椋 muku

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鼻をくすぐるように通り抜けていくゆずの香り。ハンドクリームの優しいその香りはコイツがつけたものだった。

「俺今までハンドクリームなんて塗ったことなかったんだけどさ、この匂い好きだわ」

「この匂いはゆずか。ってかなんでそんな急にハンドクリームなんて」

コイツの柄じゃない。でもハンドクリームたった1つあるだけでも映える男だ。魔性っつーかなんつーか。まぁでもどうせコイツの事だから女子からの贈り物なんだろう。

「あーこれ。お前いつもハンドクリームつけてんじゃん?今年のクリプレにしようかなって」

「え、は?え、ちょっと待て…じゃあなんでお主がつけておる?!」

「ハンドクリームも好き嫌い分かれてるって言うからお前が使いやすいの選ぶのにまずは俺が確かめようって思って。」

さりげなく心遣いが出来るところ。それがコイツが相手を沼らせるポイントの1つなのかもしれない。無意識で天然のたらし。

「あとお前がこの匂いつけてたら好きだなーって思って。お前にも贈るけど俺もつけるわ。お揃いの匂い〜♬.*゚」

あーこれ完全に女子なら堕ちてるわ。お揃いなんてそんなもんマーキングみたいなもんだもんな。

「へぇへぇ、わかりましたよ。ありがたく待っときますねー」

本当は柑橘系の匂いは苦手であまりつけない。それでもコイツが贈ってくれるならつけてやるか。それに心なしかこの匂いはキツくなくて優しい。コイツもきっと頑張って選んでくれたんだよな。

「あっ…なぁ」

呼び止めるように離れる私の腕を掴む。引き寄せて顔を近づけると静かに耳に囁いた。

「お前がラベンダーの香り好きなのは知ってるけど、外出る時はこれつけて。ラベンダーつける時は俺と2人の時だけにしといて」

完全にマーキングじゃねぇかよ!?コイツは私をなんだと思っている?ペットか?所有物か?気に食わない。

「悪ぃけどこのラベンダーの匂いはすげえ好きなの。お坊ちゃまの言いなりになるのは残念ながら性にあわないんだよ。だからあなたが俺と2人の時間を増やしてくれないと困るの。わかる?」

負けじと言い返すように言い放った言葉。不意をつくように香るゆずの香りが胸を締め付けた。こんな状況でもコイツには得体の知れぬ情が湧くもんなんだな。嬉しそうなニヤつきが隠しきれていないコイツはじっと俺を見つめてくる。大胆な行動をとったからかゆずの香りに胸を締め付けられたからか胸が異常に高鳴っている。その時ふと嫌いだったはずの香りが忘れられない香りへ変わるような、そんな予感がした。

題材「ゆずの香り」

12/22/2024, 12:29:28 PM