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2/6/2023, 1:52:37 PM

お題:時計の針









※グロテスクな描写、暴力を示唆する表現があります。
苦手な方は飛ばしていただけると幸いです。


※また読んでいただいている方、ありがとうございます。
続き物の話ではありますが、1話でも楽しめるようにと思い書いているため是非読んでいただければ嬉しいです。









うつらうつらしていた頭に、真っ赤な鮮血がフラッシュバックする。
ハンマーに殴られたかのような衝撃が胸に来て、バクバクする心臓を押さえながら体を丸めた。

昨日からずっと同じことの繰り返しだった。
昨日の夜、刃物に刺された少年を見てから。

不審者の持ってる刃がサクッと体に飲み込まれる光景。
蹴り飛ばされた少年の、壊れた弦楽器のような悲鳴。
何度も刺されるたび、骨と刃物がぎりぎりとぶつかって不快な音を立てる。
肺がダメになったのか、もう死んでしまったのか、いつのまにか聞こえなくなった少年の音。
突き刺されるたびに、だらんと垂れた腕が小刻みに動いていた。

「うっ……」

口を押さえトイレに駆け込む。
体がだるくトイレまで行くのだけでしんどかった。

昨日の夜から何も食べていない胃の中からは胃液しか出てこない。
その不快感で脱力してトイレに寄りかかる。
口元を拭く気力さえなかった。

「海鈴。いつまで寝てるの?ピアノ教室も行けないの?」

1階から母の呼ぶ声が聞こえる。

そうだった。
17:00からピアノだったんだった。
行かないと。

そう思って手を動かそうとしても、動かない。
声も出せなかった。

「はぁ……。
1日でも休むと、元に戻るのに3日はかかるわよ。」

それっきり足音は遠ざかっていった。

トイレットペーパーで口元を拭い、トイレを流す。

動けない自分の体が悔しくて涙が出てくる。
きっと自分が弱いからこうなってるんだろう。

……強くならなくちゃ。
そう思った。






次の日は学校に向かおうとした。

着替えに袖を通し、朝ごはんを食べて、吐いた。

歩きながら座って授業を受ける自分を想像して、気分が悪くなった。

道端に座り込む。
道ゆく人は奇怪なものを見る目をしながら横を歩いていく。

誰も助けてくれない。
当然か。
もし自分が同じ立場でも助けない。

座っていると、あの時の光景がフラッシュバックする。

とにかく、動いていたい。

ふらふらとあてどなく走ることしかできなかった。




いつのまにか河川敷についていた。
風が気持ちよく、少し座っていても平気だった。

呼吸を整えながら伸びをする。
ずいぶん長いこと伸ばしていなかった身体はバキバキ音を立てた。

その音で一瞬思い出しそうになった光景も、風が運んでくれる。
落ち着く場所だった。

突然、怒声が聞こえた。
近くに不良がいるらしい。
驚いて少し後ずさろうとした時、コートのポケットが重いことに気がついた。

何度も失敗しながらようやくポケットの中に手を入れて重い何かを掴み出す。

金色の懐中時計だった。
リューズを押してみる。
綺麗な装飾を施したそれは、律儀に針を進めている。

思い出した。

あの夜、必死に走り続けた道の先で、おじいさんにもらったのだった。

80過ぎくらいのヨボヨボのおじいさんだった。
赤いマフラーを巻いているのが特徴的だった。

街灯の下で、私を待っていたかのようにこれを手に握らせた。

そして掠れた声で言ったのだ。

「リューズを引け。
時間が戻る。」

そしておじいさんは一度だけ私を抱きしめると、ふらふらとどこかへ消えたのだった。

そんな時計が今、私の手元にある。

リューズをひく。
時間が戻る。

正直本当だとは思っていない。
でも引いたらきっと何かが起こる。
それは怖かった。

リューズに手をかける。
……手が震える。
リューズをつまんだその手は、ぴくりとも動かなかった。

そうだ。
一旦おじいさんに話を聞こう。
そうすればきっと、何かわかるはず。

……一昨日の晩の場所に、もう一回行こう。

覚悟を決めて立ち上がった時だった。

「ちっ。あのジジイ、なんも持ってなかったっすね。」

左前方の方で声が聞こえた。

「……うるせぇ。
今日中に10万揃えられなかったら、どうなるか分かってんだろうな。」
