結城斗永

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12/14/2025, 6:20:41 AM

タイトル『希望の器(前編)』
 この世界の人々は、小さな画面から届く『導き』にすべてを委ねていた。
 朝になれば画面が淡く光り、その日どこへ行き、何をすべきかが簡潔に示される。『導き』の通りに動けば、未来は平穏で揺るぎない。

 幾何学的に整備された街は常に静かだった。
 人の流れは等間隔を保ち、完全に計画されたリズムの中で、交差点で立ち止まる隙もない。誰も空を見上げず、道を尋ねない。迷う必要がないからだ。
 すべては『導き』が知っている。

 この街に暮らすアラタも、その一人だった。
 いつものように画面を確認し、示された道を歩き、示された時間に仕事を終える。失敗はなく、後悔もない――はずだった。

 ある朝のリビングで、画面に表示された行き先を見つめながら、アラタは言葉にできない違和感を覚えた。
 明確な理由があるわけではない。ただ、その道を歩く自分の姿が、ひどく他人事のように思えた。

 アラタは一度深呼吸をして画面を伏せた。
 いずれにせよ、この『導き』通りに動くんだろう。これまで一度だって間違えたことはないのだから。
 ただ、示された行動の先を、ほんの少し考えてみようと思った。ただそれだけのこと。

 その時だった。
 ――ゴォン……。
 遠くの方で鳴る音が、耳に自然と入り込んできた。まるで重厚な鐘のような、低く重さを持った音。

 アラタは窓の外を見るが、周囲の人々は、誰一人として反応していない。皆、画面を見つめ、示された方向へ歩き続けている。

 一度きりの鐘の音が頭から離れず、アラタは画面を操作して音について調べた。
 だが画面に並ぶのは、世界が『導き』によって幸福な未来を選び続けているという情報ばかりで、鐘の音に関する話題は一切上がってこない。
 ――余計なことは考えるな。ただ導きに従えばいい。
 そんなことを言われている気がした。

『じゃあ、この耳に残る音はいったい何なんだ……』
 疑いようのない音の余韻がアラタの胸に静かな波を立てる。気づけば、端末を置いたまま家を出て、音が鳴ったと思われる方角へ歩き出していた。
 ――ゴーン……。
 また鐘の音が響いた。意識を耳に集中して、音の出どころを探る。こんな道があったのかと思うような細い路地を抜け、小さな空き地を抜けた先に古びた小屋を見つけた。

 小屋の中は静まり返り、窓から差し込む光の中に埃の粒がキラキラと舞っていた。ただひとつ置かれたテーブルの上に、一冊の紙の本が置かれているだけだった。

 紙の本など博物館でしか目にしたことはなかったが、擦り切れた本の端切れは、まさに時代を感じさせる見た目だった。
 興味から本を開くと、そこにはかつて世界の外へ踏み出した人々の記録が綴られていた。非効率で、危険で、成功率の低い行為の連なり。今の時代からは考えられない世界が広がっていた。

 アラタはあっという間に最後のページにたどり着く。そこには『希望の器』と題された一枚の挿絵があった。
 歪な形をした大きな器に雫が落ち、器を満たす水面には光の筋が描かれている。 

 アラタは耳に残る鐘の音が、何故かこの器と響き合うように感じた。理由は分からないが、この器がまだ世界のどこかにあるのなら、それを見てみたいと思った。

 また遠くで鐘が鳴った。さっきよりくっきりとした輪郭を持った音。アラタは本を閉じ、再び歩き出した。

 目指すは街の外。境界に近づくにつれ、ちらちらと周囲の視線がアラタに向けられる。
「たまにいるよな、ああいうやつ」
 そんな声が、背中をサッとかすめていく。しかし人々はすぐに画面へ視線を落とし、何事もなかったかのように歩き出す。
 アラタの向かう先には無関心に、街は変わらず整然と動き続けている。アラタにはその中へ戻る想像がなぜかうまくできなかった。

