お題《日差し》
水辺に差し込む日差し。生命の煌めきがあふれた水に触れ、手をゆっくりひたす。
血に濡れた手が清められただけでなく、身体に残る疲労さえも綺麗さっぱり跡形もなく消え去る。少年は驚いたように手をまじまじと見つめ、呟いた。
「あの風の噂は本当だったのか。日輪の泉――あの天に輝く光玉から流れた雫から、生まれた治癒の力を宿したっていう」
烏みたいな格好をした少年は影の任務により血に濡れていくうちに、道中倒れ込んでしまった。
――もうこのままずっと目覚めなければいいと思った。大切な女性を戦で亡くし、“瞳が気に入った”と拾われ夜に沈んでゆく生き方は、いつの間にか心を殺し。
きっと誰も許してくれない。
どんな悲劇も、最後に選択するのは自分なのだから。被害者面なんかしていい理由にはならない――。
でも日輪の声と光に導かれて、ここへたどり着いた。さわさわ揺れる葉擦れの音が心地いい。誰がここへ呼んだのかわからないが、少年は。
「……もう少しだけ生きてみるよ。あともう少しだけ待ってて、僕の大切な君」
藤の君。
もしかして、君がくれた光なのかもしれないから。
だったら生きてみるしかないだろう。
これは、覚悟だ――。
お題《窓越しに見えるのは》
季節のない国で。
死神様がつくってくれたもの。
ゆったりとした深い森色の外套を風に揺らしながら、死神様は色彩の見えない口調で、とあるものを指さす。
そこにあったのは三日月の窓。
「これは月灯りの欠片を集めてつくった魔法の鏡だ。月のあるひとときだけ、どんな風景でも窓に映せる」
「……どうして私に? 私には、死神様に差し出せるものがなにもありません」
「娘よ。お前はオレに、水をくれた。誰もがオレを恐れ避けてゆくのに――価値のあるものを、お前はくれた」
色彩は相変わらず見えないが、それでも少女には見えたような気がした。微かに。
「はい、ありがとうございます。大切にします」
花の咲いたような笑顔を浮かべると、死神様はふわりと頭を撫でた。
その次の夜。
白銀の三日月が世界に淡い光を落とす夜、少女は三日月の窓をつかった。
そこに映し出されたのは、冬に咲くという希望の花。
はじめて死神様が少女にくれた花。
風に揺れる可憐な白い花弁をつけた花の海に、死神様もいたような気がした。――今度はどんな花をくれるのだろう、それだけで少女はどんなに世界が残酷でも生きていけるような、そんな気がするのだ。
季節のない国で。
私は死神様と出逢えた、あなたという大切な季節に。
お題《赤い糸》
想いを丁寧に丁寧に織って結んで――縁に繋げてあげる。
《赤糸(あかし)の織姫》
それが私の持つ異名。部屋を張り巡らせているのは緋色、臙脂、焔などの糸と、眠るように片隅にいる機織り機だ。かれこれ数千年も使っており、今ではすっかり老いてしまった。
それでも、美しい縁を織り上げてくれるから、それで十分なのである。
陽光さす窓にある棚には植物が並んでいる。お礼にと、私宛てに送られてくる物の一部だ。他にも綺麗で美味しそうな菓子や珍しい酒やお茶などもある。
ひとりきりでは食べきれないから、よくあいつを呼ぶ。
「おい、来てやったぞ」
部屋に訪れたのは鮮やかな緋色の髪の男だった。見た目からして強面なのだが、実はこう見えて猫と甘いものに対してはとても可愛いから好きなのだ。
――なんて口がさけても言わないが。
「今回は蜂蜜たっぷりのシロップ漬けのパウンドケーキが届いたのだ。今夜光珈琲を淹れるから、待っててくれ」
「ああサンキュ。そうだこれ」
「? なんだ?」
「お前に似合うと思ってな」
朱く艷やかな椿の髪飾り。
「……お前ってやつは」
自分の縁はままならないけど、私は幸せだ。
お題《入道雲》
瞬間を切りとる。
それは大切な物語を忘れないように、カメラという箱でカタチに残すこと。人の記憶はどうしたって朧気になってゆくから、露となって消えてしまう前に。
そんな想いを抱きながら今日もカメラを上に向ける。ソーダ水の海に浮かぶバニラアイスの塊のような雲を、カメラにおさめる。
その他にも風景はたくさんある。
民家の庭先に咲く朝顔、水を張った木の桶に浸かった大きな西瓜(すいか)とお茶やジュースの缶、鮮やかな美しさをたたえた金魚、赤赤と続く提灯と人の波――亡き親友であるカケルに、見せるために。
『お前の写真、なんかあったかくて好きだわ。技術も大切だけど、一番大切なのは心だってことちゃんと理解してて尊敬する』
カケルとはじめて買ったカメラで、今も撮り続けている日常の風景を。
カケルが、大好きだって笑顔咲いたこの季節を。
お題《夏》
天井から吊り下げられた朱い金魚風鈴が涼風に泳ぐ。それはひとつではなく、とにかくたくさん。それはどれひとつとして、同じものはない。
歪な美しさ。
私はひとり青い朝顔が鮮やかに咲いた浴衣を纏い、その光景を眺めている。頭にも朝顔の髪留めをし、今日は特別な日だからおしゃれして。
この日のおしゃれは《金魚姫様》のためのもの。
夏の始まりと終わりに行う、鎮魂祭。
風鈴の音が水と、あの人の記憶を運ぶ。
「――ああ恋しや恋し」
蝉時雨が言の葉をかき消して。
私はまたひとつ、ため息をつく。
人の想いがまだこうしてここへ繋ぐ――本当に、想いとは厄介極まりないものだ。