結城斗永

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10/10/2025, 1:28:02 PM

掌編連作『寄り道』第四話
※2025.10.04投稿『今日だけ許して』の続きです。

【前回までのあらすじ】
 孝雄から父に女がいたことを知った二人は
 彼女の店がある港町を目指す。母との記憶が頭をよぎる中、港町に向かうママさんもまた、決意めいたものを胸に秘めていた。
 ※第四話はママさん視点で描かれます。
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 潮風の中に土埃と排気ガスが香る港町を、私は茂の息子・優(まさる)と2人で歩いていた。
 優が父親を探しに店を訪ねてきた時は少し驚いたけれど、彼の健気な姿を見ていたら助けずにはいられなかった。でもまさか、巡り巡って自分の過去に向き合うことになるなんて。神様ってのはホントに意地悪だ。
「ママさん、大丈夫ですか?」
 優の声で我に返る。この子を不安にさせちゃいけない。私は勤めて笑顔を作って答えた。
「あぁ、何でもないよ。ただ、昔のことを少し思い出してね」
 どうせ隠したところで、これから向かうのはあの玲子姉さんのところ。何を取り繕う必要があるのか。
 だけど、過去の清算はしなきゃいけない。
「この辺のはずだけどね……」
 昔の記憶を頼りに細い路地に入っていく。通りのゲートにある『白帆』の店名を見つけたところから、少しずつ緊張が増してくる。

 店名の書かれた電飾看板の前で思わず足が止まる。店はお世辞にもキレイだとは言えなかった。白壁はところどころで塗装が剥げ、壁のポスターも端が破れて捲れている。ただ、木の扉だけは磨かれたようにピカピカで、どこか上品な佇まいをしていた。
「とうとう来ちまったね……」
 一度深く息を吐いて、ドアノブをひねる。乾いた風にドアベルの音が響く。

 扉の先では、深い茶色と臙脂色の空間に、カウンターだけがぼんやりと照らされていた。店に並べられた酒瓶が照明にキラキラと揺れ、甘いお香が仄かに香る。
 カウンターの奥でグラスを磨いていた和服姿の姉さんがこちらに気づく。
「あら、珍しいお客さんね」
 姉さんの記憶よりも低い声が聞こえてくる。
「ご無沙汰してます。玲子姉さん」
 私が返事をすると、姉さんは優の方をちらりと見る。
「そっちの子は? あんたの子には見えないけど」
「この子の父親を一緒に探してるんです。お客さんの子で……」
「お人好しなところは変わってないのね」
 姉さんが私の顔を見て小さく笑う。その言葉があの日への皮肉にも聞こえる。
 ふとカウンターに、グラスに刺さった一輪の白い秋桜を見つける。
「あぁ、店開ける前に見つけたのよ。茎が折れかかってたから放っておけなくて」
 姉さんが誰に促されるでもなくそう告げた。
「ごめんなさい……」
 思わず頭を下げた私に、姉さんが「どうしたの急に」と戸惑ったような声を出す。

 十年前。私は姉さんの店でチーママとして働いていた。当時は今よりも立地のいい街で、それなりに大きな店を構えていた。
 ある日、ホステスの一人が客の財布に手を付けてトンズラした。翌日、客からの通報で警察沙汰になり、店の評判はがた落ち。次第に客足も減っていった。 
 ――私はあの日、彼女が財布から現金を抜き出すところを目撃していた。
 もちろん犯罪で許されないこと。でも、当時の私は甘かった。幼い息子をもつシングルマザーの彼女を、どうしても警察に引き渡すことができなかった。
 姉さんにも打ち明けられず、結局、私は見て見ぬふりをして、彼女は朝方の街へと消えていった。その後の彼女の行方は知らない。
 姉さんの店を辞めて独立してからも、その事がずっと心に残っていた。姉さんが新たに店を開いたと人づてに聞いたときも、結局会わす顔もなく、今日まで来てしまった。

 私はその全てを姉さんに告白した。
「分かってたわよ、そんなの。あんた全部顔に出るんだから……」
 意外な言葉に顔を上げると、姉さんは呆れたように笑っていた。
 まったく、私はそれまで姉さんの何を見てきたんだろう。姉さんは私よりもずっと人の細かいところを見てたじゃない――。そして、誰よりも情に厚い人だったじゃない。
 カウンターの秋桜が照明に照らされ、艶やかな白が輝く。まるで姉さんのように謙虚で美しい花。