「……すんません。」

声が遠ざかっていく。

風がざわざわと頬を撫でる。
背中が冷たくなった。

関係ない。
頭ではそう思っていても最悪の想像が頭から離れない。

震える足を動かしてゆっくりと男たちがいた場所へ歩いていく。

橋の下。
川の流れも穏やかで、ほぼ無音と言って差し支えないその場所はかえって不気味だった。

ゆっくりと覗き込む。


……人が倒れていた。

一目ですぐわかった。
赤いマフラーが見えたのだ。

足や腕は肌が露出してところどころ内出血で青くなっていた。
身体は服で隠れて見えなかったが、この服の乱れを見ると何度殴られたかわからない。

そして、顔は歪んでいた。
右側の上唇がめくれて、歯が見えていた。
頭蓋骨が一部歪んで、顔の形が歪に見える。

吐き気が込み上げてくる。

必死で耐えた。
外だから。トイレがないから。
路上で吐くわけにはいかないと思って我慢した。

涙が溢れてきた。
私が何をしただろう。
……もしも天罰だというのなら、私の犯した罪を教えてほしい。

もう散々だ。
何かが変わるなら、なんでもいい。
私は乱暴にコートから懐中時計を引っこ抜き、リューズに手をかける。

そして思いっきりひいた。

【カチリ】

途端に音が消えた。

そしてさっきまでの吐き気が、嫌悪感が、悲しみが、怒りが、嘘のように消え去った。

時計の針が左向きに回り出す。

カチリ、カチリと1秒ずつ。
ゆっくりと時を戻すのだ。

……本当に戻っている。
驚きもあったが何故かとても冷静だった。

私も少しずつさっきまで座っていた場所に戻っていく。
歩いていないのに不思議な感覚だ。

そして。
不良たちが後ろ歩きに橋の下まで戻っていく。

……助けるべきだ。

真っ先に思った。

でも、あの不良たちには敵わない。
きっと行っても共々殺される。

それにあの人が襲われる前に逃しても、ホームレスなら帰る場所がない。
どこにも逃すことができない。

私は目を閉じて、橋に背を向けた。

なら、もう1人の方を。
刺されたあの少年は、高校の制服を着ていた。

きっと帰る家がある。

あの子が助けに来る前に、あの道を通らないようにすれば。

きっと私たちは助かる。

「逃げてっ。」

そう言った少年の声が想起される。

助けてくれてありがとう。
今度は私が、あなたを助けるから。

カチリ。
カチリ。

時計はゆっくりと動き続ける。

……橋はどんどん、遠ざかっていった。





関連:旅路の果てに こんな夢を見た

2/5/2023, 1:21:07 PM

お題:溢れる気持ち

隙間から覗き込む太陽の光で目が覚めた。
まだ見慣れない天井が目の前に広がっている。

僕は今、一人暮らししていたアパートにヘリが墜落するという未だに夢か現実かわからない境遇に置かれている。
そのため、彼女の家に住み着いているのだった。

寝ぼけ眼を擦りながら普段着に着替え、リビングに行く。
と、ごとんっ!とすごい音がした。
どうも向こうも僕が住んでいることに慣れてないのか、ドアが開いた音に驚いたらしい。

「大丈夫?」

と聞くと、慌てた表情で彼女が言った。

「カメラが……。」

見ると彼女の足元にデジカメが落ちている。
彼女はばっと拾い上げると電源を入れようとした。

「……つかない。どうしよ……!ねぇ!」

珍しく彼女が動揺している。
その姿が妙におかしくて少しにやけてしまう。

「あー、新しいの買う?
最近のは性能上がってるらしいから、そんなのより綺麗なの撮れると思うよ。
……それよりそんな慌てるなんて珍しいね。」

最後まで言い終えて彼女の方を向いた時に、初めて彼女がこちらを睨んでいることに気がついた。

唖然としていると大股でこちらに近づく。

「そんなの……?
祐介にとってはどうでもいいのかもしれないけど、私にとっては……っ!」

すごい剣幕だった。
こんなこと今までになかった。

「でも、そのカメラ最近あんまり使ってなかったし……」

混乱した僕が必死に言い訳をすると、彼女は黙って僕を睨んだ。

「……なんなんだよ。
カメラ壊したのは海鈴でしょ!
なんで僕が責められるんだ!」

訳がわからなかった。
そもそもそのカメラがなんなのかなんて覚えてなかった。
なんかのタイミングで買っただけのカメラを、新しいの買うか、と提案しただけでなんで責められなきゃいけないんだ。

