結城斗永

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タイトル『雪は空から降ってきて』

 空のずっと上には、名前のない意識たちが散り散りに漂っている。
 それは誰かの思い出だったり、誰かが最後に残した気配だったり、まだ言葉になる前の気持ちだったりする。

 冬が近づき寒くなると、それらは雲の中で静かに集まり、くっつき、小さな結晶になる。そうして生まれたものが、雪だった。

 ひとつひとつの雪の結晶が、ふわりと地上へ落ちていく。
 白くふわふわしたその中には、ほんの小さな意識の欠片が宿っている。とても不完全で、自分がどこから来たのかは覚えていない。ただ、いずれどこかへ帰らなければならないという思いだけをのせて地上に舞い降りる。

 積もりに積もったその雪は、転がされ、丸められ、押し固められて、やがて人のかたちに整えられる。

 形を与えられた瞬間、意識ははっきりと目を覚ます。
 ぎゅっと集められた思いは、固く、この先いずれ帰る場所に向かって進むべき道を探し始める。

 夜、地上の雪は空を見上げる。
 雲の向こうにある、かつて散り散りだった場所。あの場所に帰るにはこの地でなにをすればよいのだろう。どこに進めばよいのだろう。

 雪の人形は色んな道を試してみる。
 腕を振ってみようか。ジャンプしてみようか。風に向かって体を傾けようにも、体は思うように動かない。。
 固い体は空へ行けないと知る。意志が強いほど、地面に縫い止められているように動けなくなる。

 昼になり、天の光が大地を照らす。
 その温度は雪の表面をあたためる。
 体の端がゆるみ、水がしたたっていく。
 ばらばらになってしまうことが少し怖くなる。ひとつでいられなくなることが、終わりのように思えた。

 子どもたちは悲しそうに雪を見る。
 ――溶けてなくなっちゃうね。
 ――でも、またいつか雪は降るよ。

 やがてスノーマンは、完全に溶けて水になる。固すぎた意志は緩やかにほどけ、ただ自然に身を任せて流れ始める。
 水は溝を通り、土にしみ、他の水と混ざり合う。意識は緩やかにつながり、揺蕩いはじめた。

 それは、突き進むことをやめる感覚に似ていた。
 何かを目指すのではなく、ただ世界の流れを受け入れる。下り坂に見える道も、勢いをつけるための力になると悟る。

 天の光が雪解け水をそっと温め、ふっとその身を軽くする。
 水は細かい気体となって再び天へと昇っていく。
 また細かな意識のかけらになった雪たちは、混ざり合い、溶け合いながら、ゆっくりと天へ帰っていく。

 雲の中で、意識たちは再び散り散りになる。でも、決して消えることはない。
 また次の形になるために、静かに漂いながらその時を待っている。

 この世界に舞い降りる雪は、過去を生きた人々の意識のかけら。
 寄り集まって、人のかたちを成し、水となって流れ、天に返っていく。
 そうして意識は巡り、つながっていく。
 冬の寒い夜は天を見上げて考える。
 どうやってあの天に帰ろうかと。

#スノー

12/12/2025, 11:24:51 PM