のの

Open App

お題:バレンタイン

帰ろうかと思い廊下を歩いていると、誰もいない食堂に雄二がいた。
もちろん学食はもうやってない。

興味本位で近づいてみる。
足音で気付いたのだろう。
本に目を落とした雄二がこちらを向いた。

「よお。こんなとこでどうしたんだ?」

気さくに話しかけてくる。
でも僕はたまたま通りかかっただけなので、むしろこちらが聞きたかった。

「特に何もないよ。雄二はどうしたの?」
「本読んでる。というか、篠崎さんのとこ行かなくていいのか?」
「いつもいつも会うわけじゃないよ。今日は夜バイトだし。」
「……。」

雄二は少し驚いたような、呆れたようなそんな顔をした。

「……今日バレンタインだぞ。」

……全く考えていなかった。
他に友達もいないから教えてくれる人がいなかった。
確かに雄二の前にはお菓子の包み紙がいくつか置いてある。
もらったチョコレートなのだろう。

「バイト前に顔出しとけよ。」
「はは……ありがとう。」

何も言われてなかったから何もないかもしれないけど、忠告は聞いておこう。

「それにしても雄二はたくさんもらったね。」

大小様々な包み紙は5つほどあった。
どれにもまだ手はつけられていない。

「ほとんど義理だけどな。」

ほとんど。
本命もあるんだろうか。

と、雄二がその中からチロルチョコをつまんでこちらに差し出した。

「やるよ。」
「え、いいの?」
「おう。なんかさ、チロルチョコみると思い出しちまうんだよな。」

雄二は少し悲しげな顔をして続ける。

「昔、チョコレート好きな俺のために兄貴が自分の小遣いからチロルチョコをよく買ってくれてたんだ。
小さなチョコだけどすげー嬉しかったのを覚えてる。」

雄二の手が少し震えているのがわかった。
言葉が切れる。
……少しの沈黙の後、彼は言った。

「でもさ、その兄貴が……
高3の時いなくなって、まだ見つかってねぇんだ。」

2/14/2023, 10:51:45 PM