のの

Open App
1/28/2023, 12:39:09 AM

お題:優しさ

僕の学校には各所にベンチが置いてある。
普段座ってる人を見たことがないそのベンチで、僕はオリオン座を眺めていた。
今日のような冷える夜は星がよく見える。

なぜこんなことになっているか。
帰るに帰れないのだ。

先日とある事情で一人暮らししていたアパートから追い出され、彼女の家に住んでいた。
そんな状況での彼女との喧嘩。
家を飛び出したのはいいものの帰りづらく、ベンチで呆然としているのだった。

「お、祐介そんなとこで何してんの?」
「……。」

顔を上げると雄二が立っていた。

「2限と3限来なかったろ。珍しいな。」
「……なんかちょっと具合悪くてさ。」

雄二の方を見ずに呟くようにいう。
すると雄二は笑って言った。

「篠崎さんと喧嘩したんだろ?本人から聞いた。」

顔が広いのはこういう時に厄介だ。
大きくため息をついて雄二の方を向く。

「そうだよ。喧嘩。くだらないでしょ。」
「2限の授業の時、篠崎さん落ち込んでたぞ。お前らちゃんと話し合えよ。」

僕の話に割って入るように雄二が言う。
……上から目線で言うなよ。イライラする。

「……わかったよ。考えとく。それじゃ、僕行くから。」
「待てよ。逃げるなよ。」

背中から雄二の声が聞こえる。

「伝えなきゃわからないこともあるだろ。」

いちいち癇に障るやつ。
体が熱くなるのを感じた。

「なら言わせてもらうよ。」

僕は雄二に向き直る。

「お前はさ、僕以外にもたくさん友達いて、モテて、認められて、幸せそうなやつだよな。
そんなやつにいちいち上から目線で高説垂れ流されてもな。
何一つ不自由のないお前なんかと一緒にするなよ。
迷惑なんだ。」

雄二は表情ひとつ変えない。
一言も喋ることもない。
その目は真っ直ぐに僕を見つめる。

「喧嘩なんてくだらないだろ。
こいつらまだこんなことやってんのかって見下してんだろ。
悪かったな、まだまだお子様で。
お前にはわからねぇよ。」

息があがる。
疲弊した頭の片隅で、とんでもないことをした、友人を失うのか。と他人事のように思っていた。

沈黙が続いた。
周りの音は何も聞こえず、聞こえるものといえば僕の荒い息くらいだ。

しばらくして、雄二は少しため息をついた後に口を開いた。

「あのな、祐介。
別に俺はお前を見下してなんかいない。
よく聞けよ。」

「喧嘩なんて誰だってするんだ。
俺だっていろんなやつと衝突する。
でもな、その度に言葉にしないとわかんないんだよ。
何が嫌だったのかお互いに言い合って、理解し合おうとする。
お互いが譲り合って一緒にいようとする。
それが人間なんだ。」

普通のことなんだ。
雄二はそう言った。

「まあ俺は恵まれてるけど、不自由ないってことはないぜ。
今回みたいなことがあるたびに悩んで、衝突して、理解し合おうとしての繰り返しだ。
だから祐介。篠崎さんと話してやれよ。」
「……。」

