「はやく!こっち!」
彼女に手を引かれながら、僕は悲鳴を上げている足をなんとか持ち上げた。
限界を訴えているのは足だけではない。
脇腹だってキリキリ痛むし、息を吸うたびに肺は痛いし、ゴウゴウ鳴ってる血流は煩いし、ゼエゼエいってる僕はダサい。
すごい場所見つけたの、なんて、子供みたいに彼女が笑うから。
こんな晴れた、暑い日に、運動不足の体に鞭打って山登りに付き合っているわけだ。
というか、山に登るならはじめに言ってほしかった。
クラクラする視界に頭を振りながら、彼女の後ろ姿を追って山道をぬける。
山頂だ。
人の手が入っているらしく、多少均された地面に申し訳程度に木でできた椅子もどきが設置されている。
登頂の感慨に耽る間もなく、彼女がまた強引に僕の腕を引いた。
「ほら、こっち!」
ようやくなんとか立っていますって体を保っていた僕は、たたらを踏みながら彼女の視線を追った。
「見て!さくら!」
言うとおり、桜であった。
普通の花見と違うのは、桜を上から見下ろしているという点だ。
山の斜面に、絶対に人なんか来ないだろって場所に固まって桜が植わっていて、それを僕らが上から見ている。
晴れた空の青と、山の緑と、桜色のコントラスト。
何も言わずに桜を見ている僕を、驚かせられたと思ったのだろう、彼女が得意げにふふんと笑った。
気づいているのだろうか。いや、気づいてないんだろう。
こんな場所から、お誂向きに見える場所に固まって桜が植わっているなんて不自然だ。
これは、きっと昔誰かが、この景色を見せたい誰かに向けて作ったものだ。
そんな景色を、今僕は、彼女と見ている。
なんで僕を連れてきたの。
僕と見たいと思ってくれたの。
そんな情けない言葉が出てきそうになって、ぎゅっと下唇を噛む。
なあ、おい、これを作った誰か。
アンタは誰に見せたくて、こんな景色を作ったの。
ざ、と吹いた風に思わず目をつむる。
空気の抵抗がなくなって、ゆっくりと瞼を持ち上げると、視界にうつったのはキラキラの彼女の瞳だった。
「ねえ!みた!?いまの!!」
正直反射的に目を閉じたため、彼女に感動を与えたらしいモノは見られていない。
風で桜の花びらがどうとか、隣で夢中で喋っている彼女を見つめる。
彼女が見たものは分からないけれど、それは、今僕が見つめているものときっとそう変わらないと思った。
「うん。きれいだ。すごく」
そう伝えると、一瞬呆けたような顔をして、やっぱり彼女は顔ぜんぶを使って嬉しそうに笑った。
満点の笑顔、君は快晴。
4/14/2024, 7:57:20 AM