お題《麦わら帽子》
坂道の上から彼女の明るい声が降ってくる。
木漏れ陽が揺れる。
「――――」
大きな麦わら帽子の青いリボンが風にはためく。
彼女は、僕に向かって麦わら帽子を投げた。――それは彼女の宝もの。
「えいちゃん、ありがとうね。大事にするから」
はじめて告白した日、大輪の花火が夜空を彩って。
はじめてのデートは水族館。虹色の魚をふたりで、いつまでも見ていた――。
帰り道頭上には夏の星座がきらめいて、彼女とはじめてのキスをした。
僕の頬が濡れているのは。
僕の手元に、麦わら帽子があるのは。
消えないこの胸の夏を追いかけて。
お題《終点》
どんな美しい物語も永遠ではない。
――淡い花が水面を覆う、まっさらに。
車窓からそれをなんとなく見つめる。現実で過ぎ去るのは一瞬だが、心の車窓から見る風景は、長い長い微睡みの中を揺蕩っているようだ。
三日月さんといった花見の、あの池に浮かんでいた花たちに似ている。――花なんてみんな一緒じゃん、って声が画面の向こう側から聞こえてきそうだが、人と同じ――生きているものたちにはみんな《個性》がある。
満開の淡い花の下に敷物を広げ、三日月さんがバスケットを開くとおとぎ話に出てくるような夢物語が、そこには詰まっていた。
黄昏森の林檎、それから雪豚とトマトのチーズサンドに、月灯りのカスタードパイ、グレープフルーツとハーブのサラダ。三日月レモンとオレンジのクッキー。
傍らにはポットに入った月灯りのレモネードティー。
「さあ召し上がれ。朝から早起きして、キッチンに立ってたら、妹がちょっとうるさかったけどね」
三日月さんはそう言って、笑う。
この日見た笑顔は、美しかった。
でも三年目の冬の月――彼は遠い国へ旅立った。
彼は最後まで――私に、嘘をついて。
その嘘を知った時、涙が海となる。
もう、あとには戻れない。
この物語の先に、美しい結末はない。
お題《上手くいかなくたっていい》
希望通りに物事が叶ったためしなんてないけど。
鳥籠の中から見る世界は。
鉄格子の中から見る風景は。
歪で、美しい。
――外へ出るには鍵のこどもが必要不可欠。
そんないつ現れるかわからない存在を待つくらいなら。
わたしは。
「この身を使う勝手をお赦しを。――あなたと出会って賭けてみたくなったのです」
何もしなかった。
上手くいかなければ意味なんて無いと思ってたから。
でもあなたは。
「必ず上手くいく。言の葉には万物の力が宿るんだ、ならいい風を吹き込ませよう――絶対、叶う」
鳥籠を抜け出せたら、真っ先にあなたを目指そう。
あなたはわたしの心の鍵。
お題《蝶よ花よ》
神から見捨てられた地で。
神から捨てられた地に光は宿らない。
くすんだ、枯れ果てた大地で、命は生きられない。
「俺といかないか」
薄汚れた私に手を差し伸べる青年。
かみ……さま……?
光の宿らないこの地に、月灯りがさしこむ。
立派な白い翼――それは天からの使いの証。鉱石の青を想わせる瞳が、静かにこちらを見つめている。
瓦礫に埋もれたこの場所で。
私は、その手をとった。
それから時は流れ――。
「セシル、庭のオボロの実たくさん収穫した」
「よし。じゃあ今日はノーマの好きなオボロのパイでも焼くか、手伝ってくれるか?」
「う、うん」
私は神の箱庭でセシルと暮らしている。
セシルからたくさんの愛情と優しさを注がれて育てられ、今はちいさなお茶屋さんをセシルと一緒に、辺境の地で開いている。
「いらっしゃいませ。ここはあなたの帰る場所。いつでも来てね」
月灯りの蜜とまほろの葉を浮かべたお茶で、今日もあなたを出迎えます。
お題《最初から決まっていた》
黄昏に抗い、暁に消える。
そう運命づけられた命だったとしても。
おれは。
おれだけは。
君の――理解者でいよう。
「みてみて!竜の仔拾った!」
「猫を拾ったみたいな感覚で、言われてもだな……」
「一緒に育てない? ハクはえらい立場の人間だから、なんとかなるでしょ」
「どう考えたらそうなるんだ」
相変わらず突拍子もないことを言う。
もしここで断ったとしても、絶対あきらめることのない性格である事を知っている。――あきらめが悪いんだよな、本当に。
おれと一緒にくるのは、どんなに危ないと言っても絶対ついてくってきかないし……思わず頬が緩んでしまう。
「この仔、名前なにがいいかな〜? メシアとかどうかな?」
「“救世主”か。でもまたどうして?」
「ハクの部屋で、読んだ本に出てきたんだ!」
「ああ――昔兄さんが買ってくれたはじめての……」
《――僕からすべて奪った。だから僕も、そうするよ》
愛しい彼女の声が、遠く遠く聞こえた。