椋 muku

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12/28/2024, 1:59:14 PM

冷えすぎた外気を気にせず肺にたっぷりと送り込む早朝。涙が出るほど鼻がじんわりと痛んだ。

「うわー。雪積もりすぎてんなー。これじゃあランニングもできないか」

冬休みに入って年内の出校日も残っていない。毎朝、誰にも気付かれない時間帯にこっそりとランニングに行く習慣も休み期間なら時間を気にせずにできそうだ。なんて思っていた自分が甘かったらしい。どうするか悩んでいるとバタンと玄関の扉が開く音がした。

「んー…やっぱりお前か。俺も一緒に行く…待って」

「おい、パジャマのままで出てくるな、風邪ひくから。ほら、ちゃんと準備してからにして」

朝が苦手なコイツが頑張ってまで起きてくるのは相当珍しい。いつもは絶対起きていない時間帯なのに。
準備が整うと私たちは外へ出た。ランニングの予定がコイツが寝起きだったということもあり散歩になってしまった。

「なんで今日早起きなんかしたんだよ。まだ寝てても良かったんだよ?俺あとで起こすし」

「んー…だってお前毎朝ランニングしてて、俺も行きたかったけどなかなか起きれなくて…」

寝癖を揺らしながら悔しそうに話す声が寝起きで呂律が回っていない様子だった。

「だからってこんな朝早くじゃなくても良いんだよ?朝、弱いことなんてもうずっと前から知ってるし」

「…どうしてもお前と一緒に行きたかったんだよ!1人置いていかれたくなかったんだよ!もしかして…俺がいると邪魔なのか…?」

「そっか。俺と一緒がいいのね、嬉しい。俺は置いていかないよこんな可愛いやつ。」

慣れない早起きなんてするからコイツのテンションもメンタルもいつもより弱い。すぐに不機嫌になるし俺から離れることを酷く嫌う。それに、もうこんな涙目になって…こういう時は欲しい言葉を言ってあげると落ち着く、、、らしい。

「ほら、泣かないで。俺は君が拒んでも絶対に離れないから大丈夫だよ。だから泣かないで、ね?」

指で目尻を拭ったコイツの涙は温かくてすごく綺麗に見えた。

「…ん。手、繋いで。」

マイペースで自分勝手なコイツに構ってやれるのはきっと私だけなんだろうな。年明けも近づいて受験も近づいて。志望校が違うから余計不安になってんのな、コイツも。

「俺は…俺も…お前がいくら嫌だとか嫌いだとか傷つく言葉を言ったとしてもお前のこと離さねーから」

「何告白みたいなこと言ってんだよ。朝に弱いお坊ちゃまはまず早起きという習慣を身に付けてください」

「毎回お坊ちゃま扱いしやがって…もう今日くらいそんな意地悪…言うなよ」

っ!?やっぱり朝のコイツはいつもと様子が違って調子が狂う。乱したいほどに。私の隣にいること自体奇跡なんじゃないのかなってくらいなコイツが私にはすごく輝いて見えた。そんなコイツと年末まで一緒に過ごすことになるなんて思ってもみてなかったな。
薄暗く青白い早朝という名の夜。話さずとも分かり合える私たちの冬休みがようやく始まったように思えた、そんな朝だった。

題材「冬休み」

12/27/2024, 12:13:29 PM

110円。私が使っている安っぽい手袋。黒で無地の手袋。3年目だから少しほつれかけている使い古した手袋。そこには女の子らしさなんて欠片も残っていなかった。

「男みてぇだな笑」

「オスのゴリラでしょ笑」

今まで散々言われてきた。それが今になってフラッシュバック。とは言っても陰口というか悪口というか、それは今も現在進行形でフラッシュバックとは言えないような気もする。
別に傷ついた訳じゃない。私は周りの女子ようなか弱くてちっぽけで男の言いなりになるような人間にはなりたくなかった。それに加え、仲間でさえも平気で裏切っていつまでもネチネチと責めるようなそんな女子という存在が反吐が出る程嫌だった。だからひたすら勉強して知識を身につけた。筋トレもした。部活は主将も務めた。男子よりも誰よりも力のある女子。髪も刈り上げて男らしくした。誰にも負けないように。努力し始めた頃からだろうか。みんなの見る目が変わった。馬鹿にするような下に見るような。私は気にしない。強いから、大丈夫だから、きっと自分が強くあれば救われる…

「ワンッ」

愛犬が声を荒らげた。左頬から温かいものが流れる感覚があって手に鮮やかな赤が零れた。鏡に目をやるとはじめてその「鮮やか」が血だとわかった。家の犬は気性が荒いから噛まれることは日常茶飯事だった。落としたものを拾おうと体を折り曲げただけ。近くに寄るなと言わんばかりに噛み付く。歯が頬に刺さって肉を引きちぎるギシギシとした音と感覚。不思議と痛みはすぐには感じない。洗面所へ向かって血を優しく冷水で洗い流し続けた。顔を上げるとその頬には完治までそれなりにかかりそうな傷が深く刻まれていた。今までは気にしたこともなかった。

