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2/3/2023, 2:51:10 PM

お題:1000年先も

「佐川。地球ができたのはいつ頃だ?」
「えっ、わからないですよ。」

仕事のお昼休憩の時間。
週初の気だるげな空気の中、おにぎりを頬張った篠崎先輩が言った。

……篠崎先輩はたまによくわからないことを言い出す。

「46億年だそうだ。
アラビア数字になおすと4,600,000,000。」
「はぁ……?」
「そこから先カンブリア時代、古生代、中世代、新生代と時代は移ろっていくわけだ。
その中には様々な生き物が生まれては死に絶えていった。」

なるほど。
そこまで言われてようやく理解する。

篠崎先輩はとあるテレビ番組が好きなのだ。
金曜日の夜7時にやるその番組の名は、
【わくわく、深海生物の謎!】

おそらくその番組にやられたのだろう。

「そして、特に生き物が多かった古生代から新生代、いわゆる顕生代だな。その時代こそ……」
「篠崎さん、この話の結論ってなんですか?」
「……いや、特にない。」

話を切られたのが嫌だったのか、少しむすっとした顔で答えられた。
いや、でも正直興味がない話を永遠と聞きたくはない。

ただ少し申し訳なかったので話を振ってみる。

「正直その規模感の話じゃピンとこないですよ。
私なんて5年前のことさえ曖昧なのに。」
「じゃあ逆に5年先はどうだ?」

5年先……。
正直まったく想像できなかった。

残念ながら私にはこうなりたい、のような理想図があるわけじゃない。

悩んでいると、篠崎さんがにやけながら

「いや、むしろもっと先。1000年後。どうなってると思う?」

と聞いてきた。

「ちなみに1000年前は平安時代だ。せっかんせーじだ。」

平安時代から現代までの時代差。
……進化が凄まじすぎる。
多分私が平安時代の人間でも現在の様子はまったく想像できなかっただろう。

「近未来SFどころじゃなくてなんか……もっと科学技術が発展してむちゃくちゃすごくなってるんじゃないですか?」

悩んで答えたつもりが篠崎さんのツボにハマったらしい。
面白いなと言いながら声を出して笑っている。

答えろと言われたから答えたのに。
こちらが少しムッとしていると、ごめんごめんと謝りながら篠崎さんは言った。

「1000年先も人類がいるなんて、少し希望的観測すぎやしないか?」

2/3/2023, 4:18:16 AM

お題:勿忘草(わすれなぐさ)

