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お題:街へ

「社員旅行か。悪くないと思う。ただ……」

私が出したA4ペラ1枚を読みながら篠崎さんは言う。

「2日目の自由行動、はまずいんじゃないか?コンセプトが合わない。」

今回の私に任された仕事。
それは社員同士の交流会だ。
コミュニケーションを図ることで仕事の効率を云々とのことだった。

篠崎さんはその薄っぺらな資料を私に返しながら言う。

「そこの自由行動さえ変えればあとは大丈夫だろ。提案資料自体はわかりやすいし。」

資料を受け取る。
自然と顔は下を向いていた。

「……あんまり気にするな。どうせ社内の企画だし、さして重要なものでもないよ。」
「そんなことでも私はできないんですよね。」

あー、いやだなぁ。
篠崎さんの前ではこういうの見せたくなかったのに。
目が潤んでくるのが分かる。
私は仕事ができない。
今の部署に配属されたのだってまるで仕事ができなかった私を篠崎さんに拾われたからだった。
結局部署を移動したところで私ができないことが変わるわけじゃない。
何やっても私はダメなんだ。

「あっ……あー、言いすぎたかな。ごめん。」

篠崎さんの困った声を聞いてますます惨めになる。
人に迷惑をかけるだけで何にもできない自分に嫌気がさす。

何も言えずに俯いている私の前で、少し考えた篠崎さんはよし。と一言呟くとフロアの端っこに向けて大きな声で言った。

「松井さん、ちょっとブックイベントの撤収のやつ行ってきます。佐川も借りてくんで。」
「ん?まだちょっと早いだろ。……まあいいけどよ。」

松井さんは少し呆れたような笑顔で気をつけて行ってきな。と言った。




街の中心部、大型ショッピングモールの近くの裏道を2人で歩く。
この辺りは駅を中心に商店街が栄えていたが、時代の流れからか今はシャッター街になっていた。
ショッピングモールに客を取られたのだろう。

そんな寂れた通りの中、なぜかまだ残っているタバコ屋の前で篠崎さんは止まった。
おばちゃんからタバコを一箱買い、一本咥えて火をつける。
そして深呼吸するように煙を吐いたあと、私の方を向く。

「私がうまくいかない時は街に出るんだ。中で詰まってるより気分が晴れる。」

それに、タバコも吸えるしな。

言い終えると一旦タバコを口元に持ってくる。
先端がジリジリと削れていく。

「私も吸ってみたいです。」

そんな私の言葉に、笑いながらフーッと息を吐く。

「分煙進んでるから喫煙者は肩身狭いぞ?」
「じゃあ篠崎さんはなんで吸い始めたんですか?」
「あー、私かぁ……。まあ色々あってさ。」

苦笑いしながら篠崎さんは呟く。
赤い灰皿に灰を落としながら篠崎さんは続ける。

「それよりさ、私が外に連れ出した意味。実はもう一つあるんだよ。」
「……?肉体労働のお手伝いですか?」

篠崎さんは指を左右に振りながら違う違うと言う。

「まあそれもある。けど、それだけじゃない。
提案に詰まってるんだろ?
この仕事、企画を書くことが多いから私もよく詰まるんだ。
そんな時に街中で生きてる人を見るんだ。」

ここ、人いないですけど……。とは言えなかった。

「この街は生きてる。
いろんな人がそれぞれ目的を持って歩いてる。
そんな中から思いつくものがあるんだよ。」

篠崎さんは明後日の方を見ながら言う。

「えー、ほんとですかぁ?」
「本当だよ、マジだ、マジ。」

そんなことでうまくいくなんてあんまり思わなかったけど、篠崎さんのニヤッとした顔を見て余計なことは言わないでおこうと決める。

「じゃあ篠崎さんは今日、何か思いついたことありますか?」
「私か。」

少し考えた後、灰を落として言った。

「人生ってうまくいかなくてもやり直せないんだよなぁって思ってた。」
「なんですかそれ。」

変な回答が返ってきて思わず笑ってしまう。
篠崎さんはこちらはあまり気にならないのか、自分に問いかけるように言葉を紡ぐ。

「学生の頃、たまにこのあたりに来たんだ。
その頃はなんとなくその生活が続いて、なんだかんだうまくいくんだって信じてた。」

次の言葉は返ってこない。
タバコの煙は、暖かな春空に消えていく。

しばらくして、篠崎さんは手に持ったタバコを灰皿で潰し私の方を向き直った。

「さっき、人生がやり直せないって言ったよな。」
「はい、言ってました。」

実はな。と前置きをして篠崎さんは続ける。

「私はできたんだよ。昔にね。」

その目はどこか虚だった。

1/29/2023, 4:27:53 AM