何かおかしい。何か歯車が狂っている。そんな気がしていた。
雨上がりに、高い街路樹が立ち並ぶ道に行くと
たくさんの落ち葉が落ちていた。道全体が黄やオレンジ、赤の葉で敷き詰められている。地面のありとあらゆる何かを吸収したような、不思議な匂いがしている。
しっとりと濡れた葉を踏み締めながら歩く。木々に残った葉も、枝も水分をたっぷり含んでいて、ひんやりとした空気に包まれている。水分が音を吸収するのだろうか。とても静かだ。
何か調子が出ない。悪いほうばかりに焦点を合わせているからだろうか。違和感がある。
歩道を離れて、小さな林のほうへ行く。より一層、あの不思議な匂いに包まれて湿った木々の気配が強くなる。いつもの乾いた秋の景色が、違う表情を見せている。
ああ、そうか。やっぱりちょっとずれているのか。違う目線から見たら、この状況も変わっていくのかもしれない。
「落ち葉の道」
夕方から集まって、仲間たちと君の家で過ごした。瞬く間に時間が過ぎて、気づいたらかなり遅い時間になっていた。家が近い人は徒歩で帰っていった。私ともう一人はそのまま朝まで過ごさせてもらうことにした。
朝になると、急ぐからともう一人が出て行った。私も帰る準備をしていると、君がごそごそとバックの荷物をひっくり返している。「一緒に出ようと思ったんだけど、鍵が見つからない」と言う。「今日は、お休みなんでしょ? 悪いんだけど、このままここで待っててくれない? 昼過ぎには戻るから」。
鍵をかけられないなら仕方がない。待つことにした。いない間、その辺を探してみた。こたつの下や、本棚の辺りを見たけれどなかった。
昼過ぎに君が帰ってきた。皮のキーケースを手に「鍵、あったよ。落ち着いて探したら上着のポケットに入ってた…」。目が合った。すると、慌てて「ごめん、嘘ついた。鍵、家を出る時ポケットにあるのに気付いてた。でも、いてほしかったんだ」。
君が嘘をついていたのは、なんとなく気づいていた。皮のキーケースが上着のポケットから、ちらっと見えていたから。「よかったら、今日一緒に過ごせない?」と、君は少し恥ずかしそうに言う。「嘘ついたの自己申告したから、まあ、いいよ」と言いながら私は思わず笑顔になっていた。
「君が隠した鍵」
友だちと会ったり、誰かと話したり、自分が何か行動して話を交わした後、脳内反省会をする。
それがどんなに楽しかったとしても、ちょっとした気になることを思い出して、自分を責める。なんでああ言えなかったのだろう、そんなことを言ってしまったのだろうなんて、ずっとぐるぐる考えてしまう。
決して人には言わないような言葉を、心の中で自分には平気で言ってしまう。あー、恥ずかしい。嫌だ。あーっと声に出して頭をかきむしりたい時もある。いつからか、それがずっとクセになっていた。
なんだか体の不調が続いた時、こんなことやめようと思った。いつものように反省会を始めても、あ、もうやめる!と意識してみた。考える時間を短くして手放したら、少し心に余裕ができてきた気がする。
「手放した時間」
校門を入ってしばらく進むと、木の植え込みがずらっと並んでいる。一人の時は、そこにいくつかあるベンチに腰掛けて、ぼんやり過ごすのが好きだった。特に秋が良かった。中でも一本、ひときわ真っ赤に色付く木があった。その下のベンチによく座っている人がいた。
近くに図書館があるからか、そこで本を読んでいた。重そうな本をゆったりめくっている。
木漏れ日の中、その人の横顔がステキに見えて、離れたベンチからひそかに気にしていた。
だんだん秋が深まってくると、その人も薄手のシャツの上からコートを羽織るようになってきた。ある日、その人の隣に女性が座っていた。おしゃべりを楽しんでいるようだ。いつもの本は手にしているけれど、開かれてはいない。初めてその人の笑顔を見た。
二人の後ろの木は、ちょうど見事に色付いていた。風に揺れて、その紅い葉が、優しくはらはらと落ちていく。秋の日差しを受けて、ひときわ紅く美しかった。
「紅の記憶」
あっと思って目が覚めると、夢だった。眠るつもりはなかったけれど、もう少しと目をつぶったら、夢の続きの世界にいた。
どんどん場面は入れかわり、知っているような知っていないような場所に行く。目的の場所になかなかたどりつけない。そこへ早く戻らなければならないことは分かっている。エレベーターに乗ったり、階段を降りたり時だけが過ぎていく。
ふと立ち止まって途方にくれる。もはやどうやって行けばいいか、さっぱりわからない。もう時間がない。知り合いに会った。ああ、あそこはここからじゃ遠いねと言われる。電車に乗ろうか。そんなことを思っていたら、はっと目が覚めた。
今までいた世界のことを思う。消えてしまう前に、記憶を追いかける。それは、色々なところが支離滅裂で、断片のように思い出される。夢を見た後はいつも不思議な気分になる。
「夢の断片」