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2/1/2023, 1:29:58 PM

お題:ブランコ


「お、公園だ。珍しいな、今時。」

彼女がふと横を向いて言った。

視線をそちらにやると、春の日差しに包まれた小さな公園がそこにはあった。
といってもあるのは小さなブランコと、あたりに咲くたんぽぽの花だけだ。

「珍しいね。最近見なくなったよなぁ。」

なんとはなしに返事をして歩いていると、視界の隅にいた彼女が消えた。
ん?と思って後ろを振り向くと、すでに彼女は公園に足を踏み入れていたのだった。

「え、どうしたの?」
「ちょっと遊んでいこう。」
「えー……、ご飯どうするのさ……。」

まったく、なんのために出かけたんだか。

彼女はずかずかと公園に入り、躊躇いなくブランコに腰掛けた。

「ジーパン。汚れるよ。」
「こんな面白そうなものを前に服の汚れなんて気になるか。」

ただ、小石が尻に当たって痛いな。
とぼやいた。

……僕たち今年で28なんだけどなぁ。
まあ本人が楽しそうならいいかぁ。

彼女はたまにすごく子供っぽいことがある。
なんというか、昔付き合っていた頃より感情豊かになった。

よく笑い、よく不機嫌になる。
笑う時も以前のお淑やかな笑みとは違う、無邪気な笑み。
その顔はきっと、大人になった証だ。

「お、いいこと思いついた!」

彼女は口の端をにっと歪めた。
嫌な予感がする。

「祐介、私の前に立って……いや、違うもう少し手前。そう。おっけー。」

目の前で棒立ちになった僕を見ながら、彼女はイタズラっぽく笑う。
そして地面を蹴った。

彼女を乗せたブランコはゆっくりと動き出す。
彼女が足を動かすたび、ブランコは徐々に大きく揺れていく。

そしてようやく彼女の体が目の前に来た時だった。

彼女の足が僕の腹を直撃する。

「あふっ。」
「あははははっ!」

小気味よい笑い声が遠ざかっていく。

「服汚れちゃっただろ!ご飯どうすんのさ?」
「カップ麺!」

再びこちらにきた足は、今度はちょんと触れる程度だった。

「なんかさ、いいよなぁ。ブランコ。ぶらぶら揺れるー。」

彼女が口ずさむ。

「祐介がー遠ざかるー、祐介がー近づくー。」
「楽しいのか?」
「楽しいよ、なんか昔の私達みたいじゃない?」

近づいて。
遠ざかって。

よっ。
と彼女はブランコを飛び降りた。
僕のすぐ隣に並ぶ。

「あー、こんな気分の時に吸うタバコは美味いだろうなぁ。」
「医者に1日2本までって言われてたでしょ。」
「ちぇっ、後1本かぁ。」

彼女は軽やかな足取りで公園を後にする。
もちろん僕も一緒にだ。

「あ、じゃあ祐介が粉薬飲んでる時に吸うことにするかな。
あの薬飲んでる時の祐介、顔が岩石系モンスターみたいで最高なんだよね。」
「……なんてやつだ。あの薬本当に苦いんだよ……。」

