お題:誰もがみんな
「それで……東京ではどうだったんだ?」
初めて来た居酒屋の個室で彼女に問われた。
しばらく見ないうちに、少し怖くなった気がする。
「……ダメだったよ。うまくいかなかった。」
僕がそう言うと、そうか。と彼女が答える。
あまりに久しぶりすぎて距離感がわからない。
少しよそよそしくなってしまう。
「……まあ、その、なんだ。
少しはゆっくりできるのか?」
「まあ……ね。仕事、辞めたし。」
少しの沈黙の後、そうか。とまた彼女が言った。
「なんか、大学卒業してさ。
やりたいこと追いかけて、海鈴と別れて東京に出てさ。
結局ダメでさ。
なんか思っちゃったんだよね。
僕には何もないんだなぁって。」
ああ、あの頃はきっとこんな未来になるなんて思ってなかっただろうなぁ。
「目的のない人よりは前にいる。
自分はできるって思ってて。
多分周りのこと見下してたんだと思う。
僕は他のやつとは違うって。
でも……。」
うまくいかなかった。
誰もがみんなうまくいくなんてことはない。
そんな当たり前のことを僕は知らなかった。
酒も入ってたからか、一度話し始めると後から後から言葉が溢れた。
それを彼女は黙って聞いてくれた。
「私もさ。
なんか学生の頃はなんとなくこの生活が続いて、なんとなくうまくいくって思ってたよ。
そんなことなかった。
祐介と別れて、なんとなく入った職場で女ってだけで見下されながら仕事してさ。
私何してんだろって思ったよ。」
いつ以来だろう。
こうして2人で話すのは。
彼女の話や仕草は懐かしさと新鮮さを感じた。
「でも、最近少し楽しいんだ。
ちょっとネガティブだけど愛嬌のある後輩もできて、仕事でやっていきたいことも見つかってきてるんだ。
祐介、きっと最短距離なんてないんだよ。
ずっとうまくいくだけ人生なんてない。」
誰もがみんな、きっとそうなんだよ。
彼女はカルーアミルクに少し口をつけた。
何もない人間からすれば、そんなことが言えるのは勝ち組だけだと思う。
僕は君と付き合っている時、自分の方が優秀だと思ってた。
でもこうしてみると、わかることがある。
当時もきっと君の方がすごかったんだ。
慰めによる劣等感が抑えられなくなって、ここにいられなくなった。
財布から5千円札を机に叩きつけ、彼女に言う。
「今日はありがとう。
……さようなら。」
もう会うことはないだろう。
彼女には彼女の人生が。
僕には僕の人生がある。
そんな僕の背中に彼女が言葉をぶつける。
「払い過ぎだよ。
お釣り、次会うときに返すね。」
バッと振り返る。
彼女は少し驚いた後、べっと舌を出して笑った。
2/10/2023, 1:22:12 PM