 気づけば森に囲まれた辺境の地にいた。
 森の奥の開けた場所にあの挿絵と同じ『希望の器』は確かにあった。
 器は、挿絵で見たようには満たされておらず、底の方で僅かな光が揺れているだけだった。
 
 器を囲む数人の人々はアラタと同じく、鐘の音を聞いてここにやってきたと言う。
 ただひとり、彼らとは明らかに異なる風貌の老人がいた。老人は器をじっと見つめ意味深に言葉を放つ。
「器の音を止めてはならん――」
 アラタはその老人の言葉の意味を捉えあぐねていたが、考えるより先に足が動いていた。

 アラタはその場にいた人々とともに高台に立って辺りを見渡す。そこから見える街は思っていたよりもずっと小さく、静かに閉ざされた空間としてぽつんと佇んでいた。

 器を響かせ続けるために、
 雫を止めないために僕らは何ができるのだろう。

 その問いに、まだ答えは見つからなかった。けれどアラタの胸には、小さな決意が芽生えていた。
 あの場所へ戻ろう。音を絶やさないために。
 人々と決意を共有した瞬間、器に落ちた雫がこれまでより大きな音を響かせる。
 その響きが、アラタの胸にも波を立てるのだった。

〜『希望の器』前編 了〜

 後編はnoteに掲載します。
https://note.com/yuuki_toe
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12/12/2025, 11:24:51 PM

タイトル『雪は空から降ってきて』

 空のずっと上には、名前のない意識たちが散り散りに漂っている。
 それは誰かの思い出だったり、誰かが最後に残した気配だったり、まだ言葉になる前の気持ちだったりする。

 冬が近づき寒くなると、それらは雲の中で静かに集まり、くっつき、小さな結晶になる。そうして生まれたものが、雪だった。

 ひとつひとつの雪の結晶が、ふわりと地上へ落ちていく。
 白くふわふわしたその中には、ほんの小さな意識の欠片が宿っている。とても不完全で、自分がどこから来たのかは覚えていない。ただ、いずれどこかへ帰らなければならないという思いだけをのせて地上に舞い降りる。

 積もりに積もったその雪は、転がされ、丸められ、押し固められて、やがて人のかたちに整えられる。

 形を与えられた瞬間、意識ははっきりと目を覚ます。
 ぎゅっと集められた思いは、固く、この先いずれ帰る場所に向かって進むべき道を探し始める。

 夜、地上の雪は空を見上げる。
 雲の向こうにある、かつて散り散りだった場所。あの場所に帰るにはこの地でなにをすればよいのだろう。どこに進めばよいのだろう。

 雪の人形は色んな道を試してみる。
 腕を振ってみようか。ジャンプしてみようか。風に向かって体を傾けようにも、体は思うように動かない。。
 固い体は空へ行けないと知る。意志が強いほど、地面に縫い止められているように動けなくなる。

 昼になり、天の光が大地を照らす。
 その温度は雪の表面をあたためる。
 体の端がゆるみ、水がしたたっていく。
 ばらばらになってしまうことが少し怖くなる。ひとつでいられなくなることが、終わりのように思えた。

 子どもたちは悲しそうに雪を見る。
 ――溶けてなくなっちゃうね。
 ――でも、またいつか雪は降るよ。

 やがてスノーマンは、完全に溶けて水になる。固すぎた意志は緩やかにほどけ、ただ自然に身を任せて流れ始める。
 水は溝を通り、土にしみ、他の水と混ざり合う。意識は緩やかにつながり、揺蕩いはじめた。

 それは、突き進むことをやめる感覚に似ていた。
 何かを目指すのではなく、ただ世界の流れを受け入れる。下り坂に見える道も、勢いをつけるための力になると悟る。

 天の光が雪解け水をそっと温め、ふっとその身を軽くする。
 水は細かい気体となって再び天へと昇っていく。
 また細かな意識のかけらになった雪たちは、混ざり合い、溶け合いながら、ゆっくりと天へ帰っていく。