ー無言で頭を撫でて笑いかけてくれるー

ふとそんな君の姿が思い浮かんだ。君は私のことを男でもゴリラでもなく1人の女子として人間として見てくれていた。はじめてじゃなかったけど、君があまりにも一途に私に尽くしてくれるから私も君に興味を持った。傷のひとつやふたつ、私にはどうってことない。でもきっと君に会ったら私の頬を優しく撫でて私の顔にこんな傷は似合わないって恥ずかしげもなく言うんだろう。

冬休み。年が明けるまで、私は君に会えない。君のことも周りのことも全部に気を使いすぎていた。だから全て忘れて早朝に散歩に出ることにした。ベンチコートを羽織って好きな音楽でもかけながら。外気で冷やされた手を投げやりにポケットに突っ込んだ。違和感のあったポケット。そこには君の手袋が入っていた。私の冷えた手を心配して貸してくれたものだった。返すのを忘れてここに入ったままで。君のことを忘れられなくて積もった雪に倒れ込むように寝転んだ。わずかに雪が放つ冷気とかすかに頬をくすぐる外気に全身が冷えていく。ただ、君の手袋を付けた両手だけが燃えてしまいそうなほど熱く熱を帯びていた。

題材「手ぶくろ」

12/26/2024, 1:33:36 PM

つい先日までピンピンしていた君が2日続けて出校日を休むなんて…あ、もしかしてサボり!?いや、でもそんな事をする子じゃないし、じゃあやっぱり風邪?でも考えづらいよな…

隣の席に視線を落としてもいつもみたいに寝てる君はいなくて静まり返っている。変態だって思われたくないけどふわっと香る君の匂いもなくて本当に存在がぽっかりとなくなっちゃったみたい。こういう時、心はやけに素直で君の前では絶対言えないけど「寂しい」なんて思ってしまう。

「ねぇ!ちょっと、あんた見た?新聞にも載ってたしアイツん家の前にもアレ立ってたけど…」

友達がこんなに息を切らして走ってくるのは珍しい。それにしても新聞に載ってるとかアレとか一体何の話をしてるのか。

「ん?何かあったの?」

「やっぱ知らないのか…ほら、アイツのおばあちゃんが亡くなったらしくて。アイツが休んでるのは忌引きだからだね」

「…………え」

それ以上何も言えなかった。
家に帰って自分の部屋に入ると私はつくづく自分勝手だと感じた。君が今相当辛い思いをしているのにも関わらず「会いたい」だの「寂しい」だの自分のことばかりで。ごめん。本当にごめん。でも君には会えないし、抱きしめてあげることも支えてあげることもできないよね。なんて思いながらただひたすらボーッとしていた。

ボーッとしていると不思議なものでふと君との出会いを思い出した。思い出したという程でも無いけれど、初めましては保育園の頃だった。やっぱり最初はお互いガキで未熟すぎた。私は君が大嫌いでウザくて。小学生になるとクラスが同じでも話す機会も関わる機会も減った。高学年になって委員会が同じになった。児童会(生徒会みたいなもの)に入ったくせに何にもしない嫌な奴。印象はあの頃と変わらなかった。ギスギスした雰囲気が微妙に漂っていたのは今でも覚えている。中学に上がってクラスはまた一緒になった。でも中学1年になっても男子は変わることを知らない。お猿さんみたいにギャーギャー騒いで問題起こして迷惑かけてばっかで。そんな私も君に限界がきて1度ぶちギレたことがあった。

「…ったくうるせぇなぁ!教室にいる時ぐらい静かにしろや!走り回んな、邪魔じゃ」

声を荒らげて放った怒り。それは私が家以外で初めて怒った時だった。驚いた君の顔も悪くはなかったよな。
中学2年はクラス替え。それでもまた君と同じクラスになってしまった。もうあれ以来関わることもないと思っていた。2年後半になって席が隣になったことや同じアニメを見ていたことがきっかけで少しずつ話すようになった。知らないうちに君が私との距離を縮めるようにもなった。そうだね、君はあの時からもう変わり始めていたんだ。成長して子どもじゃないような、でも幼さが残っているような。それでも大人びたことしようと背伸びをしていたり自然に男前になっていたり。あの頃とは随分と変わったね。席替えをしても何度も何度も…毎回私の隣を選んでくれたよね。頭もポンポンって撫でてくれたよね。筆箱も交換しに来たし手も握ってくれたよね。いつの間にか変わってしまった君は気がつくといつも私の隣にいた。
そんな君のことを私は好きになってしまった。ただそれだけの事だって思いたかったけど、気づいた途端に思いは溢れ出た。いつもの見慣れたはずの君の姿が愛しくてたまらなくて。文化祭で君と手を繋いで踊ったフォークダンス。君の冷えた手を握って話しながら踊ったよね。気づいてなかったかもしれないけど、私は君と踊った時だけ誰よりも近づいて手も強く握ってたんだからね。君のことをいつでも抱きしめたくて仕方なくなったのも毎日変わりないよ。もう知らない感情ばかりが君に溢れ出て仕方ない。

