ワタナベ

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「しかし聞いたかい?隣向こうの血の池でお釈迦様が救いの手を差し伸べたって」
「ああ、聞いた聞いた。なんでも細っこい糸で罪人釣りあげようとして結局切れちまったとか」
「はあ〜〜〜。釈迦ってのもアレだねえ。要領悪いのか性格悪いのか」

己が聞いた話とだいぶ違うことを言いながら、大柄な男たちはガハガハと笑った。
ここは血の池地獄。
真っ赤な血の池に罪人が浮かんだり沈んだりしているところだ。
僕も例に漏れずぷかぷか浮かんだりぶくぶく沈んだりしながら、こっそり他の罪人の与太話を聞いている。
地獄の沙汰も金次第なんていうけれど、地獄で本当に必要なのは屈強な身体である。
そう、こんな場所でのんびりおしゃべりに興じる事ができているあの男たちのように。

「釈迦が頼りになんねえんじゃあ他の神様が助けてくれるの待つしかねぇなあ」
「ほかっていうと例えば?」
「うーん、そうだなあ、イエス様とか?」
イエス様!
ギャハハとあがった笑い声に、発言した男の顔が真っ赤に染まる。
反射的に拳を振り上げた男を、別の男がどうどうと宥めた。
地獄で喧嘩はご法度だ。
私刑がまかり通ったら地獄の秩序がめちゃくちゃになっちゃうので。
地獄に秩序もクソもあるのか?とは思うけど。ぶくぶく。

「まあまあ、しかしイエス様ってのはどんな方なんだ?釈迦よりましなのかね?」

男は少し離れて血の池に浸かっている男に声をかけた。
彫りの深い顔立ちに、血がこびりついてなおキラキラと輝く金髪、教科書みたいにきれいに筋肉がついた身体を持つその外国人は、声をかけられたことに気がつくと、髪をかきあげながらチラリと流し目をよこした。

あちこちできゃあ、という黄色い悲鳴が上がった気がするが、仕事はちゃんとしてください獄卒さん。

「さぁ、会ったことがないからな。でも救うならまず己を信仰してる罪人から救うんじゃないか」

ごもっともである。
イエス様だって全然知らない強面屈強柄悪男どもに助けてって言われてもまず断るに違いない。
ちなみにこの外国人、好奇心で「youは何しにこんなところへ?」って聞いたら「観光」って答えられた。

じゃあイエス様もだめかあ。
どうする?一生ここで過ごすか?
なんて獄卒が頭抱えそうな男たちのところへ、新たに男が一人増えた。

その人は血の池に豪快に浸かると、あ゛ぁ゛〜なんてオッサン臭い声を上げる。

「おお!アニキ!お疲れ様です!」

今まで雑談をしていた男たちが慌てて場所をあける。
そう、この一等体のでかい男がこのあたりの罪人の取りまとめをしているのだ。

「ああ、やっぱ釜茹でからの血の池がたまんねえよな。こういうの"チルってる"って言うんだろ?」
「?なんかよくわかんねえけどかっこいいっすね!」

バカの会話である。
バカだけどなんだかちょっとほっこりしてしまうのは小さな子供の会話を聞いているような気持ちになるからだろうか。
話してるのはゴリゴリの筋肉ダルマだけど。

「んで、おめぇら、なんの話してたんだ」
「あぁ!いやね、向こうの血の池で釈迦に弄ばれた奴らいたでしょう?釈迦が信用なんねえってならどの神様なら信用できるかと。やっぱお伊勢さんですかねえ」

釈迦完全に悪いやつ判定である。
釈迦も匙を投げてイエスも見捨てる奴らに頼りにされたんじゃ、天照だってもう一回くらい引きこもりたくなるかもしれない。

そんな話を聞いた取りまとめの男は、ガッハッハと豪快に笑った。

「バカおめぇら!こんないいとこ他にねえだろ!針山で凝った筋肉に穴開けてもらって釜茹でで汗かいて血の池でその体を冷やす。生きてた頃でもこんないい銭湯はなかったぜ」
たしかになあ!やっぱもう少し楽しんでから次行きますか!
和気あいあいと会話を楽しむ罪人たちを見ながら、獄卒たちは何処かへ電話をかけ、「あいつらの刑期って、あ、まだ。早まったりは?あ、ない、そうですか」なんて言って涙を流している。

う〜ん。やっぱりここは地獄だな。

神様へ、この人たちのことは別にいいけど、もし聞こえていたら僕のことだけは助けてくださいね。
ぶくぶく。

4/14/2024, 1:50:29 PM