笑いながらきた道を引き返していく。

今日はなんだか、風が一段と暖かく感じた。

1/31/2023, 11:00:35 AM

お題:旅路の果てに

気が狂いそうなほどに時間が経った。

遠い昔の夢を見た。

「死ぬのは怖くないの。でも、たったひとつ。後悔がある。」

青白い顔。
今にも折れそうな体躯。

死人のような彼女は私にそう告げた。
掠れた声だった。

「私の命が潰えるはずのあの時、身代わりとなった彼を、助けたい。」

座るのがやっとのその身体は、しかし大きな意志を持ってベッドに根付いていた。

その顔を見て気づいたのだ。

ああ、きっと私は1番にはなれなかった。
彼女は心のどこかに、罪悪感と一握りの憧れを常に持ち合わせ、その想いを片時も離さずに私と過ごしていたのだ。

左回りに回る懐中時計。
空に還る雨雫。

動かぬ身体の中で目的を思い出した。

彼女の願いを叶えるのだ。
30年の月日をかけ、そのために私はここにいるのだ。

「あなたを愛していました。」

その答えが嘘であっても良い。


「行こう。」


口を動かした。
長らく言葉を発しなかった喉からは何も音は出なかった。

上から降る雨は私の頬を濡らす。

長い長い旅路の果てに。

行こう。

彼女を。
私の伴侶の願いを叶えるために……。





関連:時計の針

1/30/2023, 12:11:52 PM

お題:あなたに届けたい

「ごめん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」

春の陽気が抜けてきた、穏やかな昼過ぎ。
お昼を食べ終わると同時に付き合い始めたばかりの彼女がそう言ってきた。

「いいよ、どんなやつ?」

慣れたものでさらっと返す。
と言うのも、こんな形でおつかいを頼まれるのは初めてではない。
既に2回くらい経験している。
さて、今回はどんなおつかいなのか。

「ありがと。シャーペンの芯を買ってきて欲しいんだ。」
「シャーペンの芯?わかった。」

シャー芯であれば購買に売ってるはずだ。
と思っていたところに彼女が口を挟んだ。

「まって、隣町の商店街で買ってきて欲しいの。」

隣町の商店街?
自転車で片道15分くらいかかる場所だ。

「できれば3限の時間いっぱい使ってお願い。」
「う、うん。わかった。」
「0.5mmのHBでお願いできると嬉しいな。」

そう言いながら500円玉を僕に差し出す。

控えめに言って僕の彼女は不思議な人……だと思う。
ただ高校の時女子とあまり話してこなかったので、これが変なのか普通なのかよくわからない。

「大変なお願いしてごめんね、谷原くん。」

申し訳なさそうな顔を見ると、僕は頷くほかなかった。




シャツにじっとりと汗が滲む。
この時期でも自転車を走らせると暑くなるものだ。
自転車から降り、息を整えながら駐輪場に停める。

自転車を走らせている間考えていた。

彼女はなんでこんな遠いところまでおつかいを頼んだんだろうか。
嫌がらせ、と言うわけではない。と思う。
3限の間は授業中だと思うし、僕がいない間に何かというのもない。と思う。

あーでもない、こーでもないと上を向きながら考えていた時だった。

どんっ。と強い衝撃が身体に響いた。
ぶつかったのだ。

「す、すみません。」

つい反射でそういい、ぶつかった人に謝る。

「ごめんごめん。ちょっとスマホに夢中になっちゃっててさぁ。」

相手はヘラヘラしながらそんなことを言い、その後僕の顔を見てこう言った。

「あれ?同じ授業受けてる人?」

同じ授業受けてる人?と言われても1人で黙々と授業を受けてる僕には覚えがなかった。
というよりなんで覚えてるんだ?
別に話したことないと思うんだけど。

「あ、やっぱり。水曜2限の授業の時、いつも左後ろの端っこに座ってるっしょ?」
「……は、はい。そうです。」

その男は急に嬉しそうにやっぱりと言う。
なんなんだ、この距離感。
高校の時の友人にこんな奴はいなかった。

「あ、名前教えてよ。俺は雄二。」
「あっ…….ゆう……谷原。」
「よろしく。谷原くん。」

雄二くんはにこやかな笑顔をこちらに向けた。
……正直少し苦手だった。
なんでこんなに初対面の人に対してフレンドリーに接することができるんだろう。

「谷原くんこんな時間に何してんの?」
「う、うん。実はおつかい頼まれてて。」
「おつかい?誰に?」

彼女……とは言いたくなかった。
なんか恥ずかしい。
というかこの人に彼女の話をしてからかわれたりしたくなかった。

「友達に?」
「……それパシられてね?」

……たしかに。
あれ?パシられてんのかな。僕。

「何頼まれたんだ?」
「シャーペンの芯。」
「シャーペンの芯!?シャーペンの芯のために商店街!?」

そう、商店街。
確かに変だよね。

「……購買で買えばいいんじゃね?」
「う、うん。」
「……ん?ひょっとしていじめられてんのか?」
「いやいやいや、そうじゃないよ。別にそんな感じじゃないし、僕も嫌じゃないし……」

