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2/14/2023, 10:51:45 PM

お題:バレンタイン

帰ろうかと思い廊下を歩いていると、誰もいない食堂に雄二がいた。
もちろん学食はもうやってない。

興味本位で近づいてみる。
足音で気付いたのだろう。
本に目を落とした雄二がこちらを向いた。

「よお。こんなとこでどうしたんだ?」

気さくに話しかけてくる。
でも僕はたまたま通りかかっただけなので、むしろこちらが聞きたかった。

「特に何もないよ。雄二はどうしたの?」
「本読んでる。というか、篠崎さんのとこ行かなくていいのか?」
「いつもいつも会うわけじゃないよ。今日は夜バイトだし。」
「……。」

雄二は少し驚いたような、呆れたようなそんな顔をした。

「……今日バレンタインだぞ。」

……全く考えていなかった。
他に友達もいないから教えてくれる人がいなかった。
確かに雄二の前にはお菓子の包み紙がいくつか置いてある。
もらったチョコレートなのだろう。

「バイト前に顔出しとけよ。」
「はは……ありがとう。」

何も言われてなかったから何もないかもしれないけど、忠告は聞いておこう。

「それにしても雄二はたくさんもらったね。」

大小様々な包み紙は5つほどあった。
どれにもまだ手はつけられていない。

「ほとんど義理だけどな。」

ほとんど。
本命もあるんだろうか。

と、雄二がその中からチロルチョコをつまんでこちらに差し出した。

「やるよ。」
「え、いいの?」
「おう。なんかさ、チロルチョコみると思い出しちまうんだよな。」

雄二は少し悲しげな顔をして続ける。

「昔、チョコレート好きな俺のために兄貴が自分の小遣いからチロルチョコをよく買ってくれてたんだ。
小さなチョコだけどすげー嬉しかったのを覚えてる。」

雄二の手が少し震えているのがわかった。
言葉が切れる。
……少しの沈黙の後、彼は言った。

「でもさ、その兄貴が……
高3の時いなくなって、まだ見つかってねぇんだ。」

2/13/2023, 11:57:02 PM

お題:待ってて

隙間から覗き込む太陽の光で目が覚めた。
……やっぱりまだ見慣れない天井だ。

昨日彼女と喧嘩した。
そのせいかここで目を覚ますのも昔のことのように感じる。
まだ1日しか経ってないのに。

着替えてからリビングにいくと、すでに彼女がいた。

「昨日はごめん。」
「その話、昨日散々したでしょ?
こちらこそごめんね。」

彼女はよっと言いながら立ち上がる。

「これからきっとまた衝突することもあるよ。
その度にぶつけ合っていこ。」

薄いカーテンから差し込む灯りが彼女を包む。
暖かな笑顔だった。

そうだ。
お互いの価値観が合わないこともある。
でも言わなきゃわからないんだ。
ぶつかることが怖くても、辛くても。
ちょっとずつ知って、受け止めていきたい。

「待ってて、コーヒー。いれてくるから。」

彼女はキッチンへ向かう。
その背中を見て思った。
こんな日々が続いてくれればいいな、と。





関連:Kiss

2/12/2023, 11:29:20 PM

お題:伝えたい


「こういうメールは開いたらダメだ。
ウィルスが入ってる可能性があるかもしれない。」

真面目な口調で篠崎さんは言う。
もちろん後輩の私は真面目に聞かなければいけないのだが、今の私はそれどころではない。

くっついているのだ。
篠崎さんの肩あたりに。
……ぬいぐるみが。

ピンク色の先が丸いテントようなぬいぐるみだ。
そしてそのテントには可愛らしい目が合った。
足もあり、まるでミニサイズタコさんウィンナーのようだ。

おそらく底の部分がくっつくようになってるのだろう。
なぜか。

それが篠崎さんの羽織ってるカーディガンの、肩の後ろあたりについている。
……なぜだ。

「こういうメールを開くとなんだっけかな、トロイの木馬だとか、マル……マルボロじゃなくてなんだっけかな……?」
「トロイの木馬ですね、トロイア戦争の際ギリシア軍のオデュッセウスによって作成された中に人が入れる木馬。」
「……詳しいな。」

