何かへの思い入れを語るのは、何でこんなに気恥ずかしいのだろう。夢中になって、その情報を仕入れたり、収集するのは本当に楽しい。
時が経つのも忘れて没頭してしまうこともある。でも、それを人に話すのはなんだか憚られる。ましてや、そのことをあまり知らない人には話しにくい。
そんなに熱中して、すごいねと、少しクールな表情で言われた時なんかには、うわーっと悶絶してしまうほど恥ずかしい。でも、周囲の声なんか気にもせず、好きなことに邁進し続ける人を見ると、はっとする。
そうだ、誰に何を言われようと、自分が好きならいいのだ。堂々と、その愛を叫んでいい。これが好きなんだーっと言おう。
「愛を叫ぶ。」
よく晴れた日に、日傘をさして外を歩き出すと、薄黄色のチョウが二匹、右側から飛んできた。ふわふわと漂うように日傘の中に入ろうとしてきたので、思わず傘を斜めにした。
すると、目の前をふわふわと飛んで、左のほうへ抜けていった。その後もしばらくの間、少し距離を置きながら、一緒に歩をすすめた。
明るい光を浴びて、羽が透けているように見えた。木々の新緑にもよく映えている。二匹で上に下になりながら飛んで、とても気持ちよさそうだ。思わず、こちらも楽しい気分になってきた。
それから、ふうっと高く飛んで、どこかへ行ってしまった。草や葉の匂いを含んだような涼しい風が吹き抜けていく。今日はいい日になりそうな気がした。
「モンシロチョウ」
不思議なことに、とことん関わった人よりも、ちょっとだけとか、中途半端に関わった人のことを以外と覚えていたりする。
少しだけ会話を交わしただけの人とか。なぜか心に残っている。そのシーンだけが写真のように記憶されているのだ。
付き合うこともなく終わってしまった恋もそうかもしれない。それは、かなり美化されている。色々と辛かったようなことは、もやもやになって、良かったことが幻想のように残っている。
そんな想い出が、心の中で層のように折り重なっている。それが、ふとした時に取り出されて、また少しずつ姿を変えながら、心の中にしまわれていく。
「忘れられない、いつまでも」
そろそろ夏物を着ようと、しまってあった服を出した。ズボンを履いて、あれっ?と思う。ウエストのボタンが閉めにくい。
最近、少し太ったような気がしていたのだ。確か一年前は、普通に閉められていた。薄手のカットソーも着てみる。首元に頭を通して…、ん? 袖が入れにくい。何だかすっきりしない。
鏡に映るシルエットも、記憶とは違う気がする。着心地もあんまり良くない。体型が変わってしまったようだ。
去年の今頃、何をしていたか思いだしても、今とあまり変わらない。でも、身体のほうは、確実に時が進んでいた。
服に身体を合わせたいところだけど、きっとできないだろうなと思う。お腹を触りながら、ため息をつく。仕方がない。この体型に合う服を探すことにしよう。
「一年前」
幼稚園くらいのころ、気になる子がいた。友達の一人だったのだけど、ある時から急に気になるようになった。
ピンチに追い込まれた時、その子の一言で救われたのだ。状況が変わったことに安心することよりも、その子の放った言葉に、はっとした。
自分が不利になることなんて気にしない、そんな姿勢に驚いていた。子どもごころにも、その人間性の大きさを思った。なんだかドキドキした。
それからというもの、その子を目で追ってしまう。気になる。これが人をただ好きということではなく、初めて意識した恋だったのだと思う。
「初恋の日」