お題《自転車に乗って》
カナリヤ号は私の愛車だ。
今日も天気は快晴で、登下校中に寄り道をしている。古きよき時代の象徴でもある純喫茶ドリームに。店内は落ち着いた雰囲気で、マスター激選のレコードがかかっている。奏でる音は、どこか懐かしい――。
そして何を思ったのか、マスターが唐突に言った。
「いつもドリームを愛してくれるあなたに、プレゼントよ♡」
「はあ」
店内に客はひとり。つまり、私だけ……。
いらないと断るのも躊躇われる、さてどうしたものか。困惑した私を置いてけぼりに、マスターは――どこか懐古的で、さみしそうなカフェオレ色のかわいい自転車を引いて現れる。
「これはね、ワタシの宝物よ。青春と修羅場をともにしてきた戦友よ。――新品ではないけど、受け取ってくれるかしら?」
それは一目惚れだった。強く惹かれ、私は即決した。
そしてこの純喫茶ドリームへ来るのに、朝早くからこのカナリヤ号に乗って、金木犀の街路樹を駆け抜けてくるのだ。
ちなみにカナリヤ号って名前は、マスターの愛読書に出てきたイケメンの自転車が《カナリヤ号》って言うらしい。
まあいいかと思いながら、今日も私は金木犀の見える窓辺で、マスターの淹れてくれた秋風薫る珈琲を味わうのだった。
8/14/2022, 11:50:04 AM