ぼーっとしてる間に口が動く。
もはや私の関心ごとは1つだった。

……どう伝えよう。
普通に伝えたらかなり恥ずかしい思いをしそうだ。
あと気まずい。
きっとあの微妙な空気に私が耐えられそうにない。

「まあいいんだ。
とにかくこういうやつは開くなよ。」

言い終えると篠崎さんは席を立つ。
と、その拍子にぬいぐるみが服から少し外れた。
……なぜか足一本を残して。

篠崎さんはそのまま印刷機の方へ歩いて行く。
歩くたびにそのぬいぐるみはぷらぷらと揺れていたのだった。

……他意はないが、ウッディと呼ばせてもらおう。

篠崎さんは印刷した紙を持って自席まで歩く。
このタイミングでは背中が見えないのでウッディが見えなくなる。

が、この状況。
松井さんには完全に見えているはずだ。
思った通り松井さんが声を上げた。

「篠崎、それなんだ?」
「……?なんですか?」
「いや、そのせな……」

途中まで言いかけた松井さんの言葉が途切れる。
不思議に思って松井さんの方を見ると、彼は篠崎さんの肩の先の方に視線を向けまま固まっていた。

見たところ肩には何もない。
と言うより視線が少し肩より上な気が……。

視線を辿って振り返ってみると、そこには小さな張り紙が張ってあった。

【ハラスメント講習について】

なるほど……。
でも松井さん、ウッディの指摘は多分セクハラじゃないと思います。

そんな私の考えは伝わるはずはなかった。

「いや、なんでもない。気にするな。」
「……?わかりました。あ、後少ししたら出ます。」
「おう、気をつけて行けよ。」

いや、そのまま外に出るのはまずい。
もしお客さんのところに行くなら目も当てられない。

席についた篠崎さんは上機嫌らしい。
少し揺れながらPCをリズミカルに叩く。
そのカタカタという心地よい音に合わせて……
ウッディも揺れる。

まずい。
考えなきゃ。

状況としては、私以外が指摘しても気まずいことには変わらない。
だからこの問題は篠崎さん自身に解決してもらう必要がある。

焦りながら仕事をするふりをしようとすると、先ほどのメール画面が表示されていた。

トロイの木馬。
トロイアの門を自ら開けさせる秘策。

自分から開けさせる。
そうか、カーディガンを脱がせればいいんだ。
カーディガンを脱いだ時にウッディに気づかないはずがない。

自分から脱がせる……。
そんな話がどこかに……。

少し考えて閃く。
そうだ!北風と太陽だ!

