お題:勿忘草(わすれなぐさ)
学食で食べ終わった食器を戻し、振り返ると雄二が本を読んでいるのが見えた。
いつもは友人と一緒に昼をとってる姿をよく見るのでかなり珍しい。
「何読んでるの?」
声をかけると、本から目を離さずに
「ブレイブストーリー」
と答えた。
当然普段本を読まない僕は聞いたことのないタイトルだ。
ふーん、と上の空で返事をすると
「映画化もしたし、よかったら見てみろよ。」
と顔を上げた。
読書の邪魔をしたというのにその顔はにこやかだ。
ただ、正直見たことない作品を手に取るのは敷居が高い。
適当に話題を逸らそうと手元を見てみると、テーブルに置いてある栞が気になった。
「この栞、おしゃれだね。」
青っぽい小さな花がきれいにラミネートされている、薄いピンクのしおりだった。
いかにも手作り感のあるそのしおりについて、雄二は事も無げに
「元カノにもらった。」
と言う。
ついでのように
別れる時だったかな。
とも付け足した。
元カノにもらった栞か。
正直あまり女性経験のない僕はそれが普通かわからない。
けれど、僕が同じ立場だったら……きっと使わないな。
「こういうちゃんとした栞持ってなくて重宝してんだ。」
「そういうもんなのか……。」
しおりについている小さな花を見つめる。
これを送った人は雄二のことを思って花を摘み、ラミネートしたのだろう。
そう思っているとあることを思い出した。
少しにやけ気味に僕は口を開く。
「そういえば別れる男に花の名前を……みたいな話あったよね。」
「花は毎年咲きますってやつ?でもこの花、俺知らねぇもん。」
知らない花渡しても仕方ないか。
なんかその子も報われないな。
名前も顔も知らぬ女の子に少し同情する。
しかし雄二ほどのコミュ力を持ってる奴がどうして別れるんだろう。
「そういえば、その子とはなんで別れたの?」
その言葉を聞いた途端、雄二は苦虫を噛み潰したような顔になった。
少しの沈黙。
なんだか居た堪れなくなって質問を撤回しようとした時、雄二が口を開いた。
「あー、なんでだっけ?忘れた。」
表情は変わらなかった。
2/3/2023, 4:18:16 AM