少し驚いた。
今までこんなことになって動じないやつは見なかったからだ。
みんな嫌われないように、上辺だけで話していると思っていた。
……もちろん、僕もだ。

「……お前、すごいな。」
「ん?なんだ、褒めても何もやらんぞ?」

雄二は少し笑って言った。
その笑顔でさっきまであった緊張感が和らいだ気がした。

「……ありがとう。ちょっとやってみる。」

少し目を逸らして雄二に言う。
すると雄二は

「おう、頑張れよ。」

と言って、あっさりと背を向け去って行く。
背中は遠ざかっていき、いつしか夜の闇に紛れ見えなくなっていた。

雄二。
僕はやっぱりお前みたいに全部持ってるやつにどうこう言われるのはイライラするし、悲しくなる。
……でも、少し頑張ってみるよ。
少しはお前に近づけるように。

顔を上げると、電灯さえない真っ暗な道が視界に広がる。
僕は大きく息を吸い込むと、その道を歩き始めた。





関連:Kiss 溢れる気持ち

1/26/2023, 2:46:15 PM

お題:ミッドナイト

「ここの道、出るらしいよ。」

助手席の彼女は呟くように言う。
時刻は夜の11:50。

遊園地ではしゃぎすぎてついつい閉園まで遊び尽くした帰り道だった。

「ちょうど0時。一台のバイクが追い越していくんだって。」
「バイク?」
「うん。それでそのバイクに乗ってる人はね。」

首がないんだって。

そう言うと、口の端を吊り上げた。

「僕が怖い話苦手なの知ってて言ってるでしょ。」

まったく。
悪戯を楽しむように笑う彼女を横目で見る。
さっきまでは疲れて仮眠をとってたので、少し元気そうなのは嬉しかった。
今の話もきっと長時間運転してる僕が眠くならないように話してくれたんだろう。
なんだかんだで優しいんだよなぁ。

……そういうことだよね?

「それでね、そのバイクちょうど0時に見られるから巷ではこう呼ばれてるらしいの。」

ミッドナイト・ライダーって。

呟く彼女を横目で見ると意地の悪い笑みが顔いっぱいに広がっていた。
そして僕の顔をみると、体をくの字に曲げてくつくつと笑い始めたのだった。

「そんなのでないって。そんなのでない。」

運転に集中する。
二車線の道路は閑散として、僕の車のヘッドライトだけが夜道を照らしていた。

時計を見ると11:57。
0時まで後少し……。

「出るわけない。そもそもどこの地点とかで出るわけでもないのにピンポイントで来るわけない。」

出ない。出ない。出ない。
ひたすら考えていたその時だった。

バックミラーに光が反射する。
その光は……ライト一つ分だった。

思わずブレーキを踏む。
減速した僕の車に構わず、そのバイクは僕の車の横を通り抜け……

そのまま走り去って行った。

「ふぅ……。」

のろのろと走る車の中で思い出す。
あのライダーが僕の車を追い越す時、その時の頭は。

あった。

普通の、実在する人だった。

もう一度ため息をついて彼女を見ると、ついに堪えられなくなったのか大声で笑い始める。

無気力に前を向く僕の視線の先では先ほどのバイクが米粒ほどの大きさになり、次第に消えて行った。

……まあよかった。
出会わなくて。本当に。

アクセルを入れると車がゆっくり加速する。
車が元のスピードに戻るくらいまでずっと、彼女は笑っていたのだった。

1/25/2023, 12:57:37 PM

お題:安心と不安

「コウモリ!」
「うむ……」

ごきぶりポーカーというゲームがある。
可愛らしい絵で描かれた害虫達を押し付け合うという割と悪趣味なカードゲームだ。

それぞれの忌み者のカードを名前と共に裏側で出し、本当か嘘かを当てるダウトに近いゲーム性を持っている。
詳細なルールは省くが、もちろんカードをたくさん貰ってしまうと負けてしまう。

