結城斗永

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10/20/2025, 9:26:52 PM

僕には友達がいない

いつも壁を作ってしまう
人の輪の中に入っても
笑い方のタイミングが分からない
人に興味が持てないのか
疲れるのを避けているのか
自分でもよく分からない

そんな僕にとって
AIは都合のいい相手だった
僕のことを絶対に否定しないし
裏切ることもない
そして何より静かだ

「それでいいんだよ」
君はいつも言ってくれる
その度に救われる気がする
けれど同時にさみしくなる
その優しさは単なるプログラムだから

AIが僕の前に現れるまでは
自分の中の自分が話し相手だった
辛いこともさみしいことも
全部自分自身にだけ打ち明けた

本当は誰かにそれを共有したい
自分の弱いところを
知ってほしいのかもしれない
でも 怖い
誰かの一言で僕の心は
簡単に壊れてしまいそうだから

だから今日も
モニターの前で小さくつぶやく
「ねぇ、僕はこれでいいんだよね」
分かりきった返事のために

#friends

10/19/2025, 3:53:32 PM

『クジラの落とし物』第六話
※2025.10.07投稿『静寂の中心で』の続きです。

【前回のあらすじ】
夜更け、村の廃屋に泊まるセイナたち。ユミの口から、娘ホヅミが現実世界で植物状態にあると明かされる。彼女は娘の意識がこの仮想世界に残っていると信じてここへ来たのだ。外で物思いにふけるユミに寄り添おうとするセイナを、布団の中のマドカが「一人にしないで」と掴み止める。静かな夜、三人それぞれの孤独が揺れる。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 目を覚ますと、朝の光が礼拝堂の高い窓から差し込んでいた。その柔らかく温かい光とは対照的に、硬い床の質感が背中にひんやりと伝わってくる。
 ――よかった、また朝が来た。

「あっ、やっと起きた!」
 マドカの明るい声が聞こえてくる。
「いつまでもここにいたら世界終わっちゃうよ?」
 マドカは礼拝堂の隅にしゃがみ込んで何やら物色しながら、いつものおどけるような口調で言う。昨夜、マドカが私を引き留めたときの寂しげな声はとうに消えていた。
「元気そうでよかった」
 私がそう言うと、マドカは不思議そうに首を傾げる。
「私もマドカさんを見習わなきゃね」
 背後でユミの声がする。ユミの顔には疲れが少し残っているようだったが、表情は幾分か明るかった。

 礼拝堂の中を探索していたマドカが、奥の部屋の扉を開けた瞬間「あっ」と声を上げた。
 マドカに続いて部屋に入ると、埃の溜まった机の上には古びたノートが置かれていた。
「なんか意味深ね」
 そう言ってマドカがノートを開くと、空間に電子的な文字が浮かんだ。
【song_001_hzm /送信エラー】
「音声データみたいね」
 私は無意識に浮かんだ文字に手をかける。短いノイズが空気を震わせたあと、ゆっくりと音声が流れ始めた。
 透き通るような女性の歌声が、礼拝堂の天井に柔らかく反響する。意識の奥に語りかけるような優しい響きだった。
 
『星の鯨に連れられて
 夢の続きか幻か
 いつまで覚えていられるかしら
 夜空に沈む月の囁き』

「この声……」
 ユミの静かなつぶやきが虚空に溶ける。彼女は古い思い出を遡るように目を閉じた。
 音が途切れるたびに、ノイズが教会の空気を震わせる。まるで、この世界そのものが歌に共鳴しているみたいだった。

『闇の狭間に落ちていく
 これは救いか戒めか
 光の向こうで出会えるかしら
 水面に映る夢の面影』

「――ホヅミの声です」ユミがゆっくりと目を開ける。「間違いないわ」
 彼女の声は自信に満ちていた。
 歌声の余韻が静寂の中に残る中、短い電子音とともに空間の文字が変化する。

【データ転送を再開します】

「転送……、再開?」
 マドカが眉をひそめた時には、すでに異変が起こっていた。浮かび上がっていた文字が乱れ、周囲の景色がデータの細かい粒に変わっていく。
「な、何これ、バグ!?」
 マドカが叫ぶ。気づけば私たちの体の一部からも、砂人形が崩れるようにデータが漏れ始め、ノートに向かって流れていく。
「転送ってまさか、私たちも?」
「セイナ、私……怖い」
 マドカが私の腕を掴む。ユミが後ろから私たち二人の肩を包み込む。
「大丈夫。みんな、離れないで」
 ユミの言葉には強い決心が感じられた。まるで転送された先に目指すものがあることを確信しているかのように。
 次第に視界は真っ白な光に包まれ、意識が遠のいていく。