学食で食べ終わった食器を戻し、振り返ると雄二が本を読んでいるのが見えた。
いつもは友人と一緒に昼をとってる姿をよく見るのでかなり珍しい。

「何読んでるの?」

声をかけると、本から目を離さずに

「ブレイブストーリー」

と答えた。
当然普段本を読まない僕は聞いたことのないタイトルだ。
ふーん、と上の空で返事をすると

「映画化もしたし、よかったら見てみろよ。」

と顔を上げた。
読書の邪魔をしたというのにその顔はにこやかだ。

ただ、正直見たことない作品を手に取るのは敷居が高い。
適当に話題を逸らそうと手元を見てみると、テーブルに置いてある栞が気になった。

「この栞、おしゃれだね。」

青っぽい小さな花がきれいにラミネートされている、薄いピンクのしおりだった。
いかにも手作り感のあるそのしおりについて、雄二は事も無げに

「元カノにもらった。」

と言う。

ついでのように
別れる時だったかな。
とも付け足した。

元カノにもらった栞か。
正直あまり女性経験のない僕はそれが普通かわからない。
けれど、僕が同じ立場だったら……きっと使わないな。

「こういうちゃんとした栞持ってなくて重宝してんだ。」
「そういうもんなのか……。」

しおりについている小さな花を見つめる。
これを送った人は雄二のことを思って花を摘み、ラミネートしたのだろう。

そう思っているとあることを思い出した。
少しにやけ気味に僕は口を開く。

「そういえば別れる男に花の名前を……みたいな話あったよね。」
「花は毎年咲きますってやつ?でもこの花、俺知らねぇもん。」

知らない花渡しても仕方ないか。
なんかその子も報われないな。

名前も顔も知らぬ女の子に少し同情する。
しかし雄二ほどのコミュ力を持ってる奴がどうして別れるんだろう。

「そういえば、その子とはなんで別れたの?」

その言葉を聞いた途端、雄二は苦虫を噛み潰したような顔になった。

少しの沈黙。

なんだか居た堪れなくなって質問を撤回しようとした時、雄二が口を開いた。

「あー、なんでだっけ?忘れた。」

表情は変わらなかった。

2/1/2023, 1:29:58 PM

お題:ブランコ


「お、公園だ。珍しいな、今時。」

彼女がふと横を向いて言った。

視線をそちらにやると、春の日差しに包まれた小さな公園がそこにはあった。
といってもあるのは小さなブランコと、あたりに咲くたんぽぽの花だけだ。

「珍しいね。最近見なくなったよなぁ。」

なんとはなしに返事をして歩いていると、視界の隅にいた彼女が消えた。
ん?と思って後ろを振り向くと、すでに彼女は公園に足を踏み入れていたのだった。

「え、どうしたの?」
「ちょっと遊んでいこう。」
「えー……、ご飯どうするのさ……。」

まったく、なんのために出かけたんだか。

彼女はずかずかと公園に入り、躊躇いなくブランコに腰掛けた。

「ジーパン。汚れるよ。」
「こんな面白そうなものを前に服の汚れなんて気になるか。」

ただ、小石が尻に当たって痛いな。
とぼやいた。

……僕たち今年で28なんだけどなぁ。
まあ本人が楽しそうならいいかぁ。

彼女はたまにすごく子供っぽいことがある。
なんというか、昔付き合っていた頃より感情豊かになった。

よく笑い、よく不機嫌になる。
笑う時も以前のお淑やかな笑みとは違う、無邪気な笑み。
その顔はきっと、大人になった証だ。

「お、いいこと思いついた!」

彼女は口の端をにっと歪めた。
嫌な予感がする。

「祐介、私の前に立って……いや、違うもう少し手前。そう。おっけー。」

目の前で棒立ちになった僕を見ながら、彼女はイタズラっぽく笑う。
そして地面を蹴った。

彼女を乗せたブランコはゆっくりと動き出す。
彼女が足を動かすたび、ブランコは徐々に大きく揺れていく。

そしてようやく彼女の体が目の前に来た時だった。

彼女の足が僕の腹を直撃する。

「あふっ。」
「あははははっ!」

小気味よい笑い声が遠ざかっていく。

「服汚れちゃっただろ!ご飯どうすんのさ?」
「カップ麺!」

再びこちらにきた足は、今度はちょんと触れる程度だった。

「なんかさ、いいよなぁ。ブランコ。ぶらぶら揺れるー。」

彼女が口ずさむ。

「祐介がー遠ざかるー、祐介がー近づくー。」
「楽しいのか?」
「楽しいよ、なんか昔の私達みたいじゃない?」

近づいて。
遠ざかって。

よっ。
と彼女はブランコを飛び降りた。
僕のすぐ隣に並ぶ。

「あー、こんな気分の時に吸うタバコは美味いだろうなぁ。」
「医者に1日2本までって言われてたでしょ。」
「ちぇっ、後1本かぁ。」

彼女は軽やかな足取りで公園を後にする。
もちろん僕も一緒にだ。

「あ、じゃあ祐介が粉薬飲んでる時に吸うことにするかな。
あの薬飲んでる時の祐介、顔が岩石系モンスターみたいで最高なんだよね。」
「……なんてやつだ。あの薬本当に苦いんだよ……。」