私はゴミを捨てるふうを装ってゴミ箱の前まで行くと、エアコンの設定温度ボタンを連打した。
みるみる上がっていく数値。
怪しまれないように素早く撤退。

席まで戻るとひどい汗だった。
ため息をつく。

と、エアコンがうなりをあげ熱風を吐き出し始めた。
ものの5分と経っていないが気温が上がっていく。
狭い事務所のせいだろうか。

「ん、暑いな。
エアコン壊れたか?」
「……とりあえず温度下げます。」

篠崎さんの言葉に野村くんが反応する。
席を移動する野村くんを尻目に、ついに篠崎さんがカーディガンに手をかけた。

篠崎さんの体から離れるカーディガン。
揺れるウッディ。
そのウッディに、篠崎さんの指先が触れる。

よし。
うまくいった。

心の中でガッツポーズをした瞬間、顔を真っ赤にした篠崎さんがばっとこちらをみた。

……あ、私これみてたら結局気まずい空気になるじゃん。

目と目が合う。
そしてしばらくの沈黙。

先に切り出したのは篠崎さんだった。

「あっ、な、なんだろうな、これ。うん。
あの、なんかめんだこ……違った、なんかのタコのぬいぐるみみたいだな、うん。」

完全に声が上擦っている。

「よければあげるよ、ほら。
じゃあ私出かけてきます。」

そう言うとバタバタと荷物をまとめ、足早に去っていった。
……ぽかんとするしかなかった。

残されたものといえば、私の机の上にいるウッディと、

「設定温度、40℃でした。」

という、野村君の声だけだった。

2/11/2023, 4:22:57 PM

お題:この場所で

肌寒くなってきた秋頃。
妻の実家からの帰り道、河川敷に寄り道をした。
妻がどうしても寄りたいと言ったのだった。

「私、この場所が好きなの。」

もちろん知っていた。
ここは私にとっても思い出深い場所だ。

「そういえば、なんでこの場所で雄一さんに告白したか話したかしら。」

首を振ると、微笑みながら彼女は言った。

「落ち込んだ時とか、辛い時とかによくきたの。
気持ちのいい風が吹いて、悩み事も一緒に風に流されるようなそんな気分になるのよ。」

確かにこの場所は彼女の家からは近い。
学校終わりなどによくきたのだろう。

川の音、風の音。
この自然たちが、彼女の心を癒したのだろうか。

「そんなことをしてるうちに、いつのまにかここが落ち着ける場所、私に勇気をくれる場所になっていったの。
雄一さんに告白する時も勇気をもらったのよ。」

そう言うと、彼女は私の前に何かを差し出した。
……赤いマフラーだった。

手編みで縫われたそれは、私が仕事をしているときに編んだのだろう。

私は無言で受けとる。

……流石に手編みの赤いマフラーは仕事にはつけていけないな。
そう思った。

「休日、出かける時に巻いてみる。
ありがとう。」

私の飾り気のない言葉でも、彼女は嬉しそうだった。





関連:花束、時計の針、旅路の果てに

2/10/2023, 1:22:12 PM

お題:誰もがみんな


「それで……東京ではどうだったんだ?」

初めて来た居酒屋の個室で彼女に問われた。
しばらく見ないうちに、少し怖くなった気がする。

「……ダメだったよ。うまくいかなかった。」

僕がそう言うと、そうか。と彼女が答える。
あまりに久しぶりすぎて距離感がわからない。
少しよそよそしくなってしまう。

「……まあ、その、なんだ。
少しはゆっくりできるのか?」
「まあ……ね。仕事、辞めたし。」

少しの沈黙の後、そうか。とまた彼女が言った。

「なんか、大学卒業してさ。
やりたいこと追いかけて、海鈴と別れて東京に出てさ。
結局ダメでさ。
なんか思っちゃったんだよね。
僕には何もないんだなぁって。」

ああ、あの頃はきっとこんな未来になるなんて思ってなかっただろうなぁ。

「目的のない人よりは前にいる。
自分はできるって思ってて。
多分周りのこと見下してたんだと思う。
僕は他のやつとは違うって。
でも……。」

うまくいかなかった。
誰もがみんなうまくいくなんてことはない。
そんな当たり前のことを僕は知らなかった。

酒も入ってたからか、一度話し始めると後から後から言葉が溢れた。
それを彼女は黙って聞いてくれた。

「私もさ。
なんか学生の頃はなんとなくこの生活が続いて、なんとなくうまくいくって思ってたよ。
そんなことなかった。
祐介と別れて、なんとなく入った職場で女ってだけで見下されながら仕事してさ。
私何してんだろって思ったよ。」

いつ以来だろう。
こうして2人で話すのは。

彼女の話や仕草は懐かしさと新鮮さを感じた。

「でも、最近少し楽しいんだ。
ちょっとネガティブだけど愛嬌のある後輩もできて、仕事でやっていきたいことも見つかってきてるんだ。
祐介、きっと最短距離なんてないんだよ。
ずっとうまくいくだけ人生なんてない。」

誰もがみんな、きっとそうなんだよ。
彼女はカルーアミルクに少し口をつけた。

何もない人間からすれば、そんなことが言えるのは勝ち組だけだと思う。

僕は君と付き合っている時、自分の方が優秀だと思ってた。
でもこうしてみると、わかることがある。
当時もきっと君の方がすごかったんだ。

慰めによる劣等感が抑えられなくなって、ここにいられなくなった。
財布から5千円札を机に叩きつけ、彼女に言う。

「今日はありがとう。
……さようなら。」

もう会うことはないだろう。
彼女には彼女の人生が。
僕には僕の人生がある。

そんな僕の背中に彼女が言葉をぶつける。

「払い過ぎだよ。
お釣り、次会うときに返すね。」

バッと振り返る。
彼女は少し驚いた後、べっと舌を出して笑った。

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