挙動不審になった僕を雄二くんはじーっと見つめ、静かに頷いた後、

「よし、俺も行く。」

と言った。




商店街の文房具屋の中は狭く、きつきつに商品が並んでいた。

「お、あったぞ。シャーペンの芯。」

雄二くんが指差す先にはシャー芯のコーナーがこぢんまりと存在していた。
僕は足早にHBのシャー芯を一つ掴むと、レジ打ちのおじさんのところに持って行く。

「200円。」

おじさんがこちらも見ずに言う。
手早く預かっていた500円をカルトンに放り込んだ。

おじさんが緩慢な動作でレジからお釣りを取り出す。
そして、机の下からなにかを取り出し一緒に僕に渡した。

……なんだ?
渡された物をよく見るとチョウチンアンコウがギョッとした目でこちらを見ている。
どうやらシールのようだ。
少しリアルな感じで気持ちが悪い。

「……?これなんですか?」
「いらない?」
「あ、いや。ありがとうございます。」

僕は受け取ったシールとシャー芯をポケットに詰め込む。
と、雄二くんが声を出した。

「おっちゃん。このシール何?」
「文房具買うと付いてくるシールだよ。本当は期間限定なんだけど、終わってからも余ってるから適当に配ってんのさ。」
「ほーん、なるほどなぁ。」

雄二くんはそれだけ言うと行こうぜ、と言って店を出た。
僕も慌ててついていく。

「まあわからんねぇけど、そのシールが欲しかったんかね。」
「う、うん。多分?」

文房具屋からでて駐輪場へと向かう。
僕は雄二くんの少し後ろを歩いていた。

……特に会話がない。
このいたたまれない沈黙はかなり辛い。
でも、こちらから言うことも何もないし……

話題を捻り出そうとしていたら駐輪場へついていた。
鍵を外し、じゃあこれでと足早に去ろうとした時に、雄二くんが口を開く。

「正直よくわからないけど、なんかいじめられてるっぽいなら相談してくれよ。
何か助けになれっかもしれないし。」
「……いや、本当に大丈夫。そんなんじゃないから。」

この場に長くいたくないと言う思いもあり、僕は雄二くんの話を受け流して自転車を漕ぎ始めた。




「シャーペンの芯と、これ。シール。」

彼女の前にそれぞれとお釣りを置く。
彼女は顔は一瞬驚きの表情になったが、その後喜びに溢れた。

「ありがとう。大変だったよね。」
「いや、そうでもないよ。」

キラキラした目でシールを見つめる彼女。
その目を見て僕は思った。

ああ、この顔を見るために僕は商店街に行ってきたんだな。
このシールを君に届けるために。

1/29/2023, 12:26:36 PM

お題:I LOVE…

「……は、異性意……の発達の段階として……性的嫌悪→同性愛的……子犬のような恋→恋愛と発展……」

夏場の教室。
蝉の音は一切聞こえず、エアコンの動くゴウンゴウンという音だけが響いている。

そんな中僕は船を漕いでいた。
一瞬意識が飛んでは授業の話に戻る。
ので、ろくに授業が頭に入らなかった。

原因は深夜にやっていたゲームのせいだ。
やめようと思った時にはいいところまで来てしまっていて、クリアまでやめられなくなってしまったのだ。
気づいたら朝の4時だった。
それでも授業に出れたんだから及第点は欲しいところ。

今日の授業では恋愛に関する話をしていそうだった。
恋愛への発展がどうとか。
恋愛。

僕には恋愛関係にある女性がいる。
付き合って1年と少しと言ったところだ。

「子犬がじゃれあうような……で、不安定……恋愛の段階まで発達させなければ……」

んんん……?
眠い頭で先ほどの言葉を反芻する。
つまり恋愛の段階として子犬がじゃれあうような段階があって、そこから結婚を見据えた恋愛みたいなものに行くってこと?

