糸井

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1/13/2025, 12:42:48 PM

「ねぇ、次は何処に行きたい?」

端正な顔を崩しても尚美しい彼は、輝かしい笑みで私に聞いてくる。金色のさらりとした髪も相まって本当に眩しくて、見慣れている筈なのに一瞬固まってしまう。そんな私の様子も更に愛おしそうに見つめられている気がしたので、咳払いをして一拍置いてから

「…貴方と一緒なら何処だって楽しい。そんな旅の記憶は宝石のように輝いていて、全ての場所が魅力的に見えてしまうの。だからね、私、何処までも行きたいな」

と言って彼を見つめてみると、今度は笑みを隠しきれないようなほんのり赤みがかかった顔をしていて。それは私だけが見れる特別な貴方のようで、たまらなく愛しい。

「それじゃあ、僕に何処までも何時までも着いてきてくれるかい?」

という言葉と共に彼の差し伸ばされた手を取って、もちろん、と返事をすれば私達はまた次の目的地へと翔けていく。まだ見ぬ景色を二人で見る為に。

宇宙の果てでも二人一緒ならきっと全てが華々しく心に焼き付いて満たされて行くから。

『まだ見ぬ景色』

1/10/2025, 8:18:02 AM

夜空を駆ける無数の光。身を削っては離れ離れになりながら、ただ燃え尽きるまで闇を照らし続ける。

ひと時の輝きを放った後に降る星のかけら達は、手をどれだけ伸ばしても届かない場所から旅をして来る。きっとそれは想像もつかないほど果てしなく途方もない長い長い旅。

一体どんな景色を見て、どんな道を辿って来たのだろう。この地に降り立ったかけら達にはそんな記憶が詰まっているのかな。

『星のかけら』

1/9/2025, 1:54:03 PM

『Ring Ring…』

そっと彼の家の呼び鈴を鳴らすと、高く澄んだ綺麗な音が響く。私はこの音が好きだ。静かな森へ風に乗って木にぶつかりながら何処までも進んでいくこの音が。それに…。

近づく足音がした後、ドアが少しくぐもった音をたてて開く。鈴の音は彼に繋がっているのだ。

「いらっしゃい。いつもありがとうね」
「いいえ、私の為でもありますから。今日もお邪魔します」
「うん、お茶いれて来るから座って待っていて」

部屋の中に入るとふわりと暖気に包まれる。此処には彼の作る薬を代わりに売買する為に通っている。彼がたった一人で、しかもこんな森の奥で薬を作り続ける理由はずっと分からない。

「はい、どうぞ。今日は緑茶だよ」
「わぁ、良い香り」

手にすっぽりと収まるカップから熱が染み込んでくる。ふぅーっと冷ましてから飲むと今度は中から幸福で満たされてゆく。

「…美味しい。これも自家製なんですか?」
「ふふ、いつも本当に美味しそうに飲んでくれるから嬉しいよ。うん、これも僕が育ててる子達の一部だね」
「薬の質も何処より高いと、こんなに美味しいお茶も作れちゃうんですね」
「うーん、なんだかちょっと違う気がするけど…」

お茶が飲み終わるまで他愛ない話をし続ける。彼は自分の事は全く話したがらないけれど、なんて事ない話ならずっと付き合ってくれる。ちなみに、薬の事なら尚のこと教えてくれる、が、止められなくなるから要注意だ。

質問や言葉を躱される度、途方も無く大きな壁を感じる事も多い。それでも、受け入れてくれる限り、綺麗な音も神秘的な森も美味しいお茶も味わっていられる限り。彼と話せる限りは、ずっと通い続けていたい。

それが出来るなら私は、何も知らないままで良い。
この時間を壊さないように守り続ける為なら。

1/7/2025, 12:36:25 PM

…寒い。
凍てつく空気に容赦なく吹き付ける風。痛む手と震える膝。疲れた身体に追い討ちを掛けられる。こんな日は暖かい我が家に一刻も早く帰るのが最善だ。

すぅっと空気を吸い込み、少し早足で心細い街灯を頼りに歩く。親愛なる彼はもう家に着いているのだろうか。いつもは私の方が遅いけれど、今日は早く上がれたから。もしかしたら先に着くかもしれない。そうなったら私が料理して待っていようかな、だとかそんな思考が白い息と共に浮かんでは消えてを繰り返す。

びゅうっと一際強い風が吹いた瞬間、思考も息も全てが霧散し一気に現実に引き戻された。そして、突然開けた視界の奥に、信号待ちをする彼の姿を捉えた。

私は気づけば走り出していた。寒さも痛みも何にも感じなくなって、ただただ眩い光を、瞬く光を、ただひたすら風と共に追い掛けて。途中で気づいた彼の驚いた顔がこの上なく愉快で。満たされて。そんな勢いのまま抱き着いたら、人生で一番の暖かさを感じて。

「あぁ、私って幸せなんだな」

と呟いて彼を見上げると、ふんわりと頬を緩ませて、私の乱れた髪を直しながら

「僕もね、君のおかげでずっと幸せだよ」

なんて言葉が降ってくる。私は貴方と、貴方のいるこの世界が何よりも大切で愛おしい。照れと寒さとできっと私は赤く染まっているんだろうな。


一人の時よりもゆったりと、二人は光と熱とを帯びたまま、明るくて暖かい道を帰っていった。


『追い風』

12/7/2024, 10:29:59 AM

視界が反転している。甲高い耳鳴りが頭に響く。

今、落ちているのか?
それにしても景色の流れが遅すぎる。死ぬ間際は時が遅くなると言うけど、自覚してもこのままなのはおかしい。
確かなのは地面が段々と近付いている事と、足首に違和感がある事。右の足首…で支えられている?

「──────起きて」

雑音が初めてまともな声となって聞こえ、目を開いた。反転した景色のままだったから自信はないけど、さっきまで目を閉じていたらしい。今度は景色の流れが逆になる。

「あ、起きた?なら後は自分でも頑張って」

少しずつ意識が明瞭になっていく。けれど、聞いた事のある気がするこの声を思い出せない。とりあえず足を角に引っ掛け身体を起こそうと試みると、思ったよりもすんなりと空まで視界が移動する。

「大丈夫ー?生きてるー?記憶はある?」

という声と同時に少女が顔を出した。
答えようと口を開ける。が、肝心の声が喉から出て来ない。仕方が無いので首を横に振る。

「あぁ、声が出ないのは知ってるよ。記憶も無いみたいだね」

頷くと、じゃあ着いて来て、と言い足についていた縄を解くとスタスタと歩いていってしまう。

少女は彼に背を向けてから笑みを浮かべ、良かったと呟いたが、それが彼の耳に届く事は無かった。

『逆さま』

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