電車に乗っていると、前に座っている人がじーっとこちらを見ている。気のせいかと思って、しばらくしてまた顔を上げると、やっぱり見ている。なんだか居心地が悪い。
視線の先をよく見ると、上のほうにある。帽子? 今日はベレー帽のようなのをかぶっていた。そういえば、電車に乗った時、何か小さな黒いものが、ふうーっと一緒に乗ってきた。
あ、目が合った。その人は、自分の頭を指差してみせた。何かついてる? 帽子をそっととってみると、黒いてんとう虫みたいなのが、そこでじっとしていた。どうしよう。帽子を少し動かすと、ふいに飛んでどこかへ行ってしまった。
前の人とまた目が合う。何となく笑い合って、軽く会釈を交わした。
「伝えたい」
引っ越しが好きだった。最初は、学生の時から一人暮らししていたところが取り壊すことになって、仕方なくだった。
いさ、引っ越してみると、今まで住んでいた場所の近くでも、気分が違う。何より気持ちがすっとリセットされた気がした。
それから、何度か引っ越した。「面倒じゃない?」と色々な人に言われたけれど、以外と苦にならなかった。
今は、大家さんが一階に住む二階を借りている。部屋の窓の下に庭があり、季節ごとに木のようすや、花々が見えた。部屋は、体を休めるだけでいいと思っていたのに、思いのほか癒される。ぼーっと窓からの景色を見るのが好きになった。
引っ越ししたい欲がピタリと止まった。しばらくは、この場所で過ごしたいと思っている。
「この場所で」
誰もがみんな得意なことがある。自分が苦手だと思うことが、何でもなくできる人もいる。逆に自分が何でもなくできることを、すごいねと言ってくれる人もいる。
誰がいいとかそういうことではなく、皆それぞれがすごいのだ。色んな人が集まれば、でこぼこのピースがピタッと合うように、補い合うことができる。
「誰もがみんな」
スーパーの花売り場を通ると、何となく気分が華やぐ。色々な季節の花が種類ごとに小さくまとめられて売られている。うっすらと花の香りが漂う。その中から一種類、選んで買うこともある。
時々花束も売っている。色々な種類の花が一つにまとめてあると、一層華やかだ。その日は、小さめの花束がいくつか作ってあった。チューリップを中心に小花があしらわれている。春らしくて思わず目を奪われた。
ふと、買おうかと思った。誕生日でも記念日でもないけれど、自分に花束を贈ろう。その小さな花束をそっと取り出した。いつもの買い物かごが、一気に華やかになった。
「花束」
笑顔の人はステキだ。自分の笑った顔は、あんまり好きではない。いつも笑っているような目元に憧れていた。三日月のように見える目がいい。なんとも柔和に見える気がする。
鏡をみながら練習してみる。どうやっても眩しそうな目か、眠そうな目になるだけだ。仕方がない。もともとの目の形が違うのだから。
せめて口元できちんと笑いたい。口角を上げるといいのだそう。口角を上げるってどうするのだろう。考えると分からなくなる。とにかくにっと笑ってみる。変だ。なんだかひきつってみえる。
あんまり変だったから、つい、あははと笑ってしまう。すると、目元も緩んで見えた。本当に笑う時は、ちゃんと色々なところが緩んで、楽しそうな顔になるのだ。
やっぱり笑顔を見ると、幸せな気分になる。どんなカタチの笑顔だって、まあいいかな。
「スマイル」