「アタシは昔っから賭け事が好きでねェ」
煙草をふかしながら男が言う。
線の細い男だ。
細められた目と弧を描く口元。体には仕立ての良いスーツをまとっている。
それでもゾッとするような怖気を感じさせるのは、その手で弄ばれる拳銃のせいか。
「特に、あとに引けなくなった人間が神サンに縋る情けない姿なんかたまらねェよな」
男の背後には、吸い込まれそうなほどに黒い箱が2つ。
それぞれ「丁」「半」と書かれた紙が貼られたそれは、中々に大きい。
出口は男の後ろに一つだけ。
「サ、アタシと一つ賭けましょうや」
男の手が拳銃に弾を込める。
こんなにも状況を冷静に捉えようとしてしまうのは、どうにか生き残ろうと道を探す生存本能故か。
もはや両足は潰され、逃げる方法などありはしないのに。
「さっきもお伝えした通り、あの箱のどっちかにはアンタの娘サンが入ってる。アタシはそのどっちかを撃つが、どっちを撃つかはアンタが選びな」
涙も鼻水も流し、失禁すらしながらの命請いにも意味がないことはもう分かっていた。
「さァ、丁か半か!!張った張ったァ!!」
煽られるように言われ、ガタガタと震えながら口を開く。
己が伝えた選択肢に、男がニンマリと笑ってみせた。
「アタシとアンタ、どっちが勝つかは―――」
「どうして?」
ぱちくり、と音がしそうなほど大きな目を瞬かせて、少女は少年に問うた。
「だから、だめなんだ。僕と君はもう一緒にはいられないんだよ。」
少年の家は裕福な中流階級の家庭だった。つい先日までは。
よくある話だ。父親の事業が失敗し、本人はそのまま首を吊ってしまった。
母親はショックで倒れ、生活はままならない。
少年は学校を辞め、親戚の工場へ奉公に出なければならなくなった。
それだけの、陳腐なよくある話だった。
「わからないわ。お家が近所じゃなくなっても、学校で会えなくなっても、会いに来たらいいのに。私だって会いに行くわ」
お馬鹿さんねえ。そういって無邪気に笑う顔が眩しい。
苦労なんてなんにも知らない顔だった。
それが可愛くて、愛しくて、憎らしい。
少女の家も裕福な家庭だ。学校にも通っていない、格の違う家の男に会うなど許されるはずもなかった。
「会うことは許されない。君が幸せになるためだよ。そして僕が幸せになるためだ」
なおも拒否をする少年に、わからずやね、と言わんばかりに少女は鼻を鳴らした。
「あなたが私に会えなくて幸せになることなんてありえないわ。ねえ、一言助けてって言えばいいの。あなたの幸せはどこにあるの?正直に答えないと許さないわ」
少女がいたずらっぽく尋ねる。
少年は一度くしゃりと顔を歪ませ、しかしそのまま無理やりに笑ってみせた。
この子の夢が、このまま覚めなければいいのに。
少なくとも、今だけは。
「―――それは君とゆく、この道の、先に」