くまる

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3/18/2025, 10:14:47 AM

私の名はココット。ここ、ハクガヨリキの街で魔法骨董店を営んでいる。
このお店で扱うのは、魔法道具。魔法使いによって、魔法がかけられた特殊な道具たち。この骨董品店に売られた魔法道具は、私がキチンと選別し、修理し、時に魔法をかけ直して貰いながら、販売している。
私自身は、魔法使いでは無い。私の相棒は、いつも掛けている、この眼鏡。それから、机の上の引き出しに仕舞われているペンデュラムの耳飾り。眼鏡を通して世界を見れば、道具にかけられた魔法の有無や強弱が見える。まぁ、逆に言うと、有無と強弱しか分からない。どんな魔法がかけられているのかは、理解が及ばない。そんな時、役に立つのが耳飾りだ。耳に着けて意識を集中すると、魔法道具の声が聞こえる。比較的大きな物、高価な物、使用用途の分からない、どんな魔法がかけられているのか分からない物にしか使わないが。

カランコロン

ドアベルが来客を知らせる。棚にかけていたハタキを下ろし、客人の方へ足を向ける。

「いらっしゃい。何をお探しかな?」

何度も言うように、私は魔法使いでは無い。占い師でも無いので、お客様の欲しい物、要望を盗み見る事は出来ないのだ。相手の欲しい物や要望を、精確に、時に瞬時に、理解して、相応しい物をお勧めする。そんな力があれば、商売も楽だろうか。魔力を持たず産まれてきた私にとっては、叶わぬ夢だ。それでも、「魔法」という不思議なものが大好きで、ここで魔法道具を取り扱っている。

「あの。私、魔法使いじゃないんです。」

「魔法骨董」と看板に掲げていると、「魔法使いじゃない」とやってくるお客様も多い。だが、実際には、4割以上、魔法使い「ではない」お客様だ。

「では、どんな物をお探しかな?」
「ここに、恋が叶うインクがあるって聞いて。」
「ああ、おまじない程度だけれど。おいで、こっちだ。」

若い女学生さんを連れて、棚に案内する。

「これはね、使って手紙を書くと、相手が少しの間、君のことを好きだと錯覚する力がある。」

女学生さんは、ごくりと息をのむ。

「だが、その効果は、ほんの少しの間だけ。告白が成功したら、その効果が切れる前に、相手に自分の事を知ってもらって、本当に好きになってもらう必要がある。」

真剣に話を聞いている女学生の前に、インク瓶に入ったピンクのインクを差し出す。

「どうかな?貴女に少しだけ勇気をくれる、このインク。お値段は、少し高めなのだけれど。」
「……。」

女学生さんは、鞄からお財布を取り出して、中身を確認する。少しだけ顔が曇った。やっぱり、値段が高かったかな?

「……買います。私、どうしても彼とお付き合いしてみたいんです。」

真っ直ぐな目。これだけ真摯に相手の事を思っている、彼女の恋が叶う事を祈りながら、インク瓶をレジ台で包む。

「お買い上げありがとう。幸せが訪れますように。」
「ありがとう。」

インクを渡して、銅貨を受け取る。

「インクを使い終わったら、瓶を売りに出すのもいい。魔法道具は、それだけで高く売れるから。」
「ううん。叶っても叶わなくても。この瓶は、一生、大事にします。」
「そうか。頑張って。」
「はい!」

女学生さんは、インクを丁寧に鞄に仕舞って、笑顔で店を出ていく。どうか彼女が幸せになりますように。こんな時、私が魔法使いだったらいいのに、と思う。ハタキを手に取って、掃除の続きを始める。この魔法道具たちが、沢山の幸せを運びますように。そんな願いを込めながら。

3/17/2025, 7:55:02 AM

ある日の午後のこと。薬草魔術師のシロズミは、ポットに沸いたお湯を、とぷとぷと茶葉に注いでいく。辺りにみずみずしい花の香りが広がった。

『メレの花茶か?』

ハンモックで寝ていた、シロズミの使い魔タンが、意思疎通魔法で話しかけてくる。

「そうだよ。タンも飲むかい?」
『ああ。』
「そう言うと思って、多めに淹れたよ。」

茶葉を蒸らしている間に、カメレオンサイズのタンをハンモックから下ろし、テーブルの上に、シロズミ用のカップとタン用のお皿を並べる。

「今日はクッキーにしようかな。」

棚を開けて缶を取り出し、綺麗に詰められたクッキーを3枚取り出した。

「タンは?ペレット食べる?」
『いや、いい。』

ペレットの匂いは、メレの花の香りには似合わない。テーブルの上の用意が済むと、シロズミは、ゆっくりと花茶をカップとお皿に注いでいく。茶葉は濾されるのだが、メレの花茶は温度が下がると、溶けていた花びらが、再び現れるのだ。カップとお皿には、お茶と、そこに浮かぶ白い花びら。