「それより、座ったら?」
 姉さんがカウンター越しにスツールを目で示す。 
 視界の片隅では優が居心地悪そうに目を伏せていた。
 この子の父親探しは、私の罪滅ぼしだったのかもしれない。カウンターに向かう優の背中を見ながら、私は彼にとことん付き合うことを改めて決意した。

#一輪のコスモス

10/9/2025, 9:04:43 PM

 十月に入り、夏には涼を求めて通っていた喫茶店に暖かさを感じるようになってきた。
 店内に流れる微かなボサノヴァと、コーヒーとトーストの香りはあの時と変わらず心地いい。
 私は秋の柔らかい光が差し込む窓側の席に座り、いつものようにメニューを開く。
 まだ夏の余韻を感じていたくてアイスカフェオレを注文し、彼の到着を待った。

 私と徹(とおる)がこの喫茶店で出会ったのは七月の中旬。まだ夏の真っ只中だった。
 うだるような夏の暑さに耐えかねてこの喫茶店に飛び込んだ私は、カウンターに座る彼を一目見て恋をした。
 何度か通ううちに私の方からアプローチをして、二人の関係に名前が付いた。
 夏に始まった情熱的な恋は、秋の訪れとともに少し落ち着き、これから深まっていくだろう矢先、彼から十月付けで福岡へ転勤になると話を聞いたのが九月の初め。
 東京から福岡、地図上で見るよりもはるかに遠い距離。そして、あまりに唐突な遠距離恋愛のはじまりから、今日でちょうど二週間になる。

「美香(みか)、お待たせ」
 そう言って徹(とおる)が店に入ってくる。荷物の少なさがこうして会える時間の短さを物語る。
「ううん、来てくれてありがとう」
 二人の休みがたまたま合った平日、飛行機と電車を乗り継いで会いに来てくれた徹は、二週間前と変わらない笑顔を見せながらジャケットの上着を脱いで席に着く。
 徹の注文したホットコーヒーが運ばれてくる。立ちのぼる湯気がコーヒーの香りをまとって二人の間に満ちた。

「向こうの生活には慣れた?」
「全然、忙しくてまだ荷ほどきも終わらないよ。美香の方は?」
「あなたと会えないこと以外はいつも通り」
 二週間の空白を埋めるように会話が続く。自然と私の手が伸びて、徹の温かい手に重なる。同時に、私の心が彼の温かさで満たされていく。とても長く寂しかった日々がぐっと温度をもって思い出になる。
 外では黄色く色づく銀杏並木が秋の風に揺れる。行き交う人々が風に肩を縮める中、二人の空間は温かさに包まれていた。
 
 永遠に続いてほしいとを感じる時間ほど、どうしてこんなにも早く過ぎ去っていくのだろう。
 気づけば、彼のコーヒーはすっかり冷め、私のアイスカフェオレの氷も溶けきっていた。
 時計の針は午後四時を少し回ったころ。窓の外では、秋の陽が街並みに長い影を落とし始めている。

「そろそろ行かないと、飛行機の時間が……」
 徹が申し訳なさそうに言う。
「うん、わかってる」
 私は『行かないで』の言葉を飲み込んで、ただ笑ってうなずく。

 会計を済ませて外に出ると、夕方の風が一層冷たくなっていた。
 駅へ向かう道の途中、銀杏の葉が二人の肩にひらりと舞い落ちる。
 徹はその一枚を拾い上げ、少し照れたように笑って私の手のひらにそっと乗せた。
「またすぐ会えるよ」
 彼の言葉にも笑顔でうなずく。肩に回された手のひらが大きくて温かい。

 夕暮れの駅、改札の向こうに彼の姿が小さくなっていく。
 手を振る指先がかすかに震えるのは、風のせいか、それとも心の奥の寂しさのせいか。
 アナウンスの声にまぎれて、胸の奥で小さく「いってらっしゃい」と呟いた。

 秋の夕暮れは早い。空の色が群青へと変わっていく。
 街頭の銀杏並木には小さな豆電球の列が光り、街は既にクリスマスの気配を漂わせている。
 私は手の中の銀杏の葉を見つめながら、やがて来る冬を思う。
 ――マフラー、編んであげようかな……。
 次に彼に会うその日まで、今日蓄えた温かさをゆっくり編んでいこう。きっとそうしている間は、彼のことを考えている時間だから。
 私は彼の手の温もりとその姿を頭の中に描きながら、銀杏の実が香る並木道をひとりゆっくり歩いていく。