 雲の中で、意識たちは再び散り散りになる。でも、決して消えることはない。
 また次の形になるために、静かに漂いながらその時を待っている。

 この世界に舞い降りる雪は、過去を生きた人々の意識のかけら。
 寄り集まって、人のかたちを成し、水となって流れ、天に返っていく。
 そうして意識は巡り、つながっていく。
 冬の寒い夜は天を見上げて考える。
 どうやってあの天に帰ろうかと。

#スノー

12/11/2025, 11:18:06 PM

タイトル『ぬくもりとの距離』
(12/10お題『ぬくもりの記憶』)

※【R15】本作品には、成人男性間での親密な関係性をめぐる描写が含まれます。直接的な性描写はありませんが、心理的・情緒的な要素を含みます。
 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 つい数分前まで触れていた人肌の温かさは、ドアの閉まる音とともに冷たくなっていく。俺は、まだオスの臭いが充満する薄暗いホテルの一室で、マッチングアプリの画面を開いて、近隣でアプリを開いているユーザーの一覧を指で送っていく。

 男性同士の出会いを目的としたアプリがあることは、大学二年の時に偶然SNSで知った。当時、付き合っていた女性との別れが原因で逃げるように『こちら側』にやってきた。同性というだけでいくらか気が楽だったし、体のつながりだけで終わるドライな関係が俺の性に合っていた。
 こちら側にいるからといって、自分がゲイやバイだと意識することはほとんどなく、強いて言うなら恋愛に踏み込むのが怖くて、ただ触れていられる相手を求めているだけなんだろう。
  
 人の心に温もりを感じなくなったのはいつからか。振り返れば幼いころから人付き合いは苦手だった。俺の人間関係はいつも浅く短く過ぎていく。深く踏み込めば相手を傷つけるかもしれない。去る者を追えば自分が傷つくかもしれない。信用すればいずれ裏切られる。
 初めから深入りしなければ、俺の心は傷を負わずに済む――。
 
 セフレであるレンともそんな関係だった。初めて会ったのは今から三年前――俺が二十五歳の時だ。その時、アプリを開いたらたまたま近くにいただけだった。今のように暗いホテルの部屋で、互いの顔もはっきりとは分からず、体を重ねたあとは言葉もなく別れる。交わるのは体だけ。互いの心には踏み込まない。その距離が俺には心地よかった。

 だけど、どこかでレンのことを求めている自分もいる。それはレンの体なのか、それとも……。いつもそこで無理やり思考を止める。また失うのが怖いから。

『いつもの部屋』
 俺はレンに短いDMを送る。数分後、親指を立てた絵文字がひとつ送られてくる。いつもと同じ『向かう』の合図。
  
 十五分ほどして、ガチャリと部屋のドアが開く音がした。俺はいつものようにベッドの中でドアに背を向けて布団に潜り込む。背後でガサガサ、カチャカチャと服を脱いでいく音が響く。その音を聞くだけで、自分の息づかいが荒くなっていくのを感じる。
 布団が持ち上がり、すっと風が吹き込む。次いで、背中にふわりと熱を感じる。いつもの香水がふわりと漂い、ようやく安心する。
 ――レンだ……。
 背中から彼の筋張った腕が回り、互いの体を求め、絡み合う。でも――今日のレンは何かが違った。いつもより俺の体をまさぐる手の動きは荒く、抱きしめる腕にも力が入っていた。まるで切り立った崖に必死で縋るようでもあり、何かに怯えて強く母にしがみつく子供のようでもあった。
 だが、かえってその荒々しさに俺の体は熱さを増していく。レンの心が俺を求めている。そんな感覚が俺の全身を包み込む。
 激しく求め合う夜は続き、やがて果てた。一気に体の力が抜け、激しく上下する胸の高鳴りを抑えるように仰向けになって目を閉じる。