沢山の思い出が。変わってしまった君が。今までの私を変えてしまった。変わらないものなんてない。だから君が私に興味なんて無くなっちゃうこともあるかもしれない。変わる。それはすごく私にとっては怖いこと。でもそれを恐れなかった君に私は救われた。だから私も恐れないで君にちゃんと向き合うことに決めたの。卒業するまで。それがタイムリミット。逃げずに待ってて、お願い。

題材「変わらないものはない」

12/25/2024, 1:31:49 PM

雪の日が続く冬に珍しく晴天の日が訪れた。これも「サンタ」という奴からの贈り物なのだろうか。

「あーあ、今日も学校かよ。本当、俺たちついてねー」

「んなギャーギャー喚くなよ。そんなこと言ってられる歳じゃないんだから」

コイツの言う通り、クリスマスという祝日にしてもいい並のイベント当日に出校日なんて我々の先生も相当鬼である。私たちが直談判したとて

「半日で済ませてやってることに感謝して欲しいくらいだわ。受験生なんて24時間勉強詰め込まねぇと」

なんて意味の分からない圧力とニヤニヤと気味の悪い笑顔でノックアウトは目に見えている。
さて、話は変わりクリスマスといえばやはりサンタ。もちろんサンタという第2の名を持つ両親からのプレゼントを貰った奴らは多くいた。中には恋人を頼んだとほざいている奴もいた。私はもう長いこと両親からのプレゼントは貰っていないが年を重ねる度にそれも少し寂しいような気もする。

「あー、そうだ。メリークリスマス。ほれ、前に言ってたゆずのハンドクリーム」

「あぁ、貰う前からネタバレくらってたから感動は少ないな。でも今年は虚しくはないな、あんがと」

以前コイツが私のために選んでくれたハンドクリーム。コイツがこれをつけろってうるさいから私は好きなラベンダーの匂いでさえ愛用することができていない。

「そう言うと思って、本命のプレゼント。ほい」

「ん、さんきゅ」

それは何やら丁寧に包装されたものだった。好奇心に負け開けると、そこには凝ったデザインのネックレスがあった。

「えー、ネックレス!?アクセサリーなんて尚更珍しい」

「だろ?いや、俺これみた時ビビッときたんだよ。これ、お前に付けたら似合うだろうなって」

平常運転でたらし発言を連発するコイツ。そんでもって女心は鷲掴みにするくせに女に興味が無いのがコイツ。女なら完全に堕ちてんのに。

「にしてもデザイン凝ってんなー」

「そそ。俺の思いがこもってる大事なデザイン。これ取り入れたデザインに色々と意味込めたんだけど聞かれるのは恥ずいからパスで」

コイツが照れるのは珍しい。一体何があるというのか。気になったのは事実だがどうやらコイツがいないところで調べた方が良さそうなことだとは察した。

「今日はそのまま直でお前ん家行くわ」

「そう。クリスマスだからケーキ買ったし。食べる?」

「お、いいね。俺チョコが良い。そんでお前に食べさせてもらいたい♡」

「お帰りください」

「冗談だって笑」

今日もいつもと変わりない。何の変哲もない水曜日。だけど、今日は2人でゆっくり過ごす。たったそれだけの事を幸せに感じてしまう。

題材「クリスマスの過ごし方」

12/24/2024, 1:07:20 PM

「What are you going to do tonight?」

英語の授業でそう問われた今日この頃。何をする予定ですか…そんなことを聞かれたって今の歳じゃサンタにプレゼントなんて頼む柄じゃないし。

「Um...I'm going to have special dinner with my family.」

特に変わった料理じゃないけれど、イブってだけでなんでも魔法がかかったように美味しくなるだろうから。
授業は難なく進む。今日はイブだというのに出校日であって、明日のクリスマスも「クリぼっち」というものを回避出来ることが約束されている。そして半日という間拘束されることも。
今日はやけに殺風景でつまらない。隣に視線を移したとて君が来る訳でもない。家の事情で休みとか聞いてないし。穴が開くほど君の机を眺めているのに私は不機嫌になっているのに、気にかけてくれる君はどこにもいない。

半日が終わるのはあっという間だった。何か物足りなさと寂しさ。家に帰れば学校のことなんて考えることもなかったのに、明日も来ない君のことを考えては何も出来なくなってしまう。クリスマスを君と一緒に過ごせないなんて寂しすぎるよ。私は君に会いたいのに…。
白ひげを生やした赤服のおじさん。私はもうサンタなんていう小さい子供達が信じるような架空の神様にお願いする権利は与えられないのだろうけど、あなたに一つだけお願いをしたい。どんな物欲でも捨てる覚悟と引き換えに彼も私と同じ気持ちでいてくれますように。たったそれだけの事。

イブの夜。それは聖夜だなんて言われるけれど、私には寂しくて会いたくてたまらないもどかしい夜。こんな特別な意味がこもっていない日だったのなら、私は今も君に会えずに眠れない夜を過ごすこともなかったのだろうから。

好きだよ、ずっと前から。ただ一言伝えたいだけなのに。

題材「イブの夜」

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