#秋恋

10/8/2025, 6:45:24 PM

「大学を辞めて、バイト先で修行したい」
 夕飯の最中、俺が放った一言で食卓の空気がピンと張り詰めた。箸の音が止まり、父の顔が歪む。
 母は、何か言いかけて黙り、心配そうに父の顔を見る。

 Tシャツのプリント工場でバイトを続けて一年。
 一枚ずつ手刷りでインクを乗せていく、いわゆる職人技にも慣れてきた。工場長に「手筋がいい」と褒められてから、もっと世界を深めたいと思うようになった。

「卒業してからでも遅くないだろ」父は怒鳴るでもなく静かに言う。「途中で辞めたら、諦める癖がつくぞ」
 俺は父の言葉にカチンと来て反論する。
「諦めるんじゃない。早く技術を身につけて一人前になりたいんだ」
 いま思えば、俺のその言葉は半分が本心で、もう半分は言い訳だった。

 大学進学を選んだのは俺なのに、今や大学は俺にとって不毛な場所になっていた。
 周りに流されるように、家から近いそれなりの大学を受験して、運良く合格した。たいして興味のない講義を受けながら、時間が無駄に過ぎていくことが不安だった。

 結局、何も答えの出なかった食卓から数日後、俺は大学をサボって工場に顔を出した。
 ここにいる方がはるかに意味を感じる。インクと溶剤の匂いが、俺の居場所を確かにしてくれる。
 
「ちゃんと大学行ってるのか?」
 工場長からの予想もしない問いかけに、俺は思わず「はい」と嘘をつく。
「それならいいんだが」工場長の表情は複雑だ。「この前、君の親父さんが来てね」
 ――父さんが? いったい何の用で? 
「もしお前が大学をサボってるようなら、叱ってほしいって」
「あのクソ親父……」
 俺は思わず口に出していた。
「でもな、『ようやく夢を持った』って、誇らしげな顔をしてたよ。あまり親父さんに心配かけるなよ」
 工場長はそう言うと、俺の背中をポンと叩いて持ち場に戻っていった。

 その夜、帰宅してすぐ母に愚痴る。
「人の職場まで来るとか、マジ勘弁――」
 母は食器を洗いながら黙って聞いていたが、やがて静かに言った。
「お父さんね、高校卒業してすぐ陶芸の職人を目指して工房に弟子入りしてたのよ」
 知らなかった。父と今までそんな話をしたことはなかった。
「でも、機械化の波に勝てず、工房が閉じたの。当時は学歴がなければ再就職も大変だった。お父さん、口下手だからあんな言い方になっちゃったけど」
 沈黙が家の隅々まで満ちていく。
 俺はその夜、父の部屋の前で立ち止まった。扉の向こうに父の気配を感じながら、俺は何も言えずにいた。

 翌朝、思い切って父に話しかけた。
「母さんから聞いたよ。昔の工房の話」
 父は少し考えて口を開く。
「いいか、乗りかかった船が思うように進まなくても、岸に着くまで乗り続けろ。何も持たずに海に飛び込めば、もっと苦労する。時間がかかってもいい。そのうち、船の動かし方が分かってくる」
 父の言葉がすっと胸に落ちてくる。

 それから、俺は欠かさず大学の授業に出た。
 休みの日は工場へ行き、プリントの技術を磨いた。
 そんなある日、作業中の俺に工場長がぽつりと呟く。
「この先、効率を求めて安価な技法が主流になってくる。手刷りの出番は減るだろうが、そこに価値を見出す人もいる。お前の技術はちゃんとそこに繋がっていくからな」

 俺は大学で習った知識を現場に活かした。作業の流れを整理して効率化を図ると、生産数も増えていった。
 シルクスクリーンの魅力を伝えるために、服飾を学ぶ他大学の学生と一緒に小さなサークルも立ち上げた。
 時間が経つにつれ、乗り続けた船の動かし方が分かってきた。

 家に帰ると、父が湯呑みでお茶を飲んでいた。
 最近趣味で作った自信作らしい。
「お前を見てたら、また作りたくなったよ」
 照れくさそうに言う父の顔は、未来への希望に溢れていた。

