ワタナベ

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7/31/2024, 11:08:33 AM

「へ〜、じゃ、高校生?」
「はあ、まあ」
なんでこんなことになっているのか、内心で首を傾げる。
夜もいい時間の、夏の公園のベンチだ。
すき好んで訪れようとは思わない場所になぜ知らない男と二人で座っているのか。
家にはまだ帰れない。
この公園は家に入れないときの逃げ場所だった。
茹だるような暑さの中時間を潰していたところ、この男に冷えたサイダーの缶を押し付けられたのだ。
そのまま有無を言わせず隣に座ってきた男は頼んでもいないのにベラベラと喋り始めた。
「ていうか暑いだろ。水くらい飲んどかないと倒れるよ?」
「あ〜、まあ、そうっすね」
「今の子って水筒とか持たない?まあ今の時代自販機もコンビニもあるしな〜」
「そっすね」
アンタだってそんなに年変わんないだろ。
そんなことを思いながら適当に返事をする。
こんな相づちしか返ってこないのに随分と楽しげに話す男だ。
警官かどこぞの教師か。
最初は警戒していたが、あまりの他愛ない話の連続にそんな気も失せてしまった。
多分気を遣わせているのだろう。
普段だったら煩わしいそれも、この時間のためなら悪くない気がした。
男の話を聞きながら、家の方向を見る。
多分そろそろ、帰れる頃だった。
「さて、じゃあそろそろ行こうかな」
夏の暑さの中、夜の公園で見ず知らずの他人の孤独に付き合い続けた奇特な男が立ち上がった。
男の顔を幾筋もの汗がつたい、シャツは汗を吸い込んで色を変えている。
手の中の缶は既にぬるくなっていた。
男のせいでまぎれていた寂しさや閉塞感が急速に戻ってくる。
結局一緒にいてはくれないのに、最後にはおいていくのに、自分勝手な正義感で話しかけてくるなんて迷惑な男だ。
そしてそれをわかっていながら男の存在を拒まなかった自分は愚かだった。
だから、一人でいたい。
返事をしない自分に何を思ったのか、男が額を押してくる。
強制的にあげさせられた目にうつったのは満開の笑顔だった。
「じゃ、また明日な」
名残惜しさもなく去っていく男の背中を唇を噛みながら見つめた。
わかっているはずなのに。
一人がいいのに。

4/14/2024, 1:50:29 PM

「しかし聞いたかい?隣向こうの血の池でお釈迦様が救いの手を差し伸べたって」
「ああ、聞いた聞いた。なんでも細っこい糸で罪人釣りあげようとして結局切れちまったとか」
「はあ〜〜〜。釈迦ってのもアレだねえ。要領悪いのか性格悪いのか」

己が聞いた話とだいぶ違うことを言いながら、大柄な男たちはガハガハと笑った。
ここは血の池地獄。
真っ赤な血の池に罪人が浮かんだり沈んだりしているところだ。
僕も例に漏れずぷかぷか浮かんだりぶくぶく沈んだりしながら、こっそり他の罪人の与太話を聞いている。
地獄の沙汰も金次第なんていうけれど、地獄で本当に必要なのは屈強な身体である。
そう、こんな場所でのんびりおしゃべりに興じる事ができているあの男たちのように。

「釈迦が頼りになんねえんじゃあ他の神様が助けてくれるの待つしかねぇなあ」
「ほかっていうと例えば?」
「うーん、そうだなあ、イエス様とか?」
イエス様!
ギャハハとあがった笑い声に、発言した男の顔が真っ赤に染まる。
反射的に拳を振り上げた男を、別の男がどうどうと宥めた。
地獄で喧嘩はご法度だ。
私刑がまかり通ったら地獄の秩序がめちゃくちゃになっちゃうので。
地獄に秩序もクソもあるのか?とは思うけど。ぶくぶく。

「まあまあ、しかしイエス様ってのはどんな方なんだ?釈迦よりましなのかね?」

男は少し離れて血の池に浸かっている男に声をかけた。
彫りの深い顔立ちに、血がこびりついてなおキラキラと輝く金髪、教科書みたいにきれいに筋肉がついた身体を持つその外国人は、声をかけられたことに気がつくと、髪をかきあげながらチラリと流し目をよこした。

あちこちできゃあ、という黄色い悲鳴が上がった気がするが、仕事はちゃんとしてください獄卒さん。

「さぁ、会ったことがないからな。でも救うならまず己を信仰してる罪人から救うんじゃないか」

ごもっともである。
イエス様だって全然知らない強面屈強柄悪男どもに助けてって言われてもまず断るに違いない。
ちなみにこの外国人、好奇心で「youは何しにこんなところへ?」って聞いたら「観光」って答えられた。

