この季節になると、赤い服を着た白ひげのおじさんが誰彼構わず子ども達に無償でプレゼントとやらを贈るらしい。
思えばどの家庭でもこの白ひげおじさんへの教育は欠かさずしている。クッキーと牛乳をお礼に渡すのだとか無くなっていたら白ひげおじさんが来たのだとか。子どもの心理を分析し尽くして定着した風習なのだろう。その上素直な子どもたちは「寝ていないとプレゼントを貰えないわよ」や「悪いことをしたらブラックリストに載ってプレゼントがもう貰えなくなるかもしれないぞ」という言葉をすぐに信じ込むために、より親へ忠実になっていくのだ。
さて、今になって考えてみる。私たちが教育されてきたこの白ひげおじさんはどんなに仮定を並べたとしても理屈が合わない。つまり行き着く先はどれも同じ。全ては空想上の物語なのだと。考えてもみよ。そんな格好で無償のプレゼントだなんて不審者同様であろう。それにその白ひげおじさんは世界中の「全て」の子ども達にプレゼントは送れまい。極端に飢餓に苦しんでいるアフリカの子ども達へプレゼントが届くことは果たしてあるだろうか。子ども達にプレゼントを送れたとして、望むものでは無かったのなら、それが手に入らぬものだったのなら…どれもこれも空想でしか叶えられないことばかりではないか。その白ひげ野郎とはやはり、都合のいいように作られた人間による偶像崇拝に似たあつい信仰なのだ。
さて、話は変わりクリスマス・イブを明日へ備えた今日。私は赤服を着て白ひげを付け子ども達の所へまわったのだ。喜んで私へハグを求める子もいれば不思議そうにまじまじと見つめ眼をうるうると光らせる子もいた。
子ども。それは常に純粋で穢れとは無縁のある意味神に近しい存在なのかもしれない。誕生。それが神が私たちに与えた一番最初で最大のプレゼントなのかもしれない。白ひげおじさんと化した私は静かに考えながらプレゼントを配るボランティアとして活動するのだった。
題材「プレゼント」
鼻をくすぐるように通り抜けていくゆずの香り。ハンドクリームの優しいその香りはコイツがつけたものだった。
「俺今までハンドクリームなんて塗ったことなかったんだけどさ、この匂い好きだわ」
「この匂いはゆずか。ってかなんでそんな急にハンドクリームなんて」
コイツの柄じゃない。でもハンドクリームたった1つあるだけでも映える男だ。魔性っつーかなんつーか。まぁでもどうせコイツの事だから女子からの贈り物なんだろう。
「あーこれ。お前いつもハンドクリームつけてんじゃん?今年のクリプレにしようかなって」
「え、は?え、ちょっと待て…じゃあなんでお主がつけておる?!」
「ハンドクリームも好き嫌い分かれてるって言うからお前が使いやすいの選ぶのにまずは俺が確かめようって思って。」
さりげなく心遣いが出来るところ。それがコイツが相手を沼らせるポイントの1つなのかもしれない。無意識で天然のたらし。
「あとお前がこの匂いつけてたら好きだなーって思って。お前にも贈るけど俺もつけるわ。お揃いの匂い〜♬.*゚」
あーこれ完全に女子なら堕ちてるわ。お揃いなんてそんなもんマーキングみたいなもんだもんな。
「へぇへぇ、わかりましたよ。ありがたく待っときますねー」
本当は柑橘系の匂いは苦手であまりつけない。それでもコイツが贈ってくれるならつけてやるか。それに心なしかこの匂いはキツくなくて優しい。コイツもきっと頑張って選んでくれたんだよな。
「あっ…なぁ」
呼び止めるように離れる私の腕を掴む。引き寄せて顔を近づけると静かに耳に囁いた。
「お前がラベンダーの香り好きなのは知ってるけど、外出る時はこれつけて。ラベンダーつける時は俺と2人の時だけにしといて」
完全にマーキングじゃねぇかよ!?コイツは私をなんだと思っている?ペットか?所有物か?気に食わない。
