ワタナベ

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昔のことでございます。
あれは私が小学校へ通う前ですから、5歳くらいの頃だったでしょうか。
その日私は、家の庭で大人しくアリの行列を眺めておりました。
ふと顔を上げ、家の門の方を見ると、なにか「黒いもの」がうずくまっているのに気が付きました。
近づいてよくよく確認してみましたが、それは「黒いもの」としか言いようがなく、なぜかうずくまっていることだけが私には認識されました。
小さな子供というのは得てして怖いものなどございませんので、私も例に漏れず果敢にも「お前は誰なのだ」と問いました。
そうするとそれは「トモダチ」と一言返してきたので、私は「トモダチ」の意味はよくわかりませんでしたが、「はあ、そう言うのだからそうなのだろう」とそれの隣に座り込みました。
しばらく一緒に目の前の道を眺めていますと、老男性と腕を組んだ若い女性が目の前を通ります。
するとその黒いものはそれに向かって「トモダチ」と言いました。
また、ランドセルをたくさん背負った男の子と、手ぶらの男の子たちが通ったときも、それは「トモダチ」と言いました。
そういったことが幾度が続いて、私は小さな子供でしたからそのうち飽きて居眠りをしてしまいました。
次に祖母に起こされたときにはその黒いものは見当たらず、私も「まあ、そんなものか」と思い次第にこのことは記憶の奥深くへとしまい込まれていきました。
あの頃から十数年が立ちました。
今、なぜ、「トモダチ」のことを思い出したかといいますと、まさに「トモダチ」と名乗る者が目の前にいるからでございます。
しかしそれは黒くもなく、私と同じ年頃の男に見えます。
その男は私に向かって「助けてくれ。友達だろう。金をかせ」とのたまいます。
なるほど、自ら「トモダチ」と名乗る奴にロクな者はいないのでしょう。
私の脳裏には、やはり、幼い日にであったあの黒い「トモダチ」が思い起こされるのでした。

7/6/2023, 12:42:09 PM