彼女に背を向け、玄関に向けて走り出す。
丁寧に並んでいる2足の靴のうち、僕の方を乱暴に履こうとする。

……上手く履けない。

「ああ、もう!」

自然と声が出た。
僕自身も、僕のこの溢れる気持ちがなんなのかよくわからなかった。

踵を潰して立ち上がる。
そして乱暴に玄関を開け放つと、全力で走り出したのだった。





関連:優しさ Kiss 逆光

2/4/2023, 2:43:19 PM

お題:Kiss

冬の日の夜中。
僕は冷たくなったドアノブに手をかけていた。

なかなか開ける勇気が出ない。
と言うのもこの家の主である彼女とは、喧嘩の真っ最中なのだった。

ひょんなことからアパートに住めなくなった僕は、彼女の家に泊まることになった。
が、本当にちょっとしたすれ違いによって朝っぱらから喧嘩。

僕はアパートを飛び出して、あろうことか授業もサボり、友人に叱責された挙句ここにいるのだった。

深呼吸をして心を落ち着かせる。
結局どうすればいいかわからずにここにきてしまった。

彼女はきっと怒っているだろう。
僕を責め立てるだろう。
……謝って許してもらえるのだろうか。

考えても答えは出なかった。

でも、覚悟は決めた。

ゆっくりとドアを開ける。
部屋の中は明るかった。

気まずさから声を上げずゆっくりとリビングへ移動する。

彼女は部屋の隅にいた。
膝を抱え小さくなっていた。

その体は、小さく震えていた。

……言葉が出なかった。
体勢の問題があるとはいえ、彼女の姿はとても小さく見えたのだ。

目の前で自分の腕を痛々しいほど掴み、嗚咽を漏らしてる。
部屋には食事の後もない。
……きっと、帰ってからずっとここで……。

ああ。
僕がやったんだな。

そう感じた。

自分の情けなさを認識した途端、体が動くようになった。
彼女に駆け寄り抱きしめる。

ごとん。と彼女の右手から何かが落ちた。
咄嗟にそちらの方を見る。

金色の懐中時計だった。
ガラスは割れて、中の針も歪んでしまっていた。
……動いていなかった。

「……ごめん。」

僕の声は掠れていた。
目の奥が熱かった。

「……我慢したんだ。私、我慢したの。」

彼女はポツリと呟く。
何も言わずに背中を撫でた。

それをきっかけに、彼女は堰を切ったように話し出す。

「また戻したら……っ、全部無くなっちゃうから……。
祐介と向き合うって決めたからっ!
う….うっ……だか……らっ!
我慢……できた……よ!」

彼女は真っ赤に腫れた目で顔を上げた。
口角を無理にあげて。
彼女は笑いながら言ったのだ。

彼女の腕が僕を包む。
その腕に力が入った。

強く抱きしめ合う。
少し痛かった。
きっと彼女もそう感じてると思う。

霞む視界で彼女を捕らえ、唇を合わせる。

ああ、なんて暖かくて。
心地いいんだろう。

落ち着いたら話し合おう。
僕の思ったことをちゃんと話すよ。

……だから、君が思ったことも聞かせて欲しいんだ。





関連:優しさ 溢れる気持ち

2/3/2023, 2:51:10 PM

お題:1000年先も

「佐川。地球ができたのはいつ頃だ?」
「えっ、わからないですよ。」

仕事のお昼休憩の時間。
週初の気だるげな空気の中、おにぎりを頬張った篠崎先輩が言った。

……篠崎先輩はたまによくわからないことを言い出す。

「46億年だそうだ。
アラビア数字になおすと4,600,000,000。」
「はぁ……?」
「そこから先カンブリア時代、古生代、中世代、新生代と時代は移ろっていくわけだ。
その中には様々な生き物が生まれては死に絶えていった。」