「いただきます。」
『いただきます。』

口に含むと、花の良い香り。花びらは、ほんのりと甘い。まるで砂糖菓子だ。

『うむ。美味い。』

タンのお茶は、浅い皿に注がれているので、冷めるのが早く、もはや、花びらでお茶が隠れている。だが、これも一興。タンは美味しく花びらを食べる。

「タン。顔に付いてるよ。」

シロズミは、笑いながら、タンの鼻先に付いた花びらを取って、口にする。

『ああ、すまん。』
「美味しいね。」
『うむ。』

こうして、二人のティータイムは過ぎていく。

3/16/2025, 8:51:27 AM

ザワザワザワ

強い風で本屋の前の街路樹が揺れる。嵐が来る。ユウヒは買ったばかりの本を抱えて、本屋の脇の細い路地に入る。突き当たりが、彼の家だ。ドアを開けて、リビングダイニングの机に本を置くと、そのまま、マントを振るう。

「いらっしゃいませ、いらっしゃいませぇ!」

そこは、街の大型の食料品店。ここで、肉も野菜も生活用品も全て賄える。だが、嵐の前の食料品店は、既に人の波が来た後のようで、空の棚の方が多い。

「とりあえず、ナッツを。」

ナッツだけは確保しなければ。ユウヒの飯は、最悪、どうにでもなる。だが、彼の使い魔ソワレの飯は確保しなくては。空の棚が並ぶ店内を進みながら、ユウヒは自分の心がざわめいているのを感じていた。「もう売り切れているかもしれない」その気持ちが、ユウヒを焦らせる。人波を掻い潜り、ナッツの棚に辿り着くと、ピスタチオの小さな袋が一つだけ残っていた。ユウヒは、ホッと安堵のため息をついて、その袋を手にする。
牛乳やコーヒー、棚に残っていた商品を数点買って、外に出る。相変わらず風が強いが、雨はまだ降っていない。買い物袋をしっかり抱き締めて、マントを振るうと、そこはもう家だった。

「ただいま。」
『ユウヒ!窓が開いてるの!』
「!」

ソワレの声に、寝室の窓へ駆け付けると、バタバタバタと音を立てて開閉している。急いで窓を閉めて、鍵をかける。雨が降る前で本当に良かった。寝床がびしょびしょになる所だった。

『おかえりなさい』
「ソワレ、大丈夫か?」
『うん。掴まってたから。』

布団にしっかり掴まっていたソワレは、爪を外しながら、ユウヒに答える。ユウヒは、その身体を持ち上げる。

「ボサボサになってる。」

強風の中に居たからか、ソワレの毛は、あちらこちらへ跳ねていた。ユウヒは指先で、そっと毛並みを整える。

『ありがとう。』
「飯にするか。ピスタチオは買えたんだ。」
『買い物に行ってたの?』
「ああ。棚がガラガラだった。みんな嵐に備えてるんだな。」
『うちも備えてるもんね。』
「え?」

ユウヒの手の上で、ソワレは首を傾げる。

『3日前、嵐が来るからって、食料を買ってきたでしょ?』

ユウヒは、キッチンに戻って、棚を開ける。そこには、未開封のナッツの大袋とコーヒー瓶が並んでいた。

『……忘れてたの?』
「……忘れてたな。」

まぁ、いい。ナッツは二人分。コーヒーも気兼ねなく飲めるし、嵐の間に読む本も沢山買ってきた。

「飯にするか。」
『缶詰は上の棚に入れてたわよ。』

そういえば、缶詰も買ってたな。

「一応、肉が残ってたから買ってきた。今日は、これを食う。」
『いいね。食事はバランス良くね!』
「ああ、そうだな。」

ユウヒは、フライパンを火にかけて、油と肉を入れる。焼き上がる間に、買ってきた物を片付けた。
嵐が来る。けれど、二人の生活は平穏だ。嵐が晴れるまで数日。二人は素敵な休暇を楽しんだ。