「悪ぃけどこのラベンダーの匂いはすげえ好きなの。お坊ちゃまの言いなりになるのは残念ながら性にあわないんだよ。だからあなたが俺と2人の時間を増やしてくれないと困るの。わかる?」
負けじと言い返すように言い放った言葉。不意をつくように香るゆずの香りが胸を締め付けた。こんな状況でもコイツには得体の知れぬ情が湧くもんなんだな。嬉しそうなニヤつきが隠しきれていないコイツはじっと俺を見つめてくる。大胆な行動をとったからかゆずの香りに胸を締め付けられたからか胸が異常に高鳴っている。その時ふと嫌いだったはずの香りが忘れられない香りへ変わるような、そんな予感がした。
題材「ゆずの香り」
書くことに疲れてしまった。というか繰り返すだけの毎日に嫌気がさした。誰もが一度は感じるこのどうしようもない感情を私は現在感じているのである。
目を閉じて開ければすぐに朝が来て、まだ寝ていたいと脳が頭痛を起こす。外気で冷やされた水を流し込んで目覚めの良い朝だと錯覚させる。あとは何とか流れに身を任せていれば一日が終わる。同じルーティンを繰り返しまたベッドで目を閉じる。
土曜だというのにいつもより早く目を覚ましてしまった。AM5:30.本来は朝という時間帯なのに冬のせいか外に広がるのは青白い暗がりだけ。それでも今日は外へ出たいと体が言うことをきかない。身支度を済ませて玄関を出るとやはり外は夜だった。街灯が等間隔に並んでいて積もった雪はもう少しで膝に到達するのではないだろうか。
きしりきしりと雪を踏みしめる音は私の存在を確かに証明するものであって力強さが残っていた。特別理由もなく家を出てきたからか考えることもないし今まで絶えず音を発していたスマホもない。書く習慣のネタでも考えながら誰も歩いていない道路に道を作った。
近くの神社まで来ると、そこはいかにも神聖な領域というように鳥居や御神木に上品に雪が乗っていた。神社の隣の広い空き地。真新しい雪が止むことを知らぬように降り続ける。誰もいないことを再度確認すると私は雪へ倒れ込んだ。寝ころんだという表現が適切であろうが、虚無のような私には倒れ込むという言葉が最適なのだ。張り巡らされた木々の枝は視界の3分の2以上は埋めつくしていたであろう。隙間を塗りつぶすように広がる空はやはり今でも青白かった。
題材「大空」
チリンチリン。そんな音を立てながらチャリにまたがったまま私の隣に並ぶ奴がいた。
それは学生時代の暑い夏の頃。それはそれはセミがよく鳴いていて汗が滴るような日が続くとある夏のことだった。席替えで隣になったから。たったそれだけの理由で話すきっかけを持つようになった。君とは特に仲がいいわけでもなかったけれど、まるでゲームのように親密度をコツコツと上げようと君は私に近づいてきた。何が目的なのかも分からなかったが私もバカなもんだ。君が近づいてくるのを拒絶せずにすんなりと受け入れたんだ。話しかけに来れば作業を止め君の目を見て会話したしチャリで隣に並ばれても歩道の端に寄って君と帰った。
次の席替えまでなんてあっという間だった。席替えをして遠くへ離れて君と帰る理由もなくなった。
チリンチリン。もう聞くことの無くなったベルの音。鮮明に覚えてるなんてついに幻聴まで聞こえるようになったのね…
「おい、聞こえてないの?いつもみたいに寄ってよ、隣歩けないから」
隣にはいつもと変わりない君がいた。私の顔を不思議そうに見つめているからこれはきっと幻覚ではないのだろう。
「なんで?もう席替えしたから一緒に帰らなくてもいいんじゃないの?」
「ん?え、席替えとなんか関係あったっけ?俺はずっと一緒に帰りたいんだけど?」
そう言って君は何事も無かったようにその日からも変わらず私の隣へ並ぶようになった。
いつしかそんなベルの音も聞かなくなった。大人になったからだろう。