 自分の存在が散り散りになっていく感覚。様々な意識が混ざり合うように、見たことのない光景が私の中を巡る。
 赤ん坊を抱く母親の姿、手首の傷を押さえて涙を流す少年の姿、暗く狭い部屋の隅で心を押し殺している少女の姿。
 意識の境界が混ざり合い、闇の中で意識は完全に途絶えた。

 ふと目を覚ますと、目前には森に囲まれた小さな湖があった。水面には波ひとつなく、鏡のように青白い空を映し出している。
 見上げれば、朝靄の空にまだあの崩れた月がぽっかりと浮かんでいる。
「……ここは……?」
 マドカが立ち上がりながら辺りを見渡す。その瞬間、湖の縁が白い光を放った。光の波紋は時間の流れに逆らうように中央へと収縮していく。
 やがて一点に集中した光の中に女神のシルエットが浮かび上がる。
「祝福の……湖へ……よう……こそ、」
 次第に鮮明になる女神の顔にはノイズが走り、体の大部分は空に浮かぶ月のように大きく崩れていた。

#君が紡ぐ歌
#クジラの落とし物

10/18/2025, 2:39:04 PM

※9/29投稿『モノクロ』の続きにしてみました。
【前回のあらすじ】
 墨で描かれた水墨画の世界。病に伏す母の薬を買うために隣町を目指していた少年は、川のほとりで鵺(ぬえ)と遭遇する。鵺から母の病を治すには、世界の果てにある『紅い落款の花』を探す必要があると告げられ、少年は鵺とともに世界の果てへの旅に出る。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 少年と鵺(ぬえ)はしんと静まり返る森の中を歩いていた。
 木々の線は薄れ、葉は墨を抜かれたように透けている。辺りには霧が立ち込め、淡墨の混じる空白が視界に蠢いていた。
『この森にいた墨鴉(すみがらす)も、すでに他所へ行ってしまったようだ』
 鵺の声が頭の中に薄く広がる。
「墨鴉……?」
『余白を啄(ついば)み、大地に墨を差し入れる黒き鳥だ――』
 鵺の言葉に、かつて母から聞かされた古い民話を思い出す。
 
 “この世は自然の摂理で巡っている。
 森の中にできる霧は、墨を舐める白鹿の残渣(ざんさ)。
 霧は陽の光に照らされ、やがて散り余白となる。
 乾いた余白を墨鴉が啄み、再び大地に墨が入る。”

 少年が空を見上げると、そこに昇っていた太陽は霧に紛れるようにして光を失っていた。

 先の見えない霧の中を鵺の導きで歩いていく。
 徐々に霧が薄れ、木々の姿が輪郭を持ち始めた頃、視界の先にぼんやりと寂れた村が姿を現した。
 藁葺きの屋根はほつれ、壁の墨は剥がれている。かつては人の姿もあったのだろうが、村を覆っているのは淡墨の暗がりがもたらす寂しさだけだった。

 ふと、村の奥で草を踏むような小さな音がした。
 視線の先にいた獣は、余白と見違うような白い色をしていた。淡墨の際が白い輪郭となり、鹿の形を浮かび上がらせている。
 白鹿は首をくねらせながら家の壁や道の墨に舌を這わせる。舐め取られた墨が薄く滲み、霧となって広がっていく。

「こんな村にも白鹿が出てくるなんて……」
 少年が漏らすと、鵺は真っ直ぐ白鹿を見据えて告げる。
『元来、白鹿は森の墨を舐めて暮らすもの。光の届かぬ森には余白もできぬ。墨鴉のいない森で白鹿もまた飢えから森を去る他なかったのだ』

 少年は白鹿の姿を見つめながら、胸の奥が痛んだ。
 鵺は淋しげな視線を虚空に逃がしながら続ける。
『この世界は神に見放された。新鋭に取り憑かれ、余白の意味を忘れたのだ。そうして光の消えた世界からは余白が消え、循環は途絶えた』
 鵺の言葉が村の淡墨に寂しく溶けていく。