3/15/2025, 2:25:09 AM

ここは世界の端。最果ての島のさらに端の森の中。少女は一人、暮らしていた。気付いた時には、少女は一人で、けれども不自由する事もなく、一人孤独に生きていた。彼女は魔法が使えるのだ。喉が渇いたと思えば、目の前に水が溢れ、お腹が空いたと思えば、食べ物が目の前に現れる。寒くなれば、火が付いて、傍にあった枯葉たちが柔らかい布団になる。危険なものからは、結界が守ってくれた。だから、少女は一人、不自由する事なく、この最果ての地で生きていた。

「○‪✕‬‪✕‬△!」

ある日、少女の前に、一人の人間が現れた。少女は、自分と同じ形の生き物を見るのが、初めてだった。

「○○○!」

何か鳴き声をあげている。人間は、首を傾け、懐から棒切れを取り出すと、少女に向かって振る。

「これで、どうかな?」
「!!」

人間の鳴き声が意味を成して聴こえる。少女は知らなかったが、彼女は、まだとてもとても幼い頃には、人間の世界で暮らしていた。目の前の人間の言葉が、鳴き声にしか聞こえなかったのは、彼女が聞いた事の無い言葉だったから。彼女は、何年ぶりか、言葉を口にする。

「こんにちは。」
「ああ!こんにちは。私は、ルヴァン。君の名前は?」
「なまえ?」

なまえ、って何だろう?少女は不思議そうに、人間を見つめる。

「ああ、そうか。君は名前を覚えてないんだね。」

そう言うと、人間は腕を組んで、首を傾ける。少女も、同じように首を傾けてみた。

「まぁ、人違いでも無いよね。君の名前はガク。私は君を探して、ここまで来たんだ。一緒に行こう!」
「どこかへ行くの?」
「そう!君は最高の魔法使いになれるから!」
「さいこうのまほうつかい?」
「うん。僕の所へ占い師がやってきて、助けに行けって言うからさ。その人にも、お礼をしなくちゃ。おいで。」

人間は少女に手を差し出す。少女が手を伸ばすと、その手を取られ、強引に引き寄せられる。バランスを崩した少女が、人間の方へ倒れると、ぎゅっと抱きしめられた。

「おかえり。」
「?」

少女は知らなかった。人間が、彼女の生き別れの家族だという事。少女の魔力が強過ぎるあまり、彼女が間違えて、この最果ての地へ、自分の力で飛んでしまった事。人間は、大切な家族である彼女を、ずっと探し続けていた事。それを知るのは、彼女がもう少し大きくなってからの事だから。

3/13/2025, 3:21:47 PM

今、ニシは透明化している。自身を透明化する、いわゆる透明人間になるマント魔法は、少し複雑で、扱える魔法使いは、それほど多くない。
ニシは、魔法学校に通い始めた頃から、瞬間移動や透明化といった、いわゆるマント魔法の習得に精を出していた。まぁ、単純に、かっこいいから。どうせ、魔法を学ばなければならないなら、少しでもかっこいい方がいい。
ニシの家は、代々、魔法使いが受け継いで来た家で、魔法の使えない兄が、魔法使いのお嫁さんを貰った、今でこそ自由に過ごしているが、彼が学生の頃は、彼が家督を継ぐ予定だった。窮屈な家に縛られていた、ニシの楽しみは、マント魔法を習得する事だったのだ。

トトトトトッ

廊下の向こうから、ニシの同居人である使い魔ファキュラが駆けてくる。透明化しているニシの前を通り過ぎて、リビングへ。

「あれ?ニシさぁん?」

不思議そうなファキュラの声がする。

「そうだ!えっとぉ。」

ファキュラはトテトテと廊下に戻ってくると、そのまま玄関へ向かう。玄関ドアに手をかけて、ノブを回そうとするが動かない。

「かぎ、よしっ!」

大きくて楽しそうな声がする。ファキュラは、また廊下に戻り、リビングへ。ニシも透明化したまま、後を追う。

「おるすばんっ!」

何故か誇らしげなファキュラは、そのまま、自分の画用紙とクレヨンを取り出す。
今日は、ファキュラに「留守番」の練習をさせている。自分がファキュラに対して過保護になっている事に、ニシはわずかながら、危機感を覚えていた。


