君が紡ぐ歌は、きっとすてきに違いない。たとえ、どんなに変な感じでも、ちょっと変わった声でも、君が紡ぐならどれもすてきな歌にちがいない。それが、世の中にとって大した意味を持たなくても、君が紡ぐ歌なら聴いてみたい。
だから、これからもずっと君らしい歌を紡いでほしいと思う。
「君が紡ぐ歌」
だいたいいつも霧の中にいる。もやもやしたところを突き進んでいく。時々、光がもれてきて向かう道が見えた気がする。はっと霧を抜けたかと思うと、またふうーっと霧の中に入っていく。
でも、そうやって少しずつ前へは進んでいる気がする。時々、はたと立ち止まって、振り返ろうとしても深い霧に覆われて見えない。光が見える方向は前にある。やっぱりその光に向けて突き進んでいくだけなのだ。
「光と霧の狭間で」
砂時計があると、何度もひっくり返して砂が落ちるのを眺めたくなる。細いガラスのくびれを、するすると通り抜けていく。途中でひっかかったりしないのかななんて思うけれど、そんなこともなく順調にすすむ。
たまに落ち終えた後に、ほんの小さな粒たちが、ガラスのまるい底にかすかに残っていることがある。砂時計の上を軽くトンとたたくと、はっと落ちていく。
砂が落ちる時は、微かな乾いた音がしている。ふと砂を手にすくって上から落とした時のことを思い出す。砂時計の砂は、砂漠に近い気がする。触ったことはないけれど、きっとサラサラで粒子が細かいに違いない。それがすーっと心地よい音を立てて指の間を落ちていく…。そんなことを思いながらまたうっとりと眺めてしまう。
「砂時計の音」
小さいころ、星のことを習うとき、初めて星図を手にした。星を見るのは、とてもロマンチックな気がして、わくわくした。
星図を手に、一生懸命夜空を見上げた。カシオペヤ座、北斗七星など星の形をたどる。うっすら瞬いて、見えにくいものもあったけれど、なんとなくあれかなと目星をつける。
中でも、オリオン座の三つの点は見つけやすかった。キンと冴えた冬の空で、オリオン座は思いのほか大きかった。しばらく夜空を見ると、星座を探すのがクセになっていた。
大人になってからは、あまり星座を探さなくなった。空が明るくて、星が見づらくなったからかもしれない。そういえば、あんなに大切にしていた星図は、いったいどこにいったのだろう。
「消えた星図」
愛から恋を引くと、愛?
愛があるから恋があって、恋があるから愛がある。そんな気がする。
人間の根底には、愛があると信じたい。
恋は、そのなかのスパイスとなって、愛に更なる深みを与えてくれる。それがうまくいこうといくまいと、または、とんでもないものに形を変えようとも、いずれは愛が残る。
何なら、生きていること自体が愛なのだと思ってみたい。
「愛ー恋=?」