じゃあイエス様もだめかあ。
どうする?一生ここで過ごすか?
なんて獄卒が頭抱えそうな男たちのところへ、新たに男が一人増えた。

その人は血の池に豪快に浸かると、あ゛ぁ゛〜なんてオッサン臭い声を上げる。

「おお!アニキ!お疲れ様です!」

今まで雑談をしていた男たちが慌てて場所をあける。
そう、この一等体のでかい男がこのあたりの罪人の取りまとめをしているのだ。

「ああ、やっぱ釜茹でからの血の池がたまんねえよな。こういうの"チルってる"って言うんだろ?」
「?なんかよくわかんねえけどかっこいいっすね!」

バカの会話である。
バカだけどなんだかちょっとほっこりしてしまうのは小さな子供の会話を聞いているような気持ちになるからだろうか。
話してるのはゴリゴリの筋肉ダルマだけど。

「んで、おめぇら、なんの話してたんだ」
「あぁ!いやね、向こうの血の池で釈迦に弄ばれた奴らいたでしょう?釈迦が信用なんねえってならどの神様なら信用できるかと。やっぱお伊勢さんですかねえ」

釈迦完全に悪いやつ判定である。
釈迦も匙を投げてイエスも見捨てる奴らに頼りにされたんじゃ、天照だってもう一回くらい引きこもりたくなるかもしれない。

そんな話を聞いた取りまとめの男は、ガッハッハと豪快に笑った。

「バカおめぇら!こんないいとこ他にねえだろ!針山で凝った筋肉に穴開けてもらって釜茹でで汗かいて血の池でその体を冷やす。生きてた頃でもこんないい銭湯はなかったぜ」
たしかになあ!やっぱもう少し楽しんでから次行きますか!
和気あいあいと会話を楽しむ罪人たちを見ながら、獄卒たちは何処かへ電話をかけ、「あいつらの刑期って、あ、まだ。早まったりは?あ、ない、そうですか」なんて言って涙を流している。

う〜ん。やっぱりここは地獄だな。

神様へ、この人たちのことは別にいいけど、もし聞こえていたら僕のことだけは助けてくださいね。
ぶくぶく。

4/14/2024, 7:57:20 AM

「はやく!こっち!」

彼女に手を引かれながら、僕は悲鳴を上げている足をなんとか持ち上げた。
限界を訴えているのは足だけではない。
脇腹だってキリキリ痛むし、息を吸うたびに肺は痛いし、ゴウゴウ鳴ってる血流は煩いし、ゼエゼエいってる僕はダサい。
すごい場所見つけたの、なんて、子供みたいに彼女が笑うから。
こんな晴れた、暑い日に、運動不足の体に鞭打って山登りに付き合っているわけだ。
というか、山に登るならはじめに言ってほしかった。

クラクラする視界に頭を振りながら、彼女の後ろ姿を追って山道をぬける。
山頂だ。
人の手が入っているらしく、多少均された地面に申し訳程度に木でできた椅子もどきが設置されている。
登頂の感慨に耽る間もなく、彼女がまた強引に僕の腕を引いた。

「ほら、こっち!」

ようやくなんとか立っていますって体を保っていた僕は、たたらを踏みながら彼女の視線を追った。

「見て!さくら!」

言うとおり、桜であった。
普通の花見と違うのは、桜を上から見下ろしているという点だ。
山の斜面に、絶対に人なんか来ないだろって場所に固まって桜が植わっていて、それを僕らが上から見ている。
晴れた空の青と、山の緑と、桜色のコントラスト。
何も言わずに桜を見ている僕を、驚かせられたと思ったのだろう、彼女が得意げにふふんと笑った。

気づいているのだろうか。いや、気づいてないんだろう。
こんな場所から、お誂向きに見える場所に固まって桜が植わっているなんて不自然だ。
これは、きっと昔誰かが、この景色を見せたい誰かに向けて作ったものだ。

そんな景色を、今僕は、彼女と見ている。

なんで僕を連れてきたの。
僕と見たいと思ってくれたの。

そんな情けない言葉が出てきそうになって、ぎゅっと下唇を噛む。

なあ、おい、これを作った誰か。
アンタは誰に見せたくて、こんな景色を作ったの。


ざ、と吹いた風に思わず目をつむる。
空気の抵抗がなくなって、ゆっくりと瞼を持ち上げると、視界にうつったのはキラキラの彼女の瞳だった。

「ねえ!みた!?いまの!!」

正直反射的に目を閉じたため、彼女に感動を与えたらしいモノは見られていない。
風で桜の花びらがどうとか、隣で夢中で喋っている彼女を見つめる。
彼女が見たものは分からないけれど、それは、今僕が見つめているものときっとそう変わらないと思った。