「ファキュラ。」
「はい!なんですか?ニシさん。」
「明日、俺は出かけるから、お前は一人で留守番だ。」
「るすばん?」
「そう。お留守番。家の中で、俺が帰ってくるのを待ってること。」
「……。ミナミさんのお家じゃダメですか?」
「街に行って、帰ってくるだけだから、すぐ済む。」
「すぐ?」
「すぐ。」
「……ファキュラもいっしょに、まちに行きたいです。」

もじもじとしながら、そんな事を言われると、うっかり「一緒に行こう」と言ってしまいそうになる。

「ダメだ。お前は留守番。」
「……はぁぃ。」

ファキュラは、しゅんと尻尾を下げる。

「……街で、お前の好きなお菓子を買ってきてあげるから。」
「ほんとうですか!」

ファキュラは一転、目をキラキラさせる。
ファキュラに留守番の練習をさせようと決めたのは、つい先日のこと。ファキュラが昼寝をしている間に、ニシが作業場に篭って仕事をしていると、不意に扉の向こうから大声が聞こえた。慌てて、廊下に出る。

「ニシさんっ!!!」
「ファキュラ、どうした?」
「ニシさぁぁぁん!!」

ファキュラはニシを見つけると駆け寄ってきて、足にしがみついて泣き出した。

「ニシさぁん、どこにも行っちゃ、いやですっ!」
「家に居ただろ。」
「どこにも行っちゃダメです!」

寒い日が続くと、ファキュラはニシから離れたがらない。どうも、彼を呼び出した主人が亡くなったのが、寒い冬のことだったらしい。どこに行くのにも、くっ付いてきて、困っているのだ。
ニシが留守にする時は、極力、ガク師匠とミナミさんに預けては居るのだが、二人の都合だってあるし、短時間の外出で預けるのも申し訳ない。しかし、ニシにも、どうしても行きたい場所というのはある。魔法骨董の店だ。
ニシは魔法インクを作るのを生業にしているが、魔法を込めたインクは魔法に耐えられる専用の魔法道具の小瓶が必要で。新品の瓶は、簡単に市場に出回る物でもないため、骨董屋に中古の瓶を買いに行く必要がある。ただ、小さな子供(ファキュラは魔物だが)を連れて行ける店でも無い。店内は狭く、至る所に割れ物や高価な品が、所狭しと並べられているのだ。棚に触れただけで、落ちてしまいそうになる。かと言って、中古品を店に行かずに買うことも出来ない。ハクガヨリキの街の骨董店の主人は、魔力を持たない普通の人なので、余計に自分で選ばなければならないのだ。


ガタッ

ファキュラが座っていた子供用椅子から立ち上がる。

「……ジュース。」

喉が渇いたのか、ファキュラは小さな身体で、冷蔵庫を開ける。ファキュラの好きなりんごジュースは、高い所にある。

「……届かなぃ。」

パタンと冷蔵庫の扉を閉めると、ファキュラは廊下に出て洗面所に向かう。洗面台の踏み台を使って、歯磨き用のコップに水を汲んで飲んでいる。今度、留守番をさせる時は、事前に飲み物を用意しておこう。リビングに戻る途中、ファキュラは玄関に立ち寄る。玄関ドアに近寄って、ノブを回す。鍵がかかっているのを確認すると、少しシュンとした表情で、リビングに戻る。

(さて、そろそろ戻るか。)

ニシは、マント魔法で玄関の外へ瞬間移動する。昨夜、注文して置いた食料を、マント魔法で、食料品店から受け取ると、そのまま、玄関の鍵を開ける。

「ただいま。」
「ニシさんっ!!」
「うわっ!」
「おかえりなさい!」

扉を開けると、すぐそこにファキュラが立っていて、足にしがみついてくる。

「ファキュラ、おるすばん、できました!」
「うん。ありがとう。」
「はい!」

キラキラした笑顔で、ニシを見上げるファキュラ。この魔物は、本当にかわいい。ニシは、その魔力の前に無力なのだ。

「ニシさん、あのぉ。」
「どうした?」
「おやつ、ありましたか?」

ドキドキわくわくした声のファキュラ。ニシは、その頭を撫でる。

「ああ、あったよ。りんごジュースでおやつにしようか。」
「やったぁ!」

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