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12/6/2025, 7:23:38 AM

 年の瀬も迫ってくるととても慌ただしく、気がせいてくる。ただ、街の灯りは美しく、そこかしこでイルミネーションを楽しめる。でも、忙しい時は、そのキラキラがまぶしすぎる気がして、すーっと足早に通り過ぎたくなってしまう。

 少し疲れているかもしれないと思いながら、ちょっと立ち止まってみる。そこの街路樹につけられた灯りは一色で、温かみを帯びた優しい色みが連なっている。あぁ。灯りを見ると、ほっとした気分になってくる。寒いからだろうか。

 やっぱりこの時期の灯りはいい、そう思いながらイルミネーションの通りを過ぎた。少し高台に登って遠くに見えている山々のほうに目をやると、ふもとの街の灯りが点々と見えている。この時期は、特にゆらゆらと美しく揺れていて、それもよいなとあらためて思う。
 
「きらめく街並み」

12/5/2025, 8:19:46 AM

 あの引き出しの奥深くにそれはある。
もう会うこともないだろうと思っていたけれど、心のもやもやが晴れなくて、手紙を書いてみようと思った。もちろん出すことはない。
 
 本人を前にしては言えなかったことを、手紙には正直に書こう。それなのに、いざ書こうとすると相手が読むわけではないのに進まない。何だかまどろっこしい表現をしてしまう。妙に冷静になってかっこよく書こうとしたりする。もう正直に思いのたけを書いたらいいのに。

 なんとかがんばって書き上げると、それを丁寧に封筒に入れて封をした。それからあの引き出しの奥にしまった。それだけだけど何となく心の踏ん切りがついた気がした。

 それからあの封筒を取り出したことはない。時が経ち、その時のこともだいぶ忘れて、楽しかった時のことをぼんやりと思い出すだけになった。
 
「秘密の手紙」

12/4/2025, 8:47:09 AM

 それはもうひたひたと聞こえてきていた。朝晩のきんと冷えた空気。もう気軽な格好ではいられない。厚めの上着を着て首元をしっかりと包む。

 あんなに美しく紅く色付いていた木は、半分以上の葉が地面に落ち、枝が見えている。一面に落ちた葉をザクザク踏み締めながら歩いた。それもしだいに粉々になり、土へと還っていく。

 木が枝を見せ、骨格があらわになると、より風が冷たく感じられてくる。風をさえぎるものはない。短い秋が終わりを告げている。

 秋のはじめにはまだあった、虫などの生き物の気配もあまりしなくなってきた。地面もひっそりと静まり返って、冬を迎える準備が整っている。
 

「冬の足音」

12/3/2025, 6:08:15 AM

 たまたま一緒になった時に、おもむろにカバンの中から取り出した小さな箱を渡された。「ん、何?」。「この間の旅行のおみやげ」。箱を眺めていると「それ、向こうの限定なんだよ」。だから、大切に使えといわんばかりの雰囲気で言ってくる。それでも、君からプレゼントをもらうことがうれしくて、笑顔でお礼を言った。

 家に帰って箱を開けてみると、日本ではあまり見かけないような明るい色の口紅だった。何だか良い香りもしてくる。異国の雰囲気だなあと思いながら、リップクリームで調節しながらつけてみた。悪くないかもしれない。普段は選ばない色だから違和感はある。まあ、もし使えなくてもこれは大切に持っていたいと思った。

 次に会った時「この間の使ってみたよ」。すると驚いた顔をして「え、使ったの?」。もしかして、他の人にあげようとしていたのかななんて、疑念が浮かんできた。「よく分かんなくて、すすめられるままに買ったからさ」。そういう君の口元がほころんでいた。それを見ると、うれしくなってきた。「今度つけてこようか?」。「いいよ、別に」とぶっきらぼうな顔をするのも君らしかった。


「贈り物の中身」

12/2/2025, 7:17:01 AM

 家まで帰る電車とは、反対方向の電車に乗った。ひたすら終点まで行くと、海にたどり着いた。遠いと思っていた海は意外と近くにあった。

 夜の海は、冷たい風が容赦なく吹き付ける。凍てつくような寒さだ。もっと美しいものを想像していたけれど、海は暗く沈んでいた。よく見ると浜辺の灯りが反射して、手前のところの波がちらちら光っていた。遠くに島の灯りが見えている。

 今日は家に帰りたくなかった。そうかといって、ずっと遠くに行ってしまう勇気もない。ちょっとした現実逃避だった。時々風に乗って、潮の香りがふわっとする。この匂いと波の音だけでも非日常だった。

 空を見上げると星がきらめいている。こんな寒い日は、空気が澄んで一層きれいだ。こんなにはっきり見えるものなのか。空と海がつながる闇を、ずっと飽きずにながめていた。

「凍てつく星空」

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