「綺麗だよ、俺だけの花嫁。誓いのキス、していい?」
こくりと1つ、そしてゆっくり頷くと君はこのキラキラと光るベールをめくった。ベール越しで見るよりもはるかに君は男前でカッコよくなっていた。目を閉じると君が優しくキスをする。
その途端、後ろの大きなベルが私たちを祝福するように鳴り出した。まるでおとぎ話のハッピーエンドみたいで。
チリンチリン。そんなベルの音とは比にもならないくらい立派なベルの音。そう、もうチャリを押しながら私の隣を歩く君はいないのだ。お揃いの指輪をはめて永遠を誓った生涯のパートナーで愛する大切な人。君はもうただのクラスメイトじゃなくて私の誰よりも大切な旦那さんになったのだ。
「どうしたの?」
「ねぇ、結婚式の時に言えなかったこと言ってもいい?」
「うん、どうぞ?」
「すごくカッコよかったよ。私も愛してる、大切な大切な私の旦那さん」
君が嬉しそうに照れて私は君にまた優しくキスをする。
題材「ベルの音」
「ずっと前から好きでした。あの、良ければ付き合って下さい!」
教室の中から青春の1ページを刻む言葉が聞こえてくる。忘れ物を取りに戻ったっていうのに災難だな、本当。でも考えてみれば放課後の教室なんて(どうぞ告白に使って下さい)って言うくらいありふれたシチュエーションなんだよな。
忘れ物なんてどうでも良くなって玄関へ向かう。玄関に着くと2階の渡り廊下を泣きながら全力で走る生徒が見えた。声を押し殺していることから女子だと推測される。
「あ、まだ残ってたの?もしかして俺のこと待ってた?嬉しいなぁ。一緒に帰ろうね♡」
後ろから壁ドンをされている少女漫画のようなポージング。またしてもコイツ。
「おい、お前また女の子傷つけただろ。言葉は選べってこの前言ったばっかりじゃんか。女子の恨みは怖いんだぞ?」
「えー俺はただ振っただけだし。興味無いってはっきり言った方が良いでしょ、諦めて欲しいし」
はぁ。大きくひとつため息ついてまた何事もなかったように下校する。
「冬になって雪降ったらチャリ禁止とか不便だよなー。しかも道路も滑るしさー」
「何言ってんだよ。お前どうせ毎朝チャリ鍵取り忘れて生徒指導の先生に没収されてんだろ。どうせ乗れないのは目に見えてるんだよ」
雪がチラついてる。それは天気予報を見たから知っていてのことであってそれを承知の上で手袋を忘れてきたのだ。でも今日に限ってコイツは手を繋ごうって言ってこない。
「いやーそれにしても女子からの告白が絶えなくて疲れるわ。あー本当やだやだ」
それにコイツはモテる。本当は自分なんか眼中に無いはずなのに幼馴染ってだけでなんとか隣にいられてる毎日。彼女なんて作らないって言っているくせにコイツもどうせいつか自分を忘れて離れていくんだ、きっと。寂しい。ふとそんな言葉がよぎって混乱する。
「おーい。聞いてんのか?俺モテて困ってるんだけどー?」
そうか、自分は寂しかったのか。自分なんか役に立てないとか勝手に思ってて落ち込んでたのか。
「なぁ?」
耳元で囁く声が聞こえて我に返る。
「ん?あぁ、表ヅラは満点だもんな。彼女の理想も高いから振ってんの?わがままな坊ちゃんだことー」
「なぁ、今日なんか冷たくない?俺なんかした?俺は彼女なんて作る気ないって言っただろ?俺にはお前がいる。逆にお前も彼女なんて作るなよ?俺を置いていくな、絶対」
コイツの言葉にはっとする。多分自分たちは互いに同じことを感じていたのかもしれない。
「もう、全部どうでもいいよ、んなことは。さて、早く帰るぞ」
そう言ってコイツの手を今日だけは自分から繋ぎに行った。コイツの顔は照れくさくて見てないが
「お…おう。」
少し動揺が混じった安堵した声にコイツの考えてることもなんとなくわかった気がした。
題材「寂しい」