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お題:優しさ

僕の学校には各所にベンチが置いてある。
普段座ってる人を見たことがないそのベンチで、僕はオリオン座を眺めていた。
今日のような冷える夜は星がよく見える。

なぜこんなことになっているか。
帰るに帰れないのだ。

先日とある事情で一人暮らししていたアパートから追い出され、彼女の家に住んでいた。
そんな状況での彼女との喧嘩。
家を飛び出したのはいいものの帰りづらく、ベンチで呆然としているのだった。

「お、祐介そんなとこで何してんの?」
「……。」

顔を上げると雄二が立っていた。

「2限と3限来なかったろ。珍しいな。」
「……なんかちょっと具合悪くてさ。」

雄二の方を見ずに呟くようにいう。
すると雄二は笑って言った。

「篠崎さんと喧嘩したんだろ?本人から聞いた。」

顔が広いのはこういう時に厄介だ。
大きくため息をついて雄二の方を向く。

「そうだよ。喧嘩。くだらないでしょ。」
「2限の授業の時、篠崎さん落ち込んでたぞ。お前らちゃんと話し合えよ。」

僕の話に割って入るように雄二が言う。
……上から目線で言うなよ。イライラする。

「……わかったよ。考えとく。それじゃ、僕行くから。」
「待てよ。逃げるなよ。」

背中から雄二の声が聞こえる。

「伝えなきゃわからないこともあるだろ。」

いちいち癇に障るやつ。
体が熱くなるのを感じた。

「なら言わせてもらうよ。」

僕は雄二に向き直る。

「お前はさ、僕以外にもたくさん友達いて、モテて、認められて、幸せそうなやつだよな。
そんなやつにいちいち上から目線で高説垂れ流されてもな。
何一つ不自由のないお前なんかと一緒にするなよ。
迷惑なんだ。」

雄二は表情ひとつ変えない。
一言も喋ることもない。
その目は真っ直ぐに僕を見つめる。

「喧嘩なんてくだらないだろ。
こいつらまだこんなことやってんのかって見下してんだろ。
悪かったな、まだまだお子様で。
お前にはわからねぇよ。」

息があがる。
疲弊した頭の片隅で、とんでもないことをした、友人を失うのか。と他人事のように思っていた。

沈黙が続いた。
周りの音は何も聞こえず、聞こえるものといえば僕の荒い息くらいだ。

しばらくして、雄二は少しため息をついた後に口を開いた。

「あのな、祐介。
別に俺はお前を見下してなんかいない。
よく聞けよ。」

「喧嘩なんて誰だってするんだ。
俺だっていろんなやつと衝突する。
でもな、その度に言葉にしないとわかんないんだよ。
何が嫌だったのかお互いに言い合って、理解し合おうとする。
お互いが譲り合って一緒にいようとする。
それが人間なんだ。」

普通のことなんだ。
雄二はそう言った。

「まあ俺は恵まれてるけど、不自由ないってことはないぜ。
今回みたいなことがあるたびに悩んで、衝突して、理解し合おうとしての繰り返しだ。
だから祐介。篠崎さんと話してやれよ。」
「……。」

少し驚いた。
今までこんなことになって動じないやつは見なかったからだ。
みんな嫌われないように、上辺だけで話していると思っていた。
……もちろん、僕もだ。

「……お前、すごいな。」
「ん?なんだ、褒めても何もやらんぞ?」

雄二は少し笑って言った。
その笑顔でさっきまであった緊張感が和らいだ気がした。

「……ありがとう。ちょっとやってみる。」

少し目を逸らして雄二に言う。
すると雄二は

「おう、頑張れよ。」

と言って、あっさりと背を向け去って行く。
背中は遠ざかっていき、いつしか夜の闇に紛れ見えなくなっていた。

雄二。
僕はやっぱりお前みたいに全部持ってるやつにどうこう言われるのはイライラするし、悲しくなる。
……でも、少し頑張ってみるよ。
少しはお前に近づけるように。

顔を上げると、電灯さえない真っ暗な道が視界に広がる。
僕は大きく息を吸い込むと、その道を歩き始めた。





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1/28/2023, 12:39:09 AM