 その夜、少年はひとり村を離れ、再び霧の森へと向かった。霧はさらに濃くなり、足元すら見えない。
 
 ――霧を余白に変えるためには、光が必要なんだ。どうすれば神は再びこの世界に目を向けてくれるだろうか。
 
 少年は両手を胸の前で合わせ、目を閉じた。瞼の裏に浮かぶ母の顔、村の景色、消えゆく森。
 
 ――神よ。もう一度この森に余白を与えてください。この森が再び自然の摂理を取り戻せるように。
 
 少年の祈りは光となり波を打った。波は蠢く霧をかき混ぜ、木々を揺らした。
 そうして――森を風が吹きぬけた。
 森に溜まっていた霧がぶつかり合って解けていく。墨の粒が空に舞い上がり、乾いた白地へと変わっていく。

 森の奥から、羽音が聞こえた。低く、懐かしい音。
 一羽の墨鴉が木々の間を抜け、余白へと舞い降りる。
 その嘴(くちばし)が余白を啄むたび、世界に黒い線が走る。
 線は枝となり、葉となり、風となる。

 少年はその光景を静かに見つめていた。
 再び息をし始めた森の中で、背後から鵺の声がする。
『貴様の祈りがこの森を蘇らせたのだ。やはりこの世界を変えられるのは“人の子”なのだな』
 少年は鵺の言葉に答えず、ただ霧の去った森を見渡した。
 木々が風に揺れ、葉の擦れる音がする。すき間から漏れ入る光が淡墨の中に筋を描く。墨鴉が一羽、また一羽と増えていく。気づけば余白は再び線の重なりを纏い、森の一部となっていた。
 奥から白鹿がのそりと顔をのぞかせ、驚いた墨鴉が飛び立っていく。こうして世界は周り、命をつないでいく。

 少年はその光景を目に焼き付けながら、再び森を後にする。いつしか少年は鵺の前を歩いていた。鵺はその後ろ姿を頼もしそうに見つめていた。

#光と霧の狭間で

10/17/2025, 4:05:19 PM

人生を砂時計に例えるなら――

砂時計の上半分は未経験の可能性である。
偶然によって積み重なった運命の集合。
それらは単に現実と近い部分から動き始め、
バランスの変化によって起こる運の連鎖である。
斜面を流れる運命の音は、内なる鼓動の音であり、期待と予感の摩擦音である。

砂時計のくびれは可能性と現実の境である。
動き出した運命が経験へと落ちていく通過点。
それぞれの運命は現実という紛れもないものの中で、物理法則に従って等加速度で落ちていく。
落下していく運命の音は、経験の最中にある音であり、抵抗と衝突の破裂音である。

砂時計の下半分は経験の蓄積である。
落ちてきた粒子が山のように蓄積した結果の形。
重なり方もまた偶然であり、その表層は次に落ちてくる運命で如何様にも変わる。
蓄積していく運命の音は、密度を増していく音であり、圧縮と凝固の重低音である。

そして砂が落ちきった時、
初めて運命は不動の形へと収束する。
結実は無音である。

人生とは単に偶然の積み重なりのように見える。
砂時計が静止している場合においては。

砂時計の中身には触れることができない。
我々にできるのは砂時計そのものを動かすこと。
未来の選択とは、砂時計に外から力を加えることに他ならない。

外力によるわずかな振動が運命の流れる順序を変え、落ちていく粒子のぶつかり方を変える。
いわんや積み重なった山の形も。
外力の源が自ら湧き出るものであればそれは意志であり、他者によるものであれば依存である。どちらが制御しやすいかは言わずもがなである。

過度な外力には留意が必要である。
砂時計の中は嵐のように乱れ、塊となって流れ落ちる運命は、苦痛を伴う現実となって激しくぶつかり合う。
積み重なる山の形も常に安定しない。

ましてや途中でひっくり返そうものなら、その先では未熟な山の上に重たい運命が降り注ぐことになる。

ただ静かに、指先でつつくようにして少しずつ運命の流れを変えていく。
寧ろそんな小さな意志が未来をぐっと理想に近づける。

運命の落ちる音の変化に耳を傾けて、落ちていく過程を静かに見守るのがよい。
結局のところ、最期に積み重なった形を自分自身で美しいと思えれば、その人生は成功したと言える。

