結城斗永

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タイトル『魔法使いの凍った指先』

 俺、リクト。魔法使いの見習い――なんだけど、寒い日はぜんっぜんダメ。
 師匠が教えてくれる魔法は、指先の細かい動きが大切なんだ。だけど、外へ出たら、全身震えるくらい寒いんだから、そりゃ失敗もするさ。

 今日も師匠が戻るまでに雪掃除しとこうと思って、俺は指先をチョチョイと動かしたんだけど……。
「とりあえずこの辺だけでも……ほいっと!」
 簡単な『あたため魔法』を出そうとしたのに、指先が震えて違う魔法が出ちゃったみたいなんだ。

 目の前の雪がもこもこっと動いて、長い耳がぴょこっと生えて……。
「えっ、ウサギ!?」思わず声が出た。「うわぁ、そっち行っちゃダメ!!」
 雪のウサギは俺の声なんか無視して、ぴょんぴょんと通りの方に逃げていった。

 このままじゃ師匠に怒られる。雪のウサギを追いかけて走りながら、「今度こそ!」って指で修復魔法の印を結んだ。だけど、冷たい風でまた体がぶるっと震えた。
「やべっ!」
 魔法の光が変な形してたから、失敗だってすぐに分かった。でもその時には遅くて、魔法が当たった雪だるまがグググッて立ち上がる。
「俺の指、言うこと聞いて!」
 雪だるまも歩き出して、並んでた別のもついてくる。気がついたら三体、五体、十体と列ができてる。
 なんか街の中心に向かってるし、これはいよいよマズいぞ……。

 こうなったら、みんな一網打尽にしちゃおうって、束縛の魔法を出そうと指をくるくる回す。
『この魔法はト音記号に似ているので注意が必要です――』
 師匠の言葉を思い出した時には遅かった。
 楽器屋の扉が勢いよく開いて、トランペットも太鼓もアコーディオンも、宙に浮いて雪だるまの列に加わった。しかも、行進曲まで演奏し始める始末……。
 
 俺の焦りとは反対に、街の人たちは大喜びだ。
「すごーい!」「お祭りが始まった?」
 拍手して写真とか撮ってるし、子どもは楽しそうにはしゃいでるし。

 いっそ、街の人の記憶ごと消しちゃえば……。
 その魔法も言うまでもなく空回り。
 地面がメキメキ音を立てたと思ったら、街路樹の根っこがグイッと持ち上がって……。
 三メートルくらいある木が何本も雪だるまの後ろを歩き出した。
「はぁ、もう無理だ……。俺じゃ止められない……」
 師匠が帰ってきたら、絶対にイチから修行やり直しって言われるよ……。

 先頭で跳ねる雪のウサギに、雪だるまがドスドス続いて、上空では楽器隊が行進曲を演奏しながら、でっかい木が葉っぱに乗った雪をまき散らしてる。
 もうパレードだ。どう見てもおかしな状況なのに、街の人たちは怖がるどころか、ますます大はしゃぎ。
 いや、みんな楽しんでる場合じゃないんだけどな……。

「リクト……」
 後ろで低い声がして思わず背中がゾクッとする。寒さのせいじゃない……。
 ——師匠だ。
 あまりに静かで気づかなかった。いつからこの大パレードを観てたんだろう。
「留守の間に、ずいぶんと賑やかになりましたね……」
「ち、違うんです!」頭の中が真っ白になる。「寒くて指が震えて、魔法が変になって……止めようとしたらもっと変になって……」
 もう自分でも何言ってるかわかんない。

 ふとテンパってる俺の手の先が急にふわっとあったかくなった。
 顔を上げたら師匠が指先を俺の手に向けて、ぐるっとひと回ししてた。あの時失敗した『あたため魔法』。
 やっぱ師匠はすごいや……。震えてた手がじんわり、とろけるみたいで、しびれていた手がゆっくり生き返っていく。
「これでもう指は震えないでしょう」
 師匠は静かに言った。
「これはあなたがまいた種です。事態を収めるのもあなたの仕事ですよ」
 心臓がキュッとなる。また失敗しそうで怖かった。本当は逃げたいし、この場から消えちゃいたい。
 でも——俺は魔法使いになりたいんだ。

「……はいっ!」
 俺は人差し指を掲げて、師匠に教えてもらった正しい指の形を思い出しながら空をなぞった。
 ひとつずつ魔法が解けていく。雪だるまはその場で動かなくなって、楽器も静かに楽器屋へ戻っていった。元の場所に歩いていく街路樹の後ろ姿もなんだか名残惜しそうだった。
 まるでパレードがあったのが嘘みたいに街は元通り。それでも人々は笑顔のままだった。
「すごいもの見たなぁ」「またやってほしい」
 いやいや、もうこりごりだよ……。

 足元で「キュー」と鳴き声がした。雪ウサギが赤い目でじっとこっちを見上げて、ちょこんと座ってる。
「おまえ……戻んなかったのか?」
 抱き上げると、冷たい雪なのに、不思議とあったかい。あまりに可愛いくて、雪に戻しちゃうのは気が引けた。
「あの、師匠……。この子、飼っちゃダメですか?」
「ちゃんと責任を持って育てるんですよ」
 俺はうれしくて雪ウサギの頭を軽く撫でた。散々な一日だったけど、この子が残ったなら、まあ、いいか。
「さて、稽古を始めましょう」
 師匠の言葉に気合が入る。
 冬の寒さはまだ続くけど、この相棒がいれば大丈夫。そんな気がしてちょっとだけ世界があったかくなった気がした。

#凍える指先 

12/9/2025, 10:44:14 PM