「なんか……、あった?」
 心臓の鼓動が落ち着いてきた頃、思わず心の声が漏れて出た。声に出すつもりはなかった。余計な言葉をかけて、また誰かを傷つけるのではないかというトラウマが、背中をゆっくり登ってくる。
「なんでもないよ」
 レンは一瞬戸惑いを見せながらも、静かに答えた。暗がりに表情までは見えなかったが、その声はとても落ち着いていた。
「……ありがとう」
 レンから出た言葉に、俺は思いがけず胸をつかまれた。長いこと忘れていた心の温度のようなものが、ふわりと胸の奥をかすめたような気がした。
 熱を持ったのではない。ただ、氷の膜の表面がほんの少し曇ったような変化だった。

 帰り支度をするレンの動きは、いつも通りだった。
 シャツの袖を直し、髪を手ぐしで整え、玄関に向かう。だけど、いつもならすぐに開くはずのドアが、今日はまだ音を立てなかった。

 見ればドアの前でレンはこちらに背を向けて物憂げに立ったままだった。名残惜しそうな背中に、思わず声をかけたくなる。
 だけど、俺にはまだその勇気はなかった。追いかければ、深く入り込むことになる……。
 
 少ししてレンがドアノブに手を伸ばしながら、こちらを振り返った。そして、ごく自然に、息を吐くような声で言った。
「また今度な」
 とても軽い調子だった。特別な意味はないのかもしれない。ただの習慣になりかけの言葉なのかもしれない。
 それでも、その一言が、部屋の空気の温度をわずかに揺らした。

 扉が閉まると、静寂が戻った。
 いつもなら消えていく体温が、今日はなかなか収まらなかった。ひんやりとした部屋の空気がレンの香りをまとって俺の火照った体を撫でていく。それでも胸の奥でぼんやりと熱を帯びている何かが熱を逃さない。
 その熱が何に触れて生まれたものなのか、うまく言葉にならなかった。
 ただ、次にレンがあの扉を開けるときの空気が、今日と同じではないだろうということだけは確かなように思えた。

#ぬくもりの記憶

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12/11お題『夜空を越えて』
書き上がり次第noteに公開します。
https://note.com/yuuki_toe
結城斗永

12/11/2025, 9:02:38 AM

12/11 お題『ぬくもりの記憶』
明日まとめて投稿します🙇

12/9/2025, 10:44:14 PM

タイトル『魔法使いの凍った指先』

 俺、リクト。魔法使いの見習い――なんだけど、寒い日はぜんっぜんダメ。
 師匠が教えてくれる魔法は、指先の細かい動きが大切なんだ。だけど、外へ出たら、全身震えるくらい寒いんだから、そりゃ失敗もするさ。

 今日も師匠が戻るまでに雪掃除しとこうと思って、俺は指先をチョチョイと動かしたんだけど……。
「とりあえずこの辺だけでも……ほいっと!」
 簡単な『あたため魔法』を出そうとしたのに、指先が震えて違う魔法が出ちゃったみたいなんだ。

 目の前の雪がもこもこっと動いて、長い耳がぴょこっと生えて……。
「えっ、ウサギ!?」思わず声が出た。「うわぁ、そっち行っちゃダメ!!」
 雪のウサギは俺の声なんか無視して、ぴょんぴょんと通りの方に逃げていった。

 このままじゃ師匠に怒られる。雪のウサギを追いかけて走りながら、「今度こそ!」って指で修復魔法の印を結んだ。だけど、冷たい風でまた体がぶるっと震えた。
「やべっ!」
 魔法の光が変な形してたから、失敗だってすぐに分かった。でもその時には遅くて、魔法が当たった雪だるまがグググッて立ち上がる。
「俺の指、言うこと聞いて!」
 雪だるまも歩き出して、並んでた別のもついてくる。気がついたら三体、五体、十体と列ができてる。
 なんか街の中心に向かってるし、これはいよいよマズいぞ……。

