私が何を言ってもひらりと躱してしまうし、もっともらしい言葉で返してくるし。普段の口論に終わりなんて無いのに。
たまに二人でいる時、無言でそっと寄りかかってくる。そんな彼の頭はふわふわしていて心地良い。顔を覗き込むとほんのり赤く、それでいて泣きそうな顔をしていて。あまりの可愛さに愛しさで胸が満たされる。
こういう時は私が与えられた分の仕返しをするのだ。めいっぱい撫でて甘やかして慰める。
彼の強い所も弱い所も、ちょっと腹が立つような所も全てが私の宝物。今までもこれからもずっとこの世で一番大切にしたい物。
本人にはそんな事、滅多に言ってあげないけど。
『宝物』
心に火が灯る瞬間。ぼんやりとした光がそれでも確かに暗闇を照らし出すあの瞬間。世界が反射して反転して姿を変える。
ただ黒に塗り潰されていたのに、綺麗なものなんて何処にも無いと思っていたのに。近くにも遠くにも輝きが有ったのだと気づけるようになる。
ただ、それは一瞬で。目が慣れてしまえばまた隠れていくし、灯火は少しの風で消えてしまう。
だから、私のキャンドルの炎で私と世界に痕をつけるの。火が灯る度にね。
そうすれば感動も美しさも儚さも彩られた景色も、感じた事含めて全てをまた思い起こせるから。火が消えてもサヨナラじゃない。跡のおかげでまた会える。
だから暫く暗闇で一緒に眠りましょう。辺りがまた照らされるまで。
『キャンドル』
可笑しくて笑った事も、苦しくて泣いた事も。どれもが自分だけの思い出で。
過ごしてきた数え切れない程の日々は絶対に無くならないし、裏切らないで傍に居てくれる。鮮明に思い出せなくなったとしても、それは私の隣で記憶が眠るだけなのだ。
その眠りは、いつ覚めるのかも、はたして目覚める事があるのかさえもわからないけれど。存在してくれるだけで私を私たらしめてくれる。
だって思い出は、友達でも家族でも恋でも夢でもあって、私そのものでもあるんだから。
『たくさんの思い出』
冬になったら。貴方と炬燵で鍋とかお餅とか食べたいし、外でかまくらを作ったり雪だるまを作ったり。雪合戦だってしたい。
じゃあ、貴方が居ない今は何がしたい?
貴方と二人でやりたい事は幾らでも思いつくのに。
一人でしたい事なんて何にも思いつかなくて。
季節が変わるのも、明日が来るのも、全てが楽しみで満たされていたあの日々がたまらなく恋しくて、輝いていて。その時の自分が妬ましい。
今はもう、日を重ねる毎に希望が薄れて、焦燥にばかり駆られているから。
それでも、雪はあの時と変わらず、一点の曇りもなくただただ真っ白に辺り一面を染め上げるんだろうな。
変わったものも変わらないものも、残ったものだって等しく大切な私の宝物なんだ。
貴方にまた会えるまで、寂しさや悲しさが無くなる事は無いけれど。何十回でも何百回でも、何千回だって冬を越してみせるよ。貴方が私の胸に残した暖かで無数の希望と一緒に。
『冬になったら』
「貴方が隣に居る。今この瞬間が、世界で1番幸せな時間が、永遠に続けばいいのに」
そう言った私を愛おしげに見つめて、少し困ったように笑いながら
「いつかは別れる時が来てしまうから、永遠は難しいけど。この命が果てるまで、僕はずっとそばに居る。離れたりなんてしないよ。」
「それは、嬉しいんだけど…そうじゃなくって、」
照れてしまって言葉が上手く紡げない。"その時"が怖い事が伝わったのか伝わっていないのか、少し考えて私の頭を柔らかく撫でてから。ちょっと待ってて、と言って手に赤いリボンを携えて帰ってきた。
「目印をつくるのはどう?たとえどちらかが世界から零れ落ちても。君が違う世界に居たって、僕が必ず見つけてみせるよ。だからこれをつけて待ってて。」
まぁ目印なんて無くても絶対探し出すけどね、なんて彼は言いながら私の髪は結ばれていく。貴方の暖かな手で、散らばった髪がするすると一纏めになっていくのがなんとも心地良い。
うん、似合ってる。何しても可愛い、って貴方の透き通る声が。耳元で聞こえるから。差し出された鏡の先で真っ赤なリボンで綺麗に髪は結われ、私は頬と耳も赤く染めて居る。
多分その事に気づいたのであろう彼はより一層表情を柔らかくしていた。どこまでも暖かくなる貴方の表情も雰囲気もずっとずっと愛している。
ぱちん、とシャボン玉が弾けるように。夢から覚めるのは突然だ。遠くて朧気で、それでも確かに存在していた幸せな記憶の追走。
懐かしさと愛おしさと寂しさと。全てを噛み締めながら、今日もあの日の赤いリボンで髪を結う。彼と自分とをまた結んでくれる事を祈って。
『はなればなれ』