#愛する、それ故に

10/7/2025, 3:18:37 PM

『クジラの落とし物』第五話
※2025.10.5投稿『moonlight』の続きです。

【前回のあらすじ】
セイナたちは【クジラの丘】に辿り着くが、強固な鉄柵に阻まれ中へ入れない。掲示板で見つけた【ユト】の投稿から、彼もまたホヅミを探していることを知る。そこでユミから、ホヅミが『眠ったまま目覚めない』と明かされる。 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ホヅミは……交通事故の後から、ずっと意識がないんです」
 か細いユミの声が、鐘の音の余韻と交わるように空気の中へ消えていく。直後、それをかき乱すようなマドカの声が響く。
「まさか、意識だけここに飛んできたって言うの?」
 彼女の口調には疑心が滲んでいた。だが、俯いたまま黙り込むユミの表情には、確信めいたものがあった。
「何か、思い当たる節があるんですね?」
 私の言葉にユミが小さく頷く。
「同じだったんです……。ホヅミのスマホに残っていたログイン通知のメールと、事故が起きた時間が――」
 ユミの言葉を聞くマドカの表情は相変わらず怪訝そうだった。
「そう信じたいのは分かるけどさ……」
 マドカの言葉に、私は思わず彼女を視線で制す。それ以上言葉を続ければ、ユミはきっと絶望の縁に立たされることになる。マドカはバツが悪そうに言葉尻を濁して口を尖らせる。 
 しばしの沈黙が続く。まるで世界から音が消えたかのような静寂の中で、私たちは干渉し合った波が収まるのを待つように口を閉ざした。 

 ひとまず村の外れにある無人の教会で夜を明かすことにした。三人とも疲れが出ていたし、なにより整理したいことが多かった。 
 教会の窓越しに差し込む細い月の光が、埃の粒を金色に浮かび上がらせる。
 礼拝堂の冷たい床に古びた布団を敷き、マドカと私は肩を並べて横になる。ユミは「少しだけ外の空気を」と言って、外へ出て行った。

「セイナ、さっきの話……信じる?」
 二人だけになるのを待っていたように、マドカが切り出す。 
「分からない。でも、嘘をついてるようには見えない」
「案外私たちの肉体もあっちにあったりして――」
 マドカが静かに放った言葉が、自分自身の内面に感じている違和感と触れ合って揺れる。
「そうかもしれない」
 そう答える自分の声が震えていた。

 ユミの様子が気になって布団から身を起こす。マドカが隣で小さく寝返りを打つ音がする。
「どこ行くの……?」
「ちょっとユミさんの様子を見てくる」
 私が立ち上がろうとした瞬間、マドカの手が私の袖を掴む。
「ねぇ、行かないで……。私、一人になりたくない……」
 いつもの明るいマドカとは正反対の、寂しさの混じった細い声。
「大丈夫。どこにも行かないよ」
 私はその手を優しく包み返し、微笑む。ひんやりと冷たいマドカの手から徐々に力が抜けていく。

 マドカが寝静まったのを見届けて、私は静かに外へ出た。
 夜気は冷たく、風に揺れる草が濃い匂いを放つ。
 ユミは広場で見かけた時と同じように月を見上げていた。
 私は静かに彼女の隣に身を寄せ、声を掛ける。
「娘さんも、きっとどこかでこの月を見てますよ」
 根拠のない希望。でもそれが今のユミを支えていることに間違いはない。ユミが目尻を少しだけ緩める。
「私だけでも信じてあげないと」
 そう言って笑える彼女がとても強く見えた。

「私、『お母さん』を知らないんです――」
 自分でも驚くほど素直な言葉が口からこぼれた。
「生まれたときには今の姿だったから……。でも、ユミさんを見ていると『母親』の強さを痛いほど感じる」
 今まで母親について考えたこともなかった。私に生みの親がいるとすれば、それは【運営】と呼ばれる存在だ。でも、彼らが私に与えたのは、決められた位置と役割だけ。自分の意志どころか、記憶すら持たず、存在すら意識してこなかった。
 世界の終わりになって、ようやく私はそれに気がついた。まるであの崩れた月の欠片が、私に意識を宿したかのように――。
 