子犬がじゃれあうような段階。
僕たちはその段階を通過したのだろうか。
まだその段階なのだろうか。
恋愛への発達ってなんだろうか。

頭はどんどんぼーっとしていき、考えがまとまらない。
そもそも恋愛ってなんだろう。
愛するってどんな感じなんだろう。

僕は彼女を愛しているかと問われても、多分首を縦には振れないだろう。
彼女に恋をしているかも、自分にはわからない。

でも……

彼女に好意を持っていることは、真実であってほしいと願っている。
それがどんな種類のものであろうとも。



……夢を見た。
高校生の時。
彼女に初めて会った時。
笑い合った後、緊張しながら君は言ったんだ。

「私、あなたと同じ大学に行きたい。
……もし、もし同じ大学に行けたのなら。
私と、付き合ってくれませんか。」

1/29/2023, 4:27:53 AM

お題:街へ

「社員旅行か。悪くないと思う。ただ……」

私が出したA4ペラ1枚を読みながら篠崎さんは言う。

「2日目の自由行動、はまずいんじゃないか?コンセプトが合わない。」

今回の私に任された仕事。
それは社員同士の交流会だ。
コミュニケーションを図ることで仕事の効率を云々とのことだった。

篠崎さんはその薄っぺらな資料を私に返しながら言う。

「そこの自由行動さえ変えればあとは大丈夫だろ。提案資料自体はわかりやすいし。」

資料を受け取る。
自然と顔は下を向いていた。

「……あんまり気にするな。どうせ社内の企画だし、さして重要なものでもないよ。」
「そんなことでも私はできないんですよね。」

あー、いやだなぁ。
篠崎さんの前ではこういうの見せたくなかったのに。
目が潤んでくるのが分かる。
私は仕事ができない。
今の部署に配属されたのだってまるで仕事ができなかった私を篠崎さんに拾われたからだった。
結局部署を移動したところで私ができないことが変わるわけじゃない。
何やっても私はダメなんだ。

「あっ……あー、言いすぎたかな。ごめん。」

篠崎さんの困った声を聞いてますます惨めになる。
人に迷惑をかけるだけで何にもできない自分に嫌気がさす。

何も言えずに俯いている私の前で、少し考えた篠崎さんはよし。と一言呟くとフロアの端っこに向けて大きな声で言った。

「松井さん、ちょっとブックイベントの撤収のやつ行ってきます。佐川も借りてくんで。」
「ん?まだちょっと早いだろ。……まあいいけどよ。」

松井さんは少し呆れたような笑顔で気をつけて行ってきな。と言った。




街の中心部、大型ショッピングモールの近くの裏道を2人で歩く。
この辺りは駅を中心に商店街が栄えていたが、時代の流れからか今はシャッター街になっていた。
ショッピングモールに客を取られたのだろう。

そんな寂れた通りの中、なぜかまだ残っているタバコ屋の前で篠崎さんは止まった。
おばちゃんからタバコを一箱買い、一本咥えて火をつける。
そして深呼吸するように煙を吐いたあと、私の方を向く。

「私がうまくいかない時は街に出るんだ。中で詰まってるより気分が晴れる。」

それに、タバコも吸えるしな。

言い終えると一旦タバコを口元に持ってくる。
先端がジリジリと削れていく。

「私も吸ってみたいです。」

そんな私の言葉に、笑いながらフーッと息を吐く。

「分煙進んでるから喫煙者は肩身狭いぞ?」
「じゃあ篠崎さんはなんで吸い始めたんですか?」
「あー、私かぁ……。まあ色々あってさ。」

苦笑いしながら篠崎さんは呟く。
赤い灰皿に灰を落としながら篠崎さんは続ける。

「それよりさ、私が外に連れ出した意味。実はもう一つあるんだよ。」
「……?肉体労働のお手伝いですか?」

篠崎さんは指を左右に振りながら違う違うと言う。

「まあそれもある。けど、それだけじゃない。
提案に詰まってるんだろ?
この仕事、企画を書くことが多いから私もよく詰まるんだ。
そんな時に街中で生きてる人を見るんだ。」

ここ、人いないですけど……。とは言えなかった。

「この街は生きてる。
いろんな人がそれぞれ目的を持って歩いてる。
そんな中から思いつくものがあるんだよ。」

篠崎さんは明後日の方を見ながら言う。

「えー、ほんとですかぁ?」
「本当だよ、マジだ、マジ。」

そんなことでうまくいくなんてあんまり思わなかったけど、篠崎さんのニヤッとした顔を見て余計なことは言わないでおこうと決める。

「じゃあ篠崎さんは今日、何か思いついたことありますか?」
「私か。」

少し考えた後、灰を落として言った。

「人生ってうまくいかなくてもやり直せないんだよなぁって思ってた。」
「なんですかそれ。」

変な回答が返ってきて思わず笑ってしまう。
篠崎さんはこちらはあまり気にならないのか、自分に問いかけるように言葉を紡ぐ。

「学生の頃、たまにこのあたりに来たんだ。
その頃はなんとなくその生活が続いて、なんだかんだうまくいくんだって信じてた。」

次の言葉は返ってこない。
タバコの煙は、暖かな春空に消えていく。

しばらくして、篠崎さんは手に持ったタバコを灰皿で潰し私の方を向き直った。

「さっき、人生がやり直せないって言ったよな。」
「はい、言ってました。」

実はな。と前置きをして篠崎さんは続ける。

「私はできたんだよ。昔にね。」

その目はどこか虚だった。

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