笑いながらきた道を引き返していく。

今日はなんだか、風が一段と暖かく感じた。

1/31/2023, 11:00:35 AM

お題:旅路の果てに

気が狂いそうなほどに時間が経った。

遠い昔の夢を見た。

「死ぬのは怖くないの。でも、たったひとつ。後悔がある。」

青白い顔。
今にも折れそうな体躯。

死人のような彼女は私にそう告げた。
掠れた声だった。

「私の命が潰えるはずのあの時、身代わりとなった彼を、助けたい。」

座るのがやっとのその身体は、しかし大きな意志を持ってベッドに根付いていた。

その顔を見て気づいたのだ。

ああ、きっと私は1番にはなれなかった。
彼女は心のどこかに、罪悪感と一握りの憧れを常に持ち合わせ、その想いを片時も離さずに私と過ごしていたのだ。

左回りに回る懐中時計。
空に還る雨雫。

動かぬ身体の中で目的を思い出した。

彼女の願いを叶えるのだ。
30年の月日をかけ、そのために私はここにいるのだ。

「あなたを愛していました。」

その答えが嘘であっても良い。


「行こう。」


口を動かした。
長らく言葉を発しなかった喉からは何も音は出なかった。

上から降る雨は私の頬を濡らす。

長い長い旅路の果てに。

行こう。

彼女を。
私の伴侶の願いを叶えるために……。





関連:時計の針

1/30/2023, 12:11:52 PM

お題:あなたに届けたい

「ごめん、ちょっとおつかい頼んでもいい?」

春の陽気が抜けてきた、穏やかな昼過ぎ。
お昼を食べ終わると同時に付き合い始めたばかりの彼女がそう言ってきた。

「いいよ、どんなやつ?」

慣れたものでさらっと返す。
と言うのも、こんな形でおつかいを頼まれるのは初めてではない。
既に2回くらい経験している。
さて、今回はどんなおつかいなのか。

「ありがと。シャーペンの芯を買ってきて欲しいんだ。」
「シャーペンの芯?わかった。」

シャー芯であれば購買に売ってるはずだ。
と思っていたところに彼女が口を挟んだ。

「まって、隣町の商店街で買ってきて欲しいの。」

隣町の商店街?
自転車で片道15分くらいかかる場所だ。

「できれば3限の時間いっぱい使ってお願い。」
「う、うん。わかった。」
「0.5mmのHBでお願いできると嬉しいな。」

そう言いながら500円玉を僕に差し出す。

控えめに言って僕の彼女は不思議な人……だと思う。
ただ高校の時女子とあまり話してこなかったので、これが変なのか普通なのかよくわからない。

「大変なお願いしてごめんね、谷原くん。」

申し訳なさそうな顔を見ると、僕は頷くほかなかった。




シャツにじっとりと汗が滲む。
この時期でも自転車を走らせると暑くなるものだ。
自転車から降り、息を整えながら駐輪場に停める。

自転車を走らせている間考えていた。

彼女はなんでこんな遠いところまでおつかいを頼んだんだろうか。
嫌がらせ、と言うわけではない。と思う。
3限の間は授業中だと思うし、僕がいない間に何かというのもない。と思う。