なるほど。
そこまで言われてようやく理解する。

篠崎先輩はとあるテレビ番組が好きなのだ。
金曜日の夜7時にやるその番組の名は、
【わくわく、深海生物の謎!】

おそらくその番組にやられたのだろう。

「そして、特に生き物が多かった古生代から新生代、いわゆる顕生代だな。その時代こそ……」
「篠崎さん、この話の結論ってなんですか?」
「……いや、特にない。」

話を切られたのが嫌だったのか、少しむすっとした顔で答えられた。
いや、でも正直興味がない話を永遠と聞きたくはない。

ただ少し申し訳なかったので話を振ってみる。

「正直その規模感の話じゃピンとこないですよ。
私なんて5年前のことさえ曖昧なのに。」
「じゃあ逆に5年先はどうだ?」

5年先……。
正直まったく想像できなかった。

残念ながら私にはこうなりたい、のような理想図があるわけじゃない。

悩んでいると、篠崎さんがにやけながら

「いや、むしろもっと先。1000年後。どうなってると思う?」

と聞いてきた。

「ちなみに1000年前は平安時代だ。せっかんせーじだ。」

平安時代から現代までの時代差。
……進化が凄まじすぎる。
多分私が平安時代の人間でも現在の様子はまったく想像できなかっただろう。

「近未来SFどころじゃなくてなんか……もっと科学技術が発展してむちゃくちゃすごくなってるんじゃないですか?」

悩んで答えたつもりが篠崎さんのツボにハマったらしい。
面白いなと言いながら声を出して笑っている。

答えろと言われたから答えたのに。
こちらが少しムッとしていると、ごめんごめんと謝りながら篠崎さんは言った。

「1000年先も人類がいるなんて、少し希望的観測すぎやしないか?」

2/3/2023, 4:18:16 AM

お題:勿忘草(わすれなぐさ)

学食で食べ終わった食器を戻し、振り返ると雄二が本を読んでいるのが見えた。
いつもは友人と一緒に昼をとってる姿をよく見るのでかなり珍しい。

「何読んでるの?」

声をかけると、本から目を離さずに

「ブレイブストーリー」

と答えた。
当然普段本を読まない僕は聞いたことのないタイトルだ。
ふーん、と上の空で返事をすると

「映画化もしたし、よかったら見てみろよ。」

と顔を上げた。
読書の邪魔をしたというのにその顔はにこやかだ。

ただ、正直見たことない作品を手に取るのは敷居が高い。
適当に話題を逸らそうと手元を見てみると、テーブルに置いてある栞が気になった。

「この栞、おしゃれだね。」

青っぽい小さな花がきれいにラミネートされている、薄いピンクのしおりだった。
いかにも手作り感のあるそのしおりについて、雄二は事も無げに

「元カノにもらった。」

と言う。

ついでのように
別れる時だったかな。
とも付け足した。

元カノにもらった栞か。
正直あまり女性経験のない僕はそれが普通かわからない。
けれど、僕が同じ立場だったら……きっと使わないな。

「こういうちゃんとした栞持ってなくて重宝してんだ。」
「そういうもんなのか……。」

しおりについている小さな花を見つめる。
これを送った人は雄二のことを思って花を摘み、ラミネートしたのだろう。

そう思っているとあることを思い出した。
少しにやけ気味に僕は口を開く。

「そういえば別れる男に花の名前を……みたいな話あったよね。」
「花は毎年咲きますってやつ?でもこの花、俺知らねぇもん。」

知らない花渡しても仕方ないか。
なんかその子も報われないな。

名前も顔も知らぬ女の子に少し同情する。
しかし雄二ほどのコミュ力を持ってる奴がどうして別れるんだろう。

「そういえば、その子とはなんで別れたの?」

その言葉を聞いた途端、雄二は苦虫を噛み潰したような顔になった。

少しの沈黙。

なんだか居た堪れなくなって質問を撤回しようとした時、雄二が口を開いた。

「あー、なんでだっけ?忘れた。」

表情は変わらなかった。

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