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お題:ブランコ


「お、公園だ。珍しいな、今時。」

彼女がふと横を向いて言った。

視線をそちらにやると、春の日差しに包まれた小さな公園がそこにはあった。
といってもあるのは小さなブランコと、あたりに咲くたんぽぽの花だけだ。

「珍しいね。最近見なくなったよなぁ。」

なんとはなしに返事をして歩いていると、視界の隅にいた彼女が消えた。
ん?と思って後ろを振り向くと、すでに彼女は公園に足を踏み入れていたのだった。

「え、どうしたの?」
「ちょっと遊んでいこう。」
「えー……、ご飯どうするのさ……。」

まったく、なんのために出かけたんだか。

彼女はずかずかと公園に入り、躊躇いなくブランコに腰掛けた。

「ジーパン。汚れるよ。」
「こんな面白そうなものを前に服の汚れなんて気になるか。」

ただ、小石が尻に当たって痛いな。
とぼやいた。

……僕たち今年で28なんだけどなぁ。
まあ本人が楽しそうならいいかぁ。

彼女はたまにすごく子供っぽいことがある。
なんというか、昔付き合っていた頃より感情豊かになった。

よく笑い、よく不機嫌になる。
笑う時も以前のお淑やかな笑みとは違う、無邪気な笑み。
その顔はきっと、大人になった証だ。

「お、いいこと思いついた!」

彼女は口の端をにっと歪めた。
嫌な予感がする。

「祐介、私の前に立って……いや、違うもう少し手前。そう。おっけー。」

目の前で棒立ちになった僕を見ながら、彼女はイタズラっぽく笑う。
そして地面を蹴った。

彼女を乗せたブランコはゆっくりと動き出す。
彼女が足を動かすたび、ブランコは徐々に大きく揺れていく。

そしてようやく彼女の体が目の前に来た時だった。

彼女の足が僕の腹を直撃する。

「あふっ。」
「あははははっ!」

小気味よい笑い声が遠ざかっていく。

「服汚れちゃっただろ!ご飯どうすんのさ?」
「カップ麺!」

再びこちらにきた足は、今度はちょんと触れる程度だった。

「なんかさ、いいよなぁ。ブランコ。ぶらぶら揺れるー。」

彼女が口ずさむ。

「祐介がー遠ざかるー、祐介がー近づくー。」
「楽しいのか?」
「楽しいよ、なんか昔の私達みたいじゃない?」

近づいて。
遠ざかって。

よっ。
と彼女はブランコを飛び降りた。
僕のすぐ隣に並ぶ。

「あー、こんな気分の時に吸うタバコは美味いだろうなぁ。」
「医者に1日2本までって言われてたでしょ。」
「ちぇっ、後1本かぁ。」

彼女は軽やかな足取りで公園を後にする。
もちろん僕も一緒にだ。

「あ、じゃあ祐介が粉薬飲んでる時に吸うことにするかな。
あの薬飲んでる時の祐介、顔が岩石系モンスターみたいで最高なんだよね。」
「……なんてやつだ。あの薬本当に苦いんだよ……。」

笑いながらきた道を引き返していく。

今日はなんだか、風が一段と暖かく感じた。

2/1/2023, 1:29:58 PM