のの

Open App

お題:あなたに届けたい

「ごめん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」

春の陽気が抜けてきた、穏やかな昼過ぎ。
お昼を食べ終わると同時に付き合い始めたばかりの彼女がそう言ってきた。

「いいよ、どんなやつ?」

慣れたものでさらっと返す。
と言うのも、こんな形でおつかいを頼まれるのは初めてではない。
既に2回くらい経験している。
さて、今回はどんなおつかいなのか。

「ありがと。シャーペンの芯を買ってきて欲しいんだ。」
「シャーペンの芯?わかった。」

シャー芯であれば購買に売ってるはずだ。
と思っていたところに彼女が口を挟んだ。

「まって、隣町の商店街で買ってきて欲しいの。」

隣町の商店街?
自転車で片道15分くらいかかる場所だ。

「できれば3限の時間いっぱい使ってお願い。」
「う、うん。わかった。」
「0.5mmのHBでお願いできると嬉しいな。」

そう言いながら500円玉を僕に差し出す。

控えめに言って僕の彼女は不思議な人……だと思う。
ただ高校の時女子とあまり話してこなかったので、これが変なのか普通なのかよくわからない。

「大変なお願いしてごめんね、谷原くん。」

申し訳なさそうな顔を見ると、僕は頷くほかなかった。




シャツにじっとりと汗が滲む。
この時期でも自転車を走らせると暑くなるものだ。
自転車から降り、息を整えながら駐輪場に停める。

自転車を走らせている間考えていた。

彼女はなんでこんな遠いところまでおつかいを頼んだんだろうか。
嫌がらせ、と言うわけではない。と思う。
3限の間は授業中だと思うし、僕がいない間に何かというのもない。と思う。

あーでもない、こーでもないと上を向きながら考えていた時だった。

どんっ。と強い衝撃が身体に響いた。
ぶつかったのだ。

「す、すみません。」

つい反射でそういい、ぶつかった人に謝る。

「ごめんごめん。ちょっとスマホに夢中になっちゃっててさぁ。」

相手はヘラヘラしながらそんなことを言い、その後僕の顔を見てこう言った。

「あれ?同じ授業受けてる人?」

同じ授業受けてる人?と言われても1人で黙々と授業を受けてる僕には覚えがなかった。
というよりなんで覚えてるんだ?
別に話したことないと思うんだけど。

「あ、やっぱり。水曜2限の授業の時、いつも左後ろの端っこに座ってるっしょ?」
「……は、はい。そうです。」

その男は急に嬉しそうにやっぱりと言う。
なんなんだ、この距離感。
高校の時の友人にこんな奴はいなかった。

「あ、名前教えてよ。俺は雄二。」
「あっ…….ゆう……谷原。」
「よろしく。谷原くん。」

雄二くんはにこやかな笑顔をこちらに向けた。
……正直少し苦手だった。
なんでこんなに初対面の人に対してフレンドリーに接することができるんだろう。

「谷原くんこんな時間に何してんの?」
「う、うん。実はおつかい頼まれてて。」
「おつかい?誰に?」

彼女……とは言いたくなかった。
なんか恥ずかしい。
というかこの人に彼女の話をしてからかわれたりしたくなかった。

「友達に?」
「……それパシられてね?」

……たしかに。
あれ?パシられてんのかな。僕。

「何頼まれたんだ?」
「シャーペンの芯。」
「シャーペンの芯!?シャーペンの芯のために商店街!?」

そう、商店街。
確かに変だよね。

「……購買で買えばいいんじゃね?」
「う、うん。」
「……ん?ひょっとしていじめられてんのか?」
「いやいやいや、そうじゃないよ。別にそんな感じじゃないし、僕も嫌じゃないし……」

挙動不審になった僕を雄二くんはじーっと見つめ、静かに頷いた後、

「よし、俺も行く。」

と言った。




商店街の文房具屋の中は狭く、きつきつに商品が並んでいた。

「お、あったぞ。シャーペンの芯。」

雄二くんが指差す先にはシャー芯のコーナーがこぢんまりと存在していた。
僕は足早にHBのシャー芯を一つ掴むと、レジ打ちのおじさんのところに持って行く。

「200円。」

おじさんがこちらも見ずに言う。
手早く預かっていた500円をカルトンに放り込んだ。

おじさんが緩慢な動作でレジからお釣りを取り出す。
そして、机の下からなにかを取り出し一緒に僕に渡した。

……なんだ?
渡された物をよく見るとチョウチンアンコウがギョッとした目でこちらを見ている。
どうやらシールのようだ。
少しリアルな感じで気持ちが悪い。

「……?これなんですか?」
「いらない?」
「あ、いや。ありがとうございます。」

僕は受け取ったシールとシャー芯をポケットに詰め込む。
と、雄二くんが声を出した。

「おっちゃん。このシール何?」
「文房具買うと付いてくるシールだよ。本当は期間限定なんだけど、終わってからも余ってるから適当に配ってんのさ。」
「ほーん、なるほどなぁ。」

雄二くんはそれだけ言うと行こうぜ、と言って店を出た。
僕も慌ててついていく。

「まあわからんねぇけど、そのシールが欲しかったんかね。」
「う、うん。多分?」

文房具屋からでて駐輪場へと向かう。
僕は雄二くんの少し後ろを歩いていた。

……特に会話がない。
このいたたまれない沈黙はかなり辛い。
でも、こちらから言うことも何もないし……

話題を捻り出そうとしていたら駐輪場へついていた。
鍵を外し、じゃあこれでと足早に去ろうとした時に、雄二くんが口を開く。

「正直よくわからないけど、なんかいじめられてるっぽいなら相談してくれよ。
何か助けになれっかもしれないし。」
「……いや、本当に大丈夫。そんなんじゃないから。」

この場に長くいたくないと言う思いもあり、僕は雄二くんの話を受け流して自転車を漕ぎ始めた。




「シャーペンの芯と、これ。シール。」

彼女の前にそれぞれとお釣りを置く。
彼女は顔は一瞬驚きの表情になったが、その後喜びに溢れた。

「ありがとう。大変だったよね。」
「いや、そうでもないよ。」

キラキラした目でシールを見つめる彼女。
その目を見て僕は思った。

ああ、この顔を見るために僕は商店街に行ってきたんだな。
このシールを君に届けるために。

1/30/2023, 12:11:52 PM