「うん。きれいだ。すごく」

そう伝えると、一瞬呆けたような顔をして、やっぱり彼女は顔ぜんぶを使って嬉しそうに笑った。

満点の笑顔、君は快晴。

7/7/2023, 10:31:02 AM

「困るんだよなあ」

上司からのこの言葉にストレスを感じないやつがいるだろうか。
男は頭を下げながら、「申し訳ございません」と先ほどと同じ言葉を述べた。

「はあぁ、困るんだよねえ」

上司はそんな謝罪なんて聞こえていないかのように、わざとらしく大きなため息をつく。

「大体さあ、もっとどうにかならないかなあ。君たちがこの時期に雨ばっか降らせるせいでさあ」

うるせえこのくそじじい。
そんなことを心のなかで思いながら、男は謝罪の言葉を繰り返す。
大体自分の娘のいざこざに仕事の関係者を巻き込むのはどういう了見なのか。
そもそもあんたが「1年に一回この時期なら会っていいよ」なんて言わなきゃこちとらこんな謝罪せずに済んだんだ。
というかアンタがそんなだから娘が恋愛に狂って仕事しなくなるんだろう。
男はかつて起こった地獄のような大騒動を思い出して遠い目をした。

「どうしても晴らせないの?」
「無理ですね」

まだ言うかこの上司。
そう思いながらにべもなく男は断りを入れる。
そう。無理なものは無理なのだ。
どの時期に雨を降らせるかはすでに会議で決まっている。
もちろん上司も会議には出席していたし、そのことについて了承もしたはずだ。耄碌して記憶がとんだとしか思えない。

「でもねえ、カササギ君の部署からの予算要求も年々増えてきていてねえ。働き方改革っていうの?特別手当を出すことにしたんだって。こっちも毎回毎回足場代わりを頼むのもねえ」

上司の言葉に男の胃が痛んだ。
どうやら足場になる奴らに足元を見られているらしい。
なんとかできるだろ?ね?なんて言いながら肩を叩いてくる上司には殺意を覚えざるを得ない。
今年も七夕を迎えた、天界の天候調整部で働く男は、誰にも知られずひっそりと血の涙を流すのであった。

7/6/2023, 12:42:09 PM

昔のことでございます。
あれは私が小学校へ通う前ですから、5歳くらいの頃だったでしょうか。
その日私は、家の庭で大人しくアリの行列を眺めておりました。
ふと顔を上げ、家の門の方を見ると、なにか「黒いもの」がうずくまっているのに気が付きました。
近づいてよくよく確認してみましたが、それは「黒いもの」としか言いようがなく、なぜかうずくまっていることだけが私には認識されました。
小さな子供というのは得てして怖いものなどございませんので、私も例に漏れず果敢にも「お前は誰なのだ」と問いました。
そうするとそれは「トモダチ」と一言返してきたので、私は「トモダチ」の意味はよくわかりませんでしたが、「はあ、そう言うのだからそうなのだろう」とそれの隣に座り込みました。
しばらく一緒に目の前の道を眺めていますと、老男性と腕を組んだ若い女性が目の前を通ります。
するとその黒いものはそれに向かって「トモダチ」と言いました。
また、ランドセルをたくさん背負った男の子と、手ぶらの男の子たちが通ったときも、それは「トモダチ」と言いました。
そういったことが幾度が続いて、私は小さな子供でしたからそのうち飽きて居眠りをしてしまいました。
次に祖母に起こされたときにはその黒いものは見当たらず、私も「まあ、そんなものか」と思い次第にこのことは記憶の奥深くへとしまい込まれていきました。
あの頃から十数年が立ちました。
今、なぜ、「トモダチ」のことを思い出したかといいますと、まさに「トモダチ」と名乗る者が目の前にいるからでございます。
しかしそれは黒くもなく、私と同じ年頃の男に見えます。
その男は私に向かって「助けてくれ。友達だろう。金をかせ」とのたまいます。
なるほど、自ら「トモダチ」と名乗る奴にロクな者はいないのでしょう。
私の脳裏には、やはり、幼い日にであったあの黒い「トモダチ」が思い起こされるのでした。

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