 こうなったら、みんな一網打尽にしちゃおうって、束縛の魔法を出そうと指をくるくる回す。
『この魔法はト音記号に似ているので注意が必要です――』
 師匠の言葉を思い出した時には遅かった。
 楽器屋の扉が勢いよく開いて、トランペットも太鼓もアコーディオンも、宙に浮いて雪だるまの列に加わった。しかも、行進曲まで演奏し始める始末……。
 
 俺の焦りとは反対に、街の人たちは大喜びだ。
「すごーい!」「お祭りが始まった?」
 拍手して写真とか撮ってるし、子どもは楽しそうにはしゃいでるし。

 いっそ、街の人の記憶ごと消しちゃえば……。
 その魔法も言うまでもなく空回り。
 地面がメキメキ音を立てたと思ったら、街路樹の根っこがグイッと持ち上がって……。
 三メートルくらいある木が何本も雪だるまの後ろを歩き出した。
「はぁ、もう無理だ……。俺じゃ止められない……」
 師匠が帰ってきたら、絶対にイチから修行やり直しって言われるよ……。

 先頭で跳ねる雪のウサギに、雪だるまがドスドス続いて、上空では楽器隊が行進曲を演奏しながら、でっかい木が葉っぱに乗った雪をまき散らしてる。
 もうパレードだ。どう見てもおかしな状況なのに、街の人たちは怖がるどころか、ますます大はしゃぎ。
 いや、みんな楽しんでる場合じゃないんだけどな……。

「リクト……」
 後ろで低い声がして思わず背中がゾクッとする。寒さのせいじゃない……。
 ——師匠だ。
 あまりに静かで気づかなかった。いつからこの大パレードを観てたんだろう。
「留守の間に、ずいぶんと賑やかになりましたね……」
「ち、違うんです!」頭の中が真っ白になる。「寒くて指が震えて、魔法が変になって……止めようとしたらもっと変になって……」
 もう自分でも何言ってるかわかんない。

 ふとテンパってる俺の手の先が急にふわっとあったかくなった。
 顔を上げたら師匠が指先を俺の手に向けて、ぐるっとひと回ししてた。あの時失敗した『あたため魔法』。
 やっぱ師匠はすごいや……。震えてた手がじんわり、とろけるみたいで、しびれていた手がゆっくり生き返っていく。
「これでもう指は震えないでしょう」
 師匠は静かに言った。
「これはあなたがまいた種です。事態を収めるのもあなたの仕事ですよ」
 心臓がキュッとなる。また失敗しそうで怖かった。本当は逃げたいし、この場から消えちゃいたい。
 でも——俺は魔法使いになりたいんだ。

「……はいっ!」
 俺は人差し指を掲げて、師匠に教えてもらった正しい指の形を思い出しながら空をなぞった。
 ひとつずつ魔法が解けていく。雪だるまはその場で動かなくなって、楽器も静かに楽器屋へ戻っていった。元の場所に歩いていく街路樹の後ろ姿もなんだか名残惜しそうだった。
 まるでパレードがあったのが嘘みたいに街は元通り。それでも人々は笑顔のままだった。
「すごいもの見たなぁ」「またやってほしい」
 いやいや、もうこりごりだよ……。

 足元で「キュー」と鳴き声がした。雪ウサギが赤い目でじっとこっちを見上げて、ちょこんと座ってる。
「おまえ……戻んなかったのか?」
 抱き上げると、冷たい雪なのに、不思議とあったかい。あまりに可愛いくて、雪に戻しちゃうのは気が引けた。
「あの、師匠……。この子、飼っちゃダメですか?」
「ちゃんと責任を持って育てるんですよ」
 俺はうれしくて雪ウサギの頭を軽く撫でた。散々な一日だったけど、この子が残ったなら、まあ、いいか。
「さて、稽古を始めましょう」
 師匠の言葉に気合が入る。
 冬の寒さはまだ続くけど、この相棒がいれば大丈夫。そんな気がしてちょっとだけ世界があったかくなった気がした。

#凍える指先 

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