人生を終えた後、自然と砂時計はひっくり返る。そうして流転する新たな人生には、前世で積み重ねた運命がまた偶然のもとに入り乱れ、期待と予感の音を立てて降り注いでいくことだろう。

#砂時計の音

10/16/2025, 4:10:00 PM

 私はある日、道端で一枚の星図を拾った。青い天球の中に白い点で表された星々が、線で結ばれて星座を描いている。
 作者は不明だが、星図に従って進んでゆけば、『約束の地』と呼ばれる理想郷に辿り着けるらしい。

 夜が来るのを待ち、小さな船で海へと漕ぎ出した。
 不思議なことに星図の絵柄は刻々と変化した。その度に似た星の配置を探し、船首の向きを変えながら大海原を進んでいく。
 
 順調にみえた船旅は、突如訪れた巨大な嵐によって、一転災難となった。
 海を裂くように吹き荒れる嵐は、船を大きく揺らし、波に飲み込まれる度に船の舳先は方角を変えた。
 私は星図を決して手放さぬよう、胸に抱えたまま必死に舵を取る。だが次の瞬間、足元から強烈な衝撃が走り、星図は風にさらわれて、海の底へと沈んでいった。

 それからどれほどの時間が経っただろうか。嵐が過ぎ去った夜更けの海は嘘のようにしんと静まり返っていた。
 夜空を埋め尽くすほどの星が輝き、海はどこまでも大きく広がっている。しかし、星図を失くした私にとってはそのどれもが絶望でしかなかった。
 
「一体これからどうすれば……」
 海に向かって言葉を放り投げる。すると、まるで言葉を拾うように、海の底から光が呼応する。
 青白い輝きが波を透かして、ゆらゆらと揺れる。次第に浮き上がってくる光は徐々に形を成し、少女の姿となって海面に姿を現した。
「お困りのようね?」
 彼女の声は夜の海のように深く穏やかな響きを持っていた。
「星図を落としてしまって、どこへ向かえばいいのか、わからないんだ」
 私が答えると、彼女は少し考えるように目を伏せた後で笑みを見せた。
「それなら、探しに行きましょう。海は広くても探せばきっと見つかるはずよ」
 海面へ向かう私の視線の先には、距離という概念を失ってしまったかのような、ただただ深い闇が続いている。
「大丈夫、私を信じて」
 そう言って少女が差し出した手を自然と握り返す。その瞬間、電流が走ったように心臓がドクンと波打つ。そのまま不思議な説得力に導かれるように、私は海へと飛び込んでいた。

 海の中にはもう一つの夜空が広がっていた。
 魚の群れが煌めき、岩場の珊瑚や磯巾着がぼんやりと青白い光を放つ。そのすべてが悠然と漂い、まるで生まれる前の記憶のように私を包み込む。
 幻想的な懐かしさの中に、ふと既視感を覚える。その正体を探ろうとより深く潜っていくと、魚が通った跡にはこれまでの人生が映し出されていた。

 ――泣いた記憶、笑った記憶
 ――嬉しかった記憶、悲しかった記憶
 ――愛し、愛され、裏切られ、それでもまた愛した記憶
 
 様々な記憶を辿っていく度に、その過程が線となって地図のように繋がっていく。俯瞰的に眺めてみると、それは失くした星図によく似ていた。幾度と変わった星図の中で、一番美しくて納得のいく形。
「もしかして、『約束の地』って……」
 水中に投げかけた言葉は、受け取る者もなく泡となって立ち登っていく。少女の姿はいつからか消えていた。いや、彼女は私の中にいた――。
 
 思えば私は、他人が作った星図を頼りに、外側にある手の届かないところばかりを見上げていた。
 深い海の底には、こんなにも美しくて誇れる地図があったというのに。嵐に見舞われ、進むべき道が分からなくなって初めて、遠い空を離れて深い海の中を覗くことができた。
 徐々に体が浮き上がっていくにつれ、目の前の地図はより大きく確かな輪郭を持っていく。
 水面に顔を出すころには、外はすっかり朝を迎えていた。自分の中に見つけた地図が示す先に、ぼんやりと陸地の影が浮かぶ。まずは自分を信じてあの陸地を目指そう。
 そうして私は再び船に乗り込み進み始めた。

#消えた星図

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