あーでもない、こーでもないと上を向きながら考えていた時だった。

どんっ。と強い衝撃が身体に響いた。
ぶつかったのだ。

「す、すみません。」

つい反射でそういい、ぶつかった人に謝る。

「ごめんごめん。ちょっとスマホに夢中になっちゃっててさぁ。」

相手はヘラヘラしながらそんなことを言い、その後僕の顔を見てこう言った。

「あれ?同じ授業受けてる人?」

同じ授業受けてる人?と言われても1人で黙々と授業を受けてる僕には覚えがなかった。
というよりなんで覚えてるんだ?
別に話したことないと思うんだけど。

「あ、やっぱり。水曜2限の授業の時、いつも左後ろの端っこに座ってるっしょ?」
「……は、はい。そうです。」

その男は急に嬉しそうにやっぱりと言う。
なんなんだ、この距離感。
高校の時の友人にこんな奴はいなかった。

「あ、名前教えてよ。俺は雄二。」
「あっ…….ゆう……谷原。」
「よろしく。谷原くん。」

雄二くんはにこやかな笑顔をこちらに向けた。
……正直少し苦手だった。
なんでこんなに初対面の人に対してフレンドリーに接することができるんだろう。

「谷原くんこんな時間に何してんの?」
「う、うん。実はおつかい頼まれてて。」
「おつかい?誰に?」

彼女……とは言いたくなかった。
なんか恥ずかしい。
というかこの人に彼女の話をしてからかわれたりしたくなかった。

「友達に?」
「……それパシられてね?」

……たしかに。
あれ?パシられてんのかな。僕。

「何頼まれたんだ?」
「シャーペンの芯。」
「シャーペンの芯!?シャーペンの芯のために商店街!?」

そう、商店街。
確かに変だよね。

「……購買で買えばいいんじゃね?」
「う、うん。」
「……ん?ひょっとしていじめられてんのか?」
「いやいやいや、そうじゃないよ。別にそんな感じじゃないし、僕も嫌じゃないし……」

挙動不審になった僕を雄二くんはじーっと見つめ、静かに頷いた後、

「よし、俺も行く。」

と言った。




商店街の文房具屋の中は狭く、きつきつに商品が並んでいた。

「お、あったぞ。シャーペンの芯。」

雄二くんが指差す先にはシャー芯のコーナーがこぢんまりと存在していた。
僕は足早にHBのシャー芯を一つ掴むと、レジ打ちのおじさんのところに持って行く。

「200円。」

おじさんがこちらも見ずに言う。
手早く預かっていた500円をカルトンに放り込んだ。

おじさんが緩慢な動作でレジからお釣りを取り出す。
そして、机の下からなにかを取り出し一緒に僕に渡した。

……なんだ?
渡された物をよく見るとチョウチンアンコウがギョッとした目でこちらを見ている。
どうやらシールのようだ。
少しリアルな感じで気持ちが悪い。

「……?これなんですか?」
「いらない?」
「あ、いや。ありがとうございます。」

僕は受け取ったシールとシャー芯をポケットに詰め込む。
と、雄二くんが声を出した。

「おっちゃん。このシール何?」
「文房具買うと付いてくるシールだよ。本当は期間限定なんだけど、終わってからも余ってるから適当に配ってんのさ。」
「ほーん、なるほどなぁ。」

雄二くんはそれだけ言うと行こうぜ、と言って店を出た。
僕も慌ててついていく。

「まあわからんねぇけど、そのシールが欲しかったんかね。」
「う、うん。多分?」

文房具屋からでて駐輪場へと向かう。
僕は雄二くんの少し後ろを歩いていた。

……特に会話がない。
このいたたまれない沈黙はかなり辛い。
でも、こちらから言うことも何もないし……

話題を捻り出そうとしていたら駐輪場へついていた。
鍵を外し、じゃあこれでと足早に去ろうとした時に、雄二くんが口を開く。

「正直よくわからないけど、なんかいじめられてるっぽいなら相談してくれよ。
何か助けになれっかもしれないし。」
「……いや、本当に大丈夫。そんなんじゃないから。」

この場に長くいたくないと言う思いもあり、僕は雄二くんの話を受け流して自転車を漕ぎ始めた。




「シャーペンの芯と、これ。シール。」

彼女の前にそれぞれとお釣りを置く。
彼女は顔は一瞬驚きの表情になったが、その後喜びに溢れた。

「ありがとう。大変だったよね。」
「いや、そうでもないよ。」

キラキラした目でシールを見つめる彼女。
その目を見て僕は思った。

ああ、この顔を見るために僕は商店街に行ってきたんだな。
このシールを君に届けるために。

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