110円。私が使っている安っぽい手袋。黒で無地の手袋。3年目だから少しほつれかけている使い古した手袋。そこには女の子らしさなんて欠片も残っていなかった。
「男みてぇだな笑」
「オスのゴリラでしょ笑」
今まで散々言われてきた。それが今になってフラッシュバック。とは言っても陰口というか悪口というか、それは今も現在進行形でフラッシュバックとは言えないような気もする。
別に傷ついた訳じゃない。私は周りの女子ようなか弱くてちっぽけで男の言いなりになるような人間にはなりたくなかった。それに加え、仲間でさえも平気で裏切っていつまでもネチネチと責めるようなそんな女子という存在が反吐が出る程嫌だった。だからひたすら勉強して知識を身につけた。筋トレもした。部活は主将も務めた。男子よりも誰よりも力のある女子。髪も刈り上げて男らしくした。誰にも負けないように。努力し始めた頃からだろうか。みんなの見る目が変わった。馬鹿にするような下に見るような。私は気にしない。強いから、大丈夫だから、きっと自分が強くあれば救われる…
「ワンッ」
愛犬が声を荒らげた。左頬から温かいものが流れる感覚があって手に鮮やかな赤が零れた。鏡に目をやるとはじめてその「鮮やか」が血だとわかった。家の犬は気性が荒いから噛まれることは日常茶飯事だった。落としたものを拾おうと体を折り曲げただけ。近くに寄るなと言わんばかりに噛み付く。歯が頬に刺さって肉を引きちぎるギシギシとした音と感覚。不思議と痛みはすぐには感じない。洗面所へ向かって血を優しく冷水で洗い流し続けた。顔を上げるとその頬には完治までそれなりにかかりそうな傷が深く刻まれていた。今までは気にしたこともなかった。
ー無言で頭を撫でて笑いかけてくれるー
ふとそんな君の姿が思い浮かんだ。君は私のことを男でもゴリラでもなく1人の女子として人間として見てくれていた。はじめてじゃなかったけど、君があまりにも一途に私に尽くしてくれるから私も君に興味を持った。傷のひとつやふたつ、私にはどうってことない。でもきっと君に会ったら私の頬を優しく撫でて私の顔にこんな傷は似合わないって恥ずかしげもなく言うんだろう。
冬休み。年が明けるまで、私は君に会えない。君のことも周りのことも全部に気を使いすぎていた。だから全て忘れて早朝に散歩に出ることにした。ベンチコートを羽織って好きな音楽でもかけながら。外気で冷やされた手を投げやりにポケットに突っ込んだ。違和感のあったポケット。そこには君の手袋が入っていた。私の冷えた手を心配して貸してくれたものだった。返すのを忘れてここに入ったままで。君のことを忘れられなくて積もった雪に倒れ込むように寝転んだ。わずかに雪が放つ冷気とかすかに頬をくすぐる外気に全身が冷えていく。ただ、君の手袋を付けた両手だけが燃えてしまいそうなほど熱く熱を帯びていた。
題材「手ぶくろ」
12/27/2024, 12:13:29 PM