。
――生きるために。
なんでもいいからと、まだ熟してない青い実や草を口に入れ、ときには人様の畑から盗む。――どんなに不味くても食べるし、身体に良くないものでも食べる。
生きることに、意味はない。
ただ本能的に、死にたくはない。
そんな私を変えてくれたのは、今の姉様。
身寄りのない私を拾い、《雪華》という名前をくれた。
雪の降る日に出会ったから、と。
銀色の長い髪を結われた姉様が微笑む。季節の花々に囲まれた姉様は、世界にひとつだけの華。
「雪華の好きな紅茶を取り寄せてたのが今日届いたから、一緒に飲みましょう。それから紅茶によく合うお菓子も焼いたの」
「はい」
私は今日も姉様の言葉を胸に生きている。
お題《夜の海》
夜が還るまで。
幻想と現実の狭間を彷徨う。
夜は言葉を走らせる。
淡い水彩の海のノートに、想うままに言葉を描き殴る。
最近入ったアンティーク雑貨専門のお店で、すてきな万年筆を見つけた。希少な木からつくった一点ものと言われたら買うしかない。それから深蒼という、珍しい深さの蒼とかいうインクを買った。
子供の頃なりたかった夢のカケラを夜になると、想い出す。
絵本作家の夢は、夜の海から始まって。
悲しい時姉さんが夜の海へ、ドライブに誘ってくれたのだ。
「夜の海には、月光くじらが希(まれ)にやってくるの。そのくじらはね、月灯りが食事なのよ。気分がいい日は星屑を吹きだすの」
姉さんは画家で、夢のある絵を描くのだ。
姉さんの部屋には木漏れ陽がさし、木漏れ陽の海にキャンパスがあるようだった。カラフルなお菓子の入った瓶に、たくさんの画材と本。
ずっと、魔法使いだと信じてたんだよね。
今でも夜の海を想い出すと、描くのは姉さんのいる美しい世界。
お題《自転車に乗って》
カナリヤ号は私の愛車だ。
今日も天気は快晴で、登下校中に寄り道をしている。古きよき時代の象徴でもある純喫茶ドリームに。店内は落ち着いた雰囲気で、マスター激選のレコードがかかっている。奏でる音は、どこか懐かしい――。
そして何を思ったのか、マスターが唐突に言った。
「いつもドリームを愛してくれるあなたに、プレゼントよ♡」
「はあ」
店内に客はひとり。つまり、私だけ……。
いらないと断るのも躊躇われる、さてどうしたものか。困惑した私を置いてけぼりに、マスターは――どこか懐古的で、さみしそうなカフェオレ色のかわいい自転車を引いて現れる。
「これはね、ワタシの宝物よ。青春と修羅場をともにしてきた戦友よ。――新品ではないけど、受け取ってくれるかしら?」
それは一目惚れだった。強く惹かれ、私は即決した。
そしてこの純喫茶ドリームへ来るのに、朝早くからこのカナリヤ号に乗って、金木犀の街路樹を駆け抜けてくるのだ。
ちなみにカナリヤ号って名前は、マスターの愛読書に出てきたイケメンの自転車が《カナリヤ号》って言うらしい。
まあいいかと思いながら、今日も私は金木犀の見える窓辺で、マスターの淹れてくれた秋風薫る珈琲を味わうのだった。
お題《君の奏でる音楽》
雨の中手を天に向け、歌う少女。
彼女は女神か天使か。
月並みな表現しかできないが、頭の中に壮大な風景が想い浮かぶ。手を伸ばせば、風に游ぐ花にさえ触れられそうだ。
雨さえも祝福しているかのようで。
「……これは夢なのかな。俺は、もう何かから逃げなくてもいいのか、な……」
戦場にあるのは、それぞれの儚く強き覚悟と。失い奪われ散りゆく風花(いのち)だけ。
せめて。
せめて夢の中だけでは…………。
青年の瞳から零れ落ちる雫が、血溜まりに消えていった。
そして、少女の歌は止んだ。