今出されたカード、本当にコウモリかもしくは別の何かか……

「む……」

天井を仰ぐ。
もしここでコウモリをつかまされるとかなりピンチだ。
他ならまだ耐えられる……はず。
ここは安全策をとって……

「そのカードは……本当にコウモリだ」

その宣言に彼女は口の端をニッとあげ

「残念、カエルでした。」

とカードを表にしたのだった。




「はぁ……。」

コーヒーを飲んで一息つく。
あの後、結局同じようなことの繰り返しでカードを掴まされ、二進も三進も行かなくなり負けたのだった。

「私の勝ち。祐介はわかりやすいなぁ。」

勝った彼女はご機嫌でかなり饒舌だ。
この手のゲームでは彼女に勝てた試しがない。
……が、悔しいものは悔しい。

「結局、目先の不安を回避するために安全策ばかり講じるからそうなるの。少しはチャレンジしなきゃ。」

何事もそう。

彼女はそう付け足した。
何事もそう?
最悪を回避して何が悪いっていうんだ。

「それで取り返しのつかないことになりたくない。なんだってそうだ……」

言い終えるか否かのあたりで、彼女はハッとしたような表情を浮かべた。
よく見ると少し青ざめている。

咄嗟に下を向く。
何か悪いことを言ったかな。
でも僕の言ったことは何も間違ってない。
チャレンジすることも、その先の結果も、どうしたって怖いじゃないか。

沈黙に耐えかねて彼女の方を見ると、いつもの顔に戻っていた。
少し間をおいて彼女は言う。

「私も、臆病かも。祐介のこと言えないね。えへへ。」

彼女の持つカップは、少し震えていた。

1/24/2023, 12:36:13 PM

お題:逆光

蝉の鳴くうだるような夏の日のこと。
僕はデジカメを持った彼女と共に歩いていた。

僕らが通う大学から少ししたところに、大きな池のある公園がある。
そこは桜の名所なのだが、夏場はその木が木陰を作るため理想的な散歩コースなのだ。

そんなこんなで池の周りを歩いているが、彼女は一向に写真を撮らない。
デジカメを握りしめたまま僕と並んで歩くだけだった。

そろそろ3周目かなぁ。
僕は隣を見て言った。

「どうしたの?写真、撮らないの?」
「……うーん、あのさ。実はカメラ触ったことないの。」

首に下げたデジカメを撫でながら彼女は言った。

「でもせっかく祐介に貰ったなら、素敵な写真が撮りたいなって。それでパソコンで調べたの。」

写真の撮り方。
彼女は呟いた。

曰く調べた時に出てきた見本の写真たちに圧倒されたとのこと。
自信を無くしてしまったらしい。

「なんか、言葉にしづらいんだけど……すごく綺麗だった。」

日差しの元で足を止め、彼女は言う。
太陽が肌をジリジリと焼いた。

「まあ、あんまり考えずに撮ったらいいよ。」
「それができればね……。」

彼女が天を仰ぐ。
どんな表情をしてるのだろう。

「ほら、思い出でも撮れればって思って買ったやつだからさ。それ。僕たちが振り返って見れればいいんだよ。」

家電量販店の型落ち値引き品をプレゼントした罪悪感から、僕は早口でそう言った。

すると、空を見ていた彼女が突然こっちを見た。
握りしめたカメラをこちらに向け唐突にシャッターを切る。

パシャリ。

なぜか焚かれたフラッシュが少し眩しい。
太陽を背にしてるからだろうか。

カメラずらして顔を覗かせた彼女が少し悪戯っぽく笑う。

「なら、いろいろ撮ろうかな。最初の1枚、見せてあげる。」

カメラを操作している彼女は輝いて見えた。
そんな彼女の表情を見ると、余計に罪悪感が増す。
今度はちゃんと準備しよう。

「うーん……。」

しばらくカメラをいじっていた彼女は、スッとカメラを握り直した。

「見せてくれるんじゃなかったの?」

彼女は少し悩んだ後そっぽを向いた。

「もう少しいいの撮れたらにする。」

1/23/2023, 12:31:14 PM

お題:こんな夢を見た

僕は薄暗い細い路地を走っている。

えも言えぬ焦燥感がこみあげて無我夢中で走る。

息が上がってる。なのにあの肺が焼けそうな感覚がない。

不思議と走り続けることができる。

何から逃げているのか。そんなの決まってる。

僕を殺そうと、殺人鬼が追ってくるのだ。

だから必死に逃げる。

逃げるのだが……

結局追いつかれたのか覚えていないまま目が覚める。


今日の夢の話を終えたところで彼女がテレビから僕に視線を向けた。

「その夢、よく見るの?」
「よく……ではないけどそこそこ見るかも。」
「よく精神的に追い詰められてる時は追いかけられる夢見るって言うよね。」

コーヒーを飲みながら呟くように言う。

「追い詰められてるかぁ……」
「まあ確かに私の誕生日近いし、プレッシャーに感じてるのかも?」

その一言で、僕がまさにくちづけたカップが見事に停止する。
この反応じゃ忘れてることはバレてそうだ。

観念するように恐る恐る視線を向けると、彼女はイタズラっぽい笑みを浮かべ

「期待してるから。」

と言った。
バイトは……もうシフト入れちゃったから増やせないよなぁ。

「逆に追われる夢見たことないの?」

話を逸らそうと夢の話を振ってみた。
すると彼女は少し苦々しい顔をしながらあるよと言った。

「昔、1人で帰ってた時にさ。刃物持った男に襲われたの。怖くってさ。動けなくてもう死んじゃうって時に、男の子に助けてもらったんだ。」

明後日の方を向きながら彼女は言う。

「でもね、その男の子死んじゃったの。」

彼女は舌をべっと出した。





関連:逆光

Next