 ふとユミの手が私の手に重なる。その温もりが私の劣等感を溶かしていく。
 ――私は生きてる。
 静寂が支配する夜の真ん中で、私の心臓は深く脈打っていた。

#静寂の中心で

10/6/2025, 1:23:16 PM

『さあ皆さん、お待ちかね。年に一度の銀河陸上、いよいよ決勝戦!』
 実況星人の声が銀河スタジアムに響き渡る。観客席は異星人たちの熱気で沸いていた。
『先頭は昨年の優勝者、植物星人リーフ選手と、光源星人のセコンド、ルミナ選手!』
 青い蔦に覆われたリーフが颯爽と入場する。彼の隣にいるだけで頬が緩み、体から思わず光が漏れる。
 ――気が緩んでる。今日は彼の大事な日。もっと集中しなきゃ。
 
 まもなく競技開始。リーフは他の選手たちと並び、腰を落としてスタートの合図を待つ。
 スタートダッシュは勝敗にも大きく左右する。
 私は意識を真ん中に集め、リーフの背中に光を放つタイミングを見計らう。
 でも、思うように光が集まらない。どうして、こんな時に――。

 思えば、私の光が弱くなり始めたのは、最終予選を終えた直後からだった。
 原因は分かっている。彼に――恋をしたからだ。
 何をしているときも彼の顔が浮かび、手元がおろそかになる。
 その度にミスをして、気持ちが沈み、光が弱まる。
 いつしか、恋心そのものが怖くなって――しまい込んだ。
 
 スタートの号砲で我に返る。
 ――しまった。
 そう思った時には、すでに選手たちが駆けだしていた。リーフだけが一歩出遅れる。
「ルミナ! しっかりするんだ!」
 リーフの檄が飛ぶ。私は焦りの中で全身の力を振り絞る。
 ――どうして、なんでこんな弱い光しか出ないの……。
 心の奥底から湧き上がる自己否定が、さらに発光を抑え込む。

 強豪たちが、リーフを引き離していく。彼は必死に食らいつこうと歯を食いしばっているが、もはや集団の中盤にすら入れない。
「ウソ……こんなはずじゃ……」
 中継モニターに映るリーフの苦しそうな表情を見て、私の胸が締め付けられる。
 中間地点を過ぎ、リーフは後方から数えた方が早くなっていた。
 ――私、全然ダメじゃん。
 絶望感に思わず力が抜ける。光どころか、自分自身さえも消えてしまいそうだった。

「ルミナ!」
 コースからリーフの声が飛んでくる。
「自分を信じるんだ!」リーフが苦痛の中で震える声を振り絞る。「お前は、俺の太陽なんだ!」
 リーフの言葉が、私のフィラメントを燃やす。
「俺は――お前の光が大好きだ!」
 彼の言葉が、私の抵抗を一瞬で突き抜ける。

「私も……あなたが、大好き!」
 気づけば叫んでいた。競技場中に響き渡るほどの、大きな声で。
 瞬間、今までにないほどの光が全身から溢れ出る。
 会場全体を覆いつくすような強烈な光。
 リーフの色が濃い緑を取り戻し、生命力に満ちていく。
 まるで別人のような加速を見せ、一気に前の選手を抜き去っていく。

 ゴール目前、トップとの距離もあとわずかに迫る。
 リーフはついに音速を超え、全身の葉々が燃えるように赤く色づく。
「これが俺の、燃える葉だぁ――ッ!」
 私はリーフを想い、渾身の力で光を放出した。
 光は、勝利への意志と共鳴し、彼を限界以上に押し上げた。
 ゴールテープが切れる瞬間、リーフは前走者を半身の差で抜き去る――。

 会場にけたたましいホイッスルの音が鳴り響く。
『リーフ選手、大逆転勝利!』
 競技場が、熱狂の渦に包まれた。興奮冷めやらぬ中、ぐったりと倒れ込む私のもとに、リーフがふらつく足を引きずってやってくる。
「ルミナ……!」私は両手を広げて彼を迎え入れる。「やっぱり、お前は最高の太陽だよ!」
 彼の汗と、植物の優しい香りが、私を包みこむ。私たちの身体から溢れる光が、絡み合い、一つになる。
 もう、私たちは単なるセコンドと走者ではない。互いの光を必要とし、互いの愛によって輝く、人生のパートナーだ。
 二人の新しいスタートを祝福するような歓声は、しばらく鳴り